第55話

 私達は数日かけて、クレマチスの町へと戻った。

 到着するとアラン君は自宅へ、クラークさんは宿屋へ、私はパン屋へ戻った。


「ただいまー」

 と、店に入る。

 

 店内には、お客さんはおらず、カウンターにアカネちゃんと、ナザリーさんが立っていた。


「お帰り」

「お帰りなさい」

 

 それぞれが返事をしてくれる。


「意外に早かったわね。どうだったの?」


 ナザリーさんはそう言うと、カウンターから出てきた。

 

「この通り、無事に手に入れたわよ」

 

 見せつけるかのように、ナザリーさんに指輪を向けた。


「へぇー、綺麗な指輪ね。やったじゃない」


「ミントさん。アランさんに、付けてもらったんですか?」

 

 アカネちゃんが、両手を合わせ、目をキラつかせながら、そう言った。


「いや、自分で付けたよ」

「そうですか」


 そう言ったアカネちゃんは、少し残念そうだった。


「それで、すぐに戻れそうなの?」

「多分」


「そう、じゃあ戻る前に皆で写真でも撮りましょうか?」

「うん!」


「じゃあ、声をかけておくね。疲れたでしょ? 少し休んだら?」

「うん、そうさせてもらう」


 私は二階の部屋に行くと、ベッドに横になった。


 短い旅だったけど、無事に戻って来られて、良かった。

 私はそう思いながら、ソッと目を閉じた。

 

 二日後の昼過ぎ。

 集合写真を撮るため、魅惑のパン屋の前で皆が集まった。


 私とアカネちゃんは、ナザリーさんに呼び出され、二階に向かった。


 ナザリーさんは、制服を突き出し「はい、これ着てね」


「え、何でですか?」


 私は受け取りつつも、そう答えた。

 

「何でって、その戦闘服で写真を撮るつもりだったの?」

「そうだけど……」


「そうだけどって、あなた。記念の一枚なのよ。それじゃ駄目よ」

「えー、でも恥ずかしいです」


 ナザリーさんは、両手を腰に当て、「ふー」

 と、溜め息をついた。


 険しい顔だけど、怒っている?


「恥ずかしいのは今だけ。きっと後で後悔することになるわよ?」


 なんだ。真剣だっただけか。

 

「そうかな?」

「そうよ! それに私は、これを着て、魅惑のパン屋で過ごしてきたことを思い出して欲しいの。だから着て頂戴」


 そこまで言われると着ない訳にはいかない。


「分かりました。着ます!」

「うん、うん」


 私とアカネちゃんは制服に着替えた。

 久しぶりということもあって、やっぱり恥ずかしい。


「きゃー。良い、良い」


 ナザリーさんは両手を軽くパチパチ叩きながら、はしゃいでいる。

 

 そんな姿を見ると、恥ずかしくても、こんなに喜んでくれるなら、いいかって気持ちになった。


「さぁ、魅惑のパン屋の本領発揮よ」


 え? 今さらだけど、そっちなの?

 

「ところで、ナザリーさん」

「なに?」

「ナザリーさんは、その格好で行くの?」


 ナザリーさんはいつものように、黒のロングスカートに、白のブラウスを着ていた。


「そうだけど?」

「そうだけどって。記念の一枚なんですよ。それじゃ駄目です」

「なんか聞いたことあるセリフね?」


「とぼけないでください。ナザリーさんが、いま私に言った言葉です」


 ナザリーさんはニコッと笑うと、

「はい、はい。じゃあ、どうすればいいの?」


「私のあげた猫のエプロンを着てください」

「恥ずかしいけど、仕方ないね」


 ナザリーさんは引出しから猫のエプロンを取り出し、身に付けた。


「うんうん、良い良い。ねぇ? アカネちゃん」

「はい!」


「そう?」

 

 照れ臭そうに後ろ髪を撫でるナザリーさんが可愛らしい。

 

「さて、皆が待っているから、下に行きましょうか」

「はーい」


 

 店を出ると、近くにいたゲイルさんが、こちらを振り向いた。


「おぉ、みんな制服か。良いじゃないか」

 

 アラン君とクラークさんも振り向く。


 ゲイルさんはアラン君の方を向くと、

「そういえばアラン。お前は制服姿のミントちゃんを、見るの初めてじゃないか?」

 

「写真では見たことあります」


「そうか。でも生だと違うだろ? 何か言ってやれよ」

「え、手紙で言ったから、良いですよ」

 

 ゲイルさんはアラン君に近づき、背中を軽く押した。


「もう一回、直接、言ってやれよ」


 そういうやりとりを見ていると、なんだかこちらもドキドキする。

 

 諦めたのか、アラン君は、ゆっくりこちらに歩いてきた。


 うつむき、私から視線をそらすと、

「似合っているよ」


「う、うん。ありがとう」


「青春だね~」

「あまり若い者をいじめるな。嫌われるぞ」

「いじめちゃいねぇよ」


 クラークさんとゲイルさんの、そんなやり取りが聞こえてきた。


 ナザリーさんがパンパンと手を叩き「さぁ、みんな集まって。写真撮るわよ」


 皆がお店の前に集まっていく。

 カメラを持っているのは、パン屋の常連の男の人だった。

 

 私は近づくと、

「来てくれたんですね」


「あぁ、写真を撮って欲しいと、ナザリーさんに頼まれてな」

「よろしくお願いします」

「任せといて」


「ミントちゃん。ここ、ここ」

 

 ナザリーさんが呼んでいる。

 私は振り向き「はーい」

 と、返事をした。


「おい、アラン。お前、何で俺の隣に並んでるんだよ」

 

 ゲイルさんの話声が聞こえてくる。


「え?」

「お前は、ミントちゃんの隣だろ」

「そうすると、後ろの人が見えなくなるんじゃ……」


「大丈夫よ。私が後ろに行くわ」

 と、ナザリーさんが言って、後ろに行った。


 アラン君が隣に来る。


 前列の配置は私が真ん中。

 右がアラン君。

 左がカトレアさん。

 その隣がアカネちゃん。

 

 後列の配置は私の左斜め後ろにナザリーさん。

 右斜め後ろがゲイルさん。

 ゲイルさんの左隣がクラークさん。

 そして、ナザリーさんの右隣がサイトスさんになっている。

 

 晴れ渡る空に、透き通るような風が流れ、少し肌寒いものの、

 なんだか家族写真を撮るようで、心は温かい。


「準備は大丈夫ですか?」

 と、常連さんがカメラを構えて言った。


「大丈夫よ。お願い」

 と、ナザリーさんの声がする。


「はーい。じゃあ、いきまーす」


 フラッシュが光り、カシャと音がする。


 上手に笑顔でいられたかな?


「念のため、もう一枚、撮りますね」

 

 今度は笑顔を意識して……。

 

「はーい、いきまーす」


 フラッシュが光り、カシャと音がした。

 常連さんがカメラ片手に近づいてくる。

 

 ナザリーさんが常連さんに近づき、カメラを受け取った。


「ありがとう。もういいわ」

「どう致しまして」

 

 常連さんはニコリと笑うと、帰って行った。

 


 クラークさんが私に近づいてくる。


「ミント、ちょっと良いか?」

「はい」

 

 クラークさんは上着のポケットから紙を取り出し、

「ここ書いてある通りに詠唱し、魔力を込めれば、指輪を使えるはずだ」


「わぁ、ありがとうございます」

「直ぐに行くのか?」


「うぅん。荷物の整理もあるし、写真は欲しいですから」

「そうか」

 

 考えたら、皆が集まっているのだから、ここで旅立つ日を言った方が良いわよね?

 写真の現像に余裕をみて二日として、三日目の朝に旅立つか。

 

「みんなー、聞いてください」


 私が大声を出すと、皆が振り向く。


「私が元の世界に戻る日ですが、三日後の朝にします。皆にちゃんとお別れを言って、元の世界に戻りたいので、ごめんなさい。また集まってください」

 

 言ってしまった……もう後戻りはできない。

 

 皆がそれぞれ『分かった』と返事をし、帰って行く。

 そこへアラン君が近づいてきた。


「そんなに早く戻るのか?」

「うん、このままこっちにいると、ずっと居たくて、なかなか帰れなくなっちゃうから」


「帰らないといけないのか?」

「うん。家族も心配しているだろうし、それに――」 

「それに?」


「皆が手伝ってくれた事を、水の泡にしたくないから」


 アラン君は、少しうつむき沈黙すると、顔をあげた。


 少し寂しげに笑うと「そうか……じゃあ三日後」


「うん」

「入ろうか」

 

 ナザリーさんはそう言うと、店のドアを開けた。


「うん」

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