第六章 ジュリオとアンナ!
第58話 ジュリオ・ホーム・アローン
ジュリオのヒーラー休憩所勤務は、初日はえげつない激務さにボッコボコにされたものの、数週間もしたらそれなりに活躍出来るようにはなっていた。
クリスやその猟師仲間がリピーターになってくれたおかげで、固定給以上を稼げる日が出来ただけでなく、チップまでもらえる時もある。
チップはお小遣いにして良いとカトレアに言われていたので、少しではあるが貯金も出来るようになった。
また、軽傷の患者への手当ても、アンナ相手に練習を重ねたため良い感じに上達した。包帯の巻き方が上手くなったと、初日にジュリオを泣かせた先輩ヒーラーの女の子から褒められたときは素直に嬉しかったものだ。
仕事面は大いに順調である。
そして、ジュリオとアンナの共同生活も、何となく良い感じに過ごせていた。
しかし……。
「なあ……本当に留守任せて大丈夫か……?」
「その台詞言うのこれで十回目だよ? 大丈夫だって。早く狩りに行ってきなよ!」
アンナは心配そうな顔で、何度もジュリオに同じ事を聞いてくる。
朝食の時もこの台詞を言い、いざ狩りへ行こうとする玄関先でも同じ事を言うのだ。
「アンナの家に泥棒へ入るなんて、そんな自殺志願者はこの町にいないでしょ? それに……ほら!」
ジュリオは服のポケットから、自慢げにスマホを取り出す。
仕事が順調なお蔭で、とうとうスマホまで手に入れたのだ。
王子時代から憧れていたスマホを手に入れたジュリオは、完全に浮かれきっていた。
「何かあったらスマホですぐ連絡するからさ! ね、安心してよ!」
「あ、ああ……そうだな……うん」
ジュリオが得意気になるのと反比例して、アンナの表情はどんどん曇ってゆく。
「洗濯機の使い方がわからなくなったら、遠慮無く連絡して良いからな……?」
「大丈夫だよ! アンナが書いてくれたメモもあるし。いくら僕がバカ王子でもさ、洗濯機位は余裕だってば! あははっ!」
◇◇◇
「あの……ローエンさん、ごめん……。洗濯機の使い方……教えて……」
ジュリオは自分の馬鹿さ加減に呆れた顔で、ローエンに連絡を取った。
大見得切った手前、アンナに聞くのは恥ずかしいので、ローエンへと助けを求めたジュリオである。
アンナの予想は大当たりであった。最も、こんな大当たりなど、誰も望んではいないのだが。
「え? 水道の蛇口……? ああ! そっか! ありがとう!!」
スマホ越しのローエンの指示に従い水道の蛇口をひねると、洗濯機が回り始めた。
洗濯機の説明はアンナから受けた筈だが、それでもジュリオはこのザマである。
「え、洗剤? 入れたけど……何!? お湯で溶かさないと洗剤が溶けずに洗濯物にこびりついたままになる!? 嘘!!」
ジュリオは洗濯機の蓋を上げてお湯を入れようとしたが、洗濯機の蓋はガンとして開くことはない。
ローエンから「まずはスタートボタン押して一時停止しろや〜」と言われ、言われた通りにした。
すると洗濯機の蓋が空いたので、そこにお湯を足して洗剤を溶かす。
もう一度蓋を締めると洗濯機が再び稼働したので、ジュリオは次の家事へと挑戦した。
◇◇◇
「洗濯機では躓いたけど、まあ……後の家事は掃除と料理だし……これは余裕でしょ!」
洗濯機が回っている間、ジュリオは部屋の掃除を試みた。
アンナの自宅は築年数が古く所々ボロいが、二階建であり部屋数もそこそこある。
てっきり一回のリビングで寝泊まりするものだと思っていたから、ジュリオが自由に使っていい部屋が空いていると知ったときは、アンナへのお礼の言葉すら思いつかなかったのだ。
「せめて家事くらいは……恩返ししたい……」
さすがにアンナの部屋を勝手に掃除する事は出来ないが、せめてリビングくらい綺麗にしたい。
リビングはゴミ屋敷とまでは行かないものの、テーブルの周辺には弓のメンテの為の工具や、読まずに放置している郵便物が散乱していたり、出し忘れたであろうゴミ袋が数個ほど溜まっていたり、脱ぎっぱなしの部屋着がソファーにかかっていたりとそこそこ散らかっている。
「弓のメンテ用品は触らない方がいいよね……」
ゴミ袋は曜日が違うので出せないが、せめてリビングの埃掃除といらん郵便物の整理整頓くらいは自分にだって出来るはずだ。
取り敢えず、溜まったいらん郵便物を仕分けて床に置いた後、雑巾で床掃除をした。
埃で汚れた雑巾を洗うと、棚やテレビの上に溜まった埃を取ってない事に気づく。
もう一度高い所にある埃を取ったら、床がまた汚れてしまった。
「二度手間じゃん……」
がっくりと肩を落としたその時。
洗濯機からピーと言う音が聞こえたので、洗濯が終了した事がわかった。
◇◇◇
洗濯物をベランダに干した後、目の前に広がる大海原に見惚れてしまった。
アンナの自宅は海に面した場所にあるため、ベランダの眺めは最高である。
「城にいた頃より、眺め良いなあ。…………あれ? こっちの空は晴れてるのに、海の向こうの空は曇ってる……。不思議だなあ……」
ジュリオはボケーッと海を眺めているが、不穏な空模様には気付けていない。
「よし! 次は料理だ!」
今日という日の為に、ヒーラー休憩所の食堂のボスから教えてもらったレシピがある。
「お米は十分にあるし、冷蔵庫には野菜も鶏肉も卵もケチャップもある! オムライスくらいなら、僕にだって!」
食堂のボスの話では、アンナは食堂で料理を頼む際はいつもオムライスを注文するそうだ。
卵と飯と肉をまとめて食べられるので、栄養的に便利だとアンナは話していたらしい。
「オムライス……聞いた限りだと僕でも出来そうだし……。僕って、意外と家事の才能あるのかな……」
ジュリオは期待に満ちた顔をする。
しかし、素人の『アレ? これ自分にもできんじゃね?』と言う舐めた発想は、得てして大惨事を引き起こすものである。
そうとも知らず、ジュリオは果敢にもオムライスへ挑んだのであった。
◇◇◇
「痛ぁッッ! 何で玉ねぎじゃなくて僕の指が切れるんだよ……ッ!?」
ジュリオは指に七個目の切り傷を負った。
残念ながらヒーラーは自分の生命力を他者へ分け与えると言う仕組み上、自分の怪我を治す事が出来ない。
なので、絆創膏を張って何とか耐えるしかないのである。
「ヒーラーってこう言うとこ不便だよなあ」
レシピのメモとにらめっこしながら、ジュリオは鶏肉を一口大に切ろうとする。
しかし、肉は筋の流れに合わせて切ると言う事を知らないジュリオは、見当違いな切り方で肉をズタボロにしてしまう。
明らかに一口大ではない、大きなぶつ切りの肉の塊が誕生した。
「……ま、まあ……オムライスだし……調理すれば……うん」
切った野菜と鶏肉をフライパンにぶち込み、ガスコンロに火をつけた。
料理は火力と食堂のボスが言っていたので、取り敢えず火力を最高にしておく。
「あれ? 肉がフライパンに引っ付いて……!? あ、油!!」
フライパンに油を敷くのを忘れていたジュリオは、慌てて手近にあった油をぶちまけてしまう。
「て、あ!! これごま油じゃん!! というか、熱ッッ!! 痛ッ!」
熱されたフライパンに必要以上の油を敷けば、そりゃ油はアホほど跳ねてしまう。
油の猛攻を受けたジュリオは、びく付きながらも木べらで野菜と鶏肉を炒めていた。
その最中である。
「あれ……僕……洗濯機の蛇口……締めたっけ……?」
ジュリオは青ざめた顔で洗濯機へと向かった。
◇◇◇
「あ"あ"あ"あ"あ"」
洗濯機の蛇口からは水が漏れており、床は水浸しになっていた。
急いで蛇口を締めて床を雑巾で拭いていると、パラパラと雨音が聞こえるではないか。
…………雨音!?
「何で雨降ってんの!? さっき晴れてたよね!?」
急いで洗濯物を取り込んだは良いものの、時既に遅しであった。
ずぶ濡れの洗濯物を抱えて一階へ降りたジュリオは、キッチンに広がる地獄絵図を目の当たりにして洗濯物を手から落としてしまう。
「あああああ! 火がぁああああ!!!!」
パニックになるジュリオは、先程仕分けて床に置いた郵便物に足を滑らせる。
急いでキッチンに行くと、フライパンからは火が上がっていた。
「消さなきゃ……消さなきゃ!!」
とっさに近くにあったボトルに手をかけ中の液体をぶっかけたが、悲しいかな、それは酒である。
火を吹くフライパンに酒をぶっかけたら、後はもうお察しであった。
「あ……」
ぶち上がる火柱。
けたたましい警報音を鳴らす火災報知器。
熱を感知し室内に水を大雨のごとく降らせるスプリンクラー。
「…………掃除……しなきゃ……」
水浸しになった床を掃除しようとリビングにある雑巾を取りに行ったら、先程ジュリオが足を取られた郵便物にまた足を滑らせてしまった。
ビタンッと顔面から床に転んだジュリオは、濡れた床にうつ伏せになったまま、一歩も動けなかった。
転んだ拍子にテーブルに頭をぶつけたため、アンナの弓のメンテで使う工具やパーツが次々と転がり、後頭部や背中にボトボトと落ちてゆく。
いっそ殺せとジュリオは思った。
◇◇◇
「……おい、大丈夫か……? ジュリオ……生きてるか……?」
玄関が空き、アンナが帰ってきた。
しかし、アンナを出迎える気力など今のジュリオには無かった。
びしょ濡れの床に転んだままのジュリオは、ゆっくりと起き上がり、そのまま勢い良く土下座した。
「ごめんなさい……」
「いや、あの……何があった……? 強盗でも入ったか……?」
強盗以上の被害を生み出したジュリオは、土下座したまま事の顛末を説明する。
アンナは土下座するジュリオの傍で片膝を付き、その説明を引き気味に聞いていた。
「本当に、ごめんなさい……」
「あんた…………いやぁ……ここまでねえ…………ぷっ、くくっ……あははははははっ!」
呆れたように大笑いするアンナに驚き、ジュリオはガバッと顔を上げた。
アンナは額に手を当てて困ったように大笑いしており、その様子はズバリ『笑うしかねえ』と言った具合である。
大笑いするアンナの笑顔を始めて見て、その可愛らしさに目を奪われるがそんな場合では無い。
「あの……一発ぶん殴ってください……」
「……その指……すげえ怪我してんじゃん。……料理頑張ったんだろ? いいよ、それでチャラだ。…………にしても……こりゃ酷えな…………あははははっ!」
アンナは呆れたように笑いながら、ジュリオの優しく肩を叩いた。
◇◇◇
「野菜は死んじまったが、鶏肉は焦げついたとこをとりゃ何とか食えるな。……あんたこれごま油ぶっかけたろ。……なるほどねえ」
「ほんと……ごめん……」
床掃除を終え、ジュリオとアンナはキッチンに立っていた。
「料理は……取り敢えず、レトルト食品や卵かけご飯を作れるようになってからだな。……ジュリオ、そこの深いフライパン取ってくれ」
「ああ、うん!」
ジュリオから受け取った深いフライパンを手に取ったアンナは、焦げ目を取った鶏肉とジュリオが切りそこねた野菜の残骸をぶち込んでゆく。冷蔵庫に残った野菜もついでに入れて、ごま油をさっとかけた。
「料理するときはエプロン忘れんなよ」
さっとエプロンを付けたアンナを見て、胸がギュッとなる。
凹凸のある体にエプロンが這う様は艶めかしい上に、エプロン姿というのにもグッと来てしまう。
家中水浸しにする大惨事を引き押したくせに、そう言う雄の本能は健在なジュリオであった。
「野菜炒めくらいなら、あんたもそのうち作れるようになるよ」
「……わかった。……あの、今日は本当にごめんね……」
ジュリオは塞ぎ込んだ顔で謝罪をしまくるが、アンナは特に気にした様子も見せず、ニヒルに笑って野菜炒めを作っている。
「いいよ。……家が残ってただけマシだってば」
「それは……そうだけどさ……」
しょげるジュリオにアンナは笑ってこう言った。
「……正直、家が吹っ飛んでる想像まではしてたから、そこまで被害無くてラッキーだよ」
「それは……ラッキーなのかなあ……?」
悲惨でアンラッキーな日ではあったが、アンナの作る野菜炒めはとても美味しそうだった。
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