第46話
更に3ヶ月の月日が流れる。
私はいつものようにクラークさんに稽古をつけてもらっていた。
「今日はここまでにしよう」
と、クラークさんは言って、木刀をおろした。
「はい!」
「ミント、話がある」
「何ですか?」
「稽古は今日で最後だ」
「え!? どうしてですか?」
「すまない。用事が出来た」
「そうですか……残念です」
「明日、同じ時間にここに来る。そのあと、旅立つつもりだ」
「分かりました」
私が返事をすると、クラークさんは去って行った。
旅に出ちゃうのか……。
寂しいけど、仕方ないよね。
明日か、急な話だな。
その日の夜。
布団に入りながら、暗い天井を見据え、クラークさんとの思い出を振り返る。
命を救ってくれたり。
身になるように、アドバイスをくれたり。
稽古をつけてくれたりと、クラークさんには、計りしれない恩がある。
それに対する対価なんて存在するのかしら?
どうせなら喜んでもらえるような、ものにしたい。
喜ぶものか……考えたら、クラークさんが喜んでいた時は、どんなとき?
顔に出さないけど、穏やかな表情の時はあった。
私がゴーレムと戦ったときだ。
あの時のクラークさんは何を思って嬉しかったのだろうか?
戦闘が上手くいったから?
――いや、きっと違う。
もっとこう、優しい感じだった。
うーん……パッとひらめく。
そうか。多分、それだ!
次の日。
辺りが夕焼けに染まる頃。
私はクラークさんを待ちながら、素振りをしていた。
少しドキドキする。
うまく伝えられるかしら?
遠くの方にクラークさんが、見えてくる。
手には皮の胸当てを持っていた。
素振りをやめて、鞘に剣をしまうと、クラークさんに近づく。
「クラークさん、忘れる前にこれ。旅に出るなら必要ですよね?」
私はそう言って、回復薬改、マジックウォーター、麻痺消し薬、毒消し薬を各5個ずつ渡した。
クラークさんは胸当てを地面に置くと、薬を受け取った。
「助かる」
クラークさんは返事をすると、腰に下げてあった布袋に薬をしまった。
「対価のことですけど」
「聞かせてもらおう」
「はい。うまく伝えられるか分からないですけど」
「そんな前置きはいらない。お前の素直な気持ちを伝えてくれ」
「はい!」
「私、クラークさんが喜ぶ対価って何かなって? クラークさんの立場になって考えてみました。そうしたら、分かったんです。先生が教え子に望むもの、それは成長だって」
「私が成長したとき、クラークさんは穏やかな表情で私を見つめてくれました。認めてもらえた気がして、嬉しかったです。互いの意思が通じ合い、達成された時、何ものにも代えがたい喜びへと変わる」
「だから、私はクラークさんに色々教わった言葉を通じて、これからも、成長していきたいです。その言葉が、いまクラークさんに渡せる対価です」
クラークさんがゆっくり私に近づき、ソッと肩に手を置いた。
顔にシワがより、今までにない嬉しそうな笑顔でニコッと笑った。
「十分すぎる対価だが、有難くもらっておく」
「はい!」
嬉しくて涙が込み上げてくる。
「薬や食糧は人の命を救うもの。お前がやってきたことは、この世界の人たちを救ってきたと言っても、過言ではない。自信を持て、お前は成長を遂げ、立派に貢献をしてきた」
なんとも言えない高揚感が胸いっぱいに広がる。
とにかく嬉しくて、我慢ができず、クラークさんに、しがみ付いた。
「はい!」
「抱きつくのは、大事な時に取っておけと言ったはずだが?」
「いまが私にとって大事な時です」
「――困った奴だ」
クラークさんは、そう言いながらも、そのままジッとしていてくれた。
私はクラークさんの固い胸板に顔をうずめ、温かいぬくもりと共に、心臓の鼓動を聞きながら、心を落ち着けていった。
少し経ち、クラークさんから離れる。
クラークさんは地面に置いた皮の胸当てを拾い上げると、
「お前にくれてやる。志半ばで死なれては困るからな」
「わぁー……ありがとうございます!」
「ちょっと着てみろ。サイズが合わなかったら交換してくる」
「はい」
皮の胸当てを装備してみる。
少し重いけど、慣れれば大丈夫かな?
「ピッタリです!」
「良かった」
「どうですか?」
クラークさんは眉をひそめ、なんとも言えない顔をしている。
「だからそれを聞くな」
「何でですかー。御世辞でも似合っていると言ってくれれば、良いじゃないですか」
「お世辞は苦手だ」
「ひどい、それって似合ってないって、言っているようなもんですよ?」
「似合ってないとは言っていない」
「クスッ、冗談ですよ」
「では、そろそろ行くぞ」
「はい、少し寂しいですけど、また会えますよね?」
「あぁ、きっと会えるはずだ」
「分かりました。いってらっしゃい」
「あぁ」
クラークさんは返事をすると、去って行った。
クラークさんがきっと会えるって言うんだから、会えるはずだよね。
それまでにまた、成長できるように頑張るぞ。
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