第41話

 キュイン──……。

 駄目ッ! 消えないでッ!


 光が消えかけ、途切れそうになる。

 キュイン────。


 お願い、いまじゃなきゃ、駄目なのよッ!

 だが、更なる願いで繋ぎ止める。


 徐々に光が増していく……。

 いいわよ、その調子。


 キュイン────。

 光が……大きくなっていく。

 キュイン────。

 ここで油断してはダメ。


 もっと、もっと力強く、想いを込める。

 キュイン────。

 それに応じてか、光に力強さが増していく。

 これなら、いける!


 キュイン────ポンっ!


 出来た……。

 クラッと目眩がするが、クラークさんの口に入れるまで堪えるのよ。


「クラークさん、飲んで」


 口の中に一本目の回復薬改を流し込む。

 ゴクリッ。

 飲んでくれた。

 もう一本も、口の中に流し込んだ。

 

 最後までみたいけど、ダメ、限界……。

 

 目を覚ますと、クラークさんが眉をひそめ、心配そうに私を見つめていた。


「目が覚めたか」


 どうやら私は気絶をして、クラークさんの太ももで眠っていたらしい。

 上にはロングコートを被せてくれていた。

 私はロングコートを退かすと、上半身を起こし、立ち上がった。


 クラークさんの方を向き「良かった……」


 涙がジワジワと込み上げてくる。


「二人で倒れるとは無謀だったな」

「ごめんなさい」

「だが、助かった」


「クラークさん!」


 思わず抱きしめようとしたとき、クラークさんが腕を伸ばし、肩を掴む。


 首を振ると「そういうのは、大事な時に取っておけ」


 恥ずかしいのかな?

 鼻をグスッとすすり、腕で拭う。


 今日は涙に縁がある。

 だけど良いんだ。この涙だったらいくらでも。


「はい!」

「おまえの方は大丈夫なのか?」

「はい。クラークさんの方は?」


「大丈夫だ。どうやら俺の腹にあれが貫通したらしい」

 と、クラークさんが指をさす。


 その先には細長い、岩の塊が壁に突き刺さっていた。


「詰めが甘かった。最後まで油断しては駄目だな」

「あれは仕方ないです」


「魔力の結晶は、回収しておいた。大丈夫なら戻るぞ」

 と、クラークさんはロングコートを着ながら言った。

「はい」


 肩を並べて歩き出す。

 クラークさんの歩く速さに慣れてきた?

 いや、クラークさんが私に合わせてくれているのかもしれない。


 遺跡を出て、草原を歩く。


「魔力の結晶のことだが、この世界でも、それは貴重なものだ。大切に使うといい」と、クラークさんが歩きながら言った。


「分かりました」


 ん? この世界でも?

 何かが引っ掛かる。

 そういえば、あの時も……。


「クラークさん。アラン君から、私のこと何か聞いてます?」

「何かとは何だ?」


「そうですね……異世界の事とか?」

「――異世界? 何のことだ」


 なぜ間があったのかしら?

 きっと嘘をつくのが下手くそなのね。


「クスッ」

「何が可笑しい?」


「大丈夫ですよ。アラン君が口を滑らしていたとしても、怒りません」

「勘づいたか、恐ろしい奴め。確かに奴は、俺に話してくれた」

「やっぱりね」


「だがそれは、お前のためを思ってした事だ」

「分かっています。おかげで助かっていますよ」

「そうか。なら良いが……」


 クラークさんって不思議。

 そういうこと、気にしない人だと思っていた。

 なんだか少し身近に感じた。


 町の入口に到着する。

 クラークさんは立ち止まると、何か入った大きな布袋を私に突き出した。


「魔力の結晶だ」

「ありがとうございます」

 と、返事をして受け取る。


「クラークさんはまだ、町に滞在しているんですか?」

「あぁ、しばらくはいるつもりだ」


「分かりました。何かあったら行っていいですか?」

「構わない」

「分かりました。では薬剤研究室に行って、帰ります」

「あぁ」

 

 クラークさんと別れ、薬剤研究室へ向う。

 到着してインターホンを押すと助手の方が出てきた。


「はい」

「サイトスさんいますか?」


「はい、お待ちください」

 と、助手の方は返事をすると、中に入って行った

 

 しばらくしてサイトスさんが顔を出す。


「こんにちは。前に頂いた回復薬とマジックウォーターについてですが」

「あぁ、どうでした?」


「両方とも素晴らしいものでした」

「おぉ、それは良かった」

 と、サイトスさんはとても嬉しそうに言った。


 本当に薬剤研究が好きなのね。


「そこで、ご相談がありまして」

「話が長くなりそうですね。中へどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 中へ案内され、椅子に座る。

 助手の方が緑茶を出してくれた。


「ありがとうございます」

 と、礼を言って、お茶を一口飲む。


「それで、ご相談とは?」


 魔力の結晶が、この世界でも貴重なものなら、出来るだけ私のところで、コントロールしたいわね。


「魔力の結晶を少し手に入れました。また回復薬改と、マジックウォーターを作って欲しいです」

「承知しました。お受け致します」


 もう珍しいものを持ってきても、驚かないのね。


「そこでお願いがありまして、素材を提供する代わりに、優先して私に売って欲しいんです」


「えぇ、いいですよ」

「あと、私が魔力の結晶を提供していることは内緒でお願いします。もし万が一のことがあったら、怖いので」


「承知しました」

 私は布袋から一握り程度の魔力の結晶を渡すと「これでお願いします」


「承知しました。どちらを多めになど、ご要望ありますか?」

「とりあえずは良いです。もしあればまた来ます」

「そうですか」


「どれぐらいで、出来ますか?」

「そうですね……1週間ほど頂けますか?」


「分かりました。ではまた来ます」

 と、私は言うと、緑茶をすべて飲み干し、立ち上がった。

「はい」

 

 お店に戻る。

 あ、考えたら魔力の結晶をどうやって保管するか考えてなかった。

 ナザリーさんに金庫の中に入れてもらえるか、聞いておくか。


「ナザリーさん。ただいま」


 パンを袋詰めしていたナザリーさんが「お帰りなさい」

 と、返事をした。


「ねぇ、ナザリーさん。貴重品があるの。金庫の中に、これを入れて欲しいんだけど」

「構わないわよ。二階のテーブルの上に置いておいて」

「分かりました」

 

 二階に行き、テーブルの上に魔力の結晶が入った袋を置く。

 今日はさすがに疲れた。少し休むか。

 ベッドに向かい横になった。


 目が覚める。

 まだ部屋は明るい。


 いま何時だろ?

 グゥー……。

 お腹すいたから、下に行ってみるか

 

 下に行き、調理場のドアを開ける。

 ナザリーさんは調理台で、チョココロネを作っていた。


「あら、起きたの。袋しまっておいたわよ」


 ナザリーさんの方へ近づく。


「ありがとうございます」

「出したい時には言ってね」

「うん」


「お腹すいたでしょ? そこのパン、食べていいわよ」

 と、ナザリーさんは言って、調理台にあるパンの乗ったトレイを指差した。


「ありがとうございます」

「グッスリ寝ていたから、お昼過ぎても起こさなかったんだけど、今日は何していたの?」


「ゴーレムと戦っていた」

「へぇー、凄いわね」

 と、ナザリーさんは冷静に返事をし、チョココロネを作っていく。


「大変だったんだから。クラークさんは死にかけるわ。囮になって走り回るわで」


「え?」


 ナザリーさんの手からチョココロネがスルリと落ち、調理台の上に、ポトンッと乗る。


「え?」

「本当だったの?」

「嘘だと思っていたの?」

「うん」


「嘘じゃないわよ」

「だって、ゴーレムと戦うなんて、普通に暮らしていれば有り得ないもの」


「まぁね」

「止めはしないけど、気を付けてね」

 

「はーい」

「みんな、あなたのことが好きなんだから」

「え、そうなのかな?」


「そうよ。だって、お店に来る人たち、あなたと接していると、楽しそうだもん」と、ナザリーさんは笑顔で言うと、

 調理台に落ちたチョココロネを拾い、パクッと食べた。


「美味しい」

「そうか、そうだと良いなって思っていたの」


 ナザリーさんは口の中のチョココロネを飲む込むと、

「だから無理はしないでね」


「はい!」

「うん、良い返事だ。さて――」


 ナザリーさんはチョココロネをすべて口に入れ、調理台の流しへと向かった。


 蛇口をひねり、水を出す。

 ちょっと意地悪な質問してみようかな?


「ナザリーさん」

 ナザリーさんは水を止め、パッパッと水を払うと、「なに?」


「ナザリーさんは私のこと、好き?」

 ナザリーさんはニヤリと笑うと「分かっているくせに」

 と、答えた。


「ありがとう」

「どう致しまして」


 温かい人達に囲まれて、私は本当に幸せ者だ。

 この幸せがいつまで続くのだろうか……。

 少し不安になる。


 いや、今ここで、それを考えるのはやめておこう。 

 きっと悲しくなってしまうから。


 その日の夜。

 寝る準備を済ませ、布団に入り、今日の整理をする。

 手持ちのお金【2334P】

 回復薬【6個】

 毒消し薬【3個】

 麻痺消し薬【3個】


 まさか回復薬改を複製出来るとは……。

 まったく出来ないんじゃなくて、出来るけど、魔力が足りなかったのね。


 でも一回で、気絶しちゃうなら、まだまだ使えないわね。

 それにしても、クラークさん、本当に無事で良かったな。


 しばらく滞在するとは言っていたけど、そろそろ対価についても考えていかなきゃ。

 

 アラン君の方は手紙、届いたかな?

 これをきっかけに、各地に広まればいいけど。


 薬の素材の方、大丈夫かな?

 集まらないような別の手段も考えなきゃ。


 やることは、まだまだありそうね。

 さて、今日はもう寝よう!

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