第27話 ジュリオ、毒沼を浄化する!


水と汚泥が全部抜かれた泉は、地面に空いた大きな穴のようだ。


その穴に、貯水タンクから水が戻される。


大量の違法ポーションと脱法薬草により毒が取り除かれた水は、ほどほどに透き通る程には回復しており、そんな水が戻った泉には毒沼だった頃の気配は一切無い。



水に浮いていた油や汚れは取り除かれ、汚泥のタンクへと移されたため、今の水からは殆どの産業廃棄物が消えたと言っても過言ではないだろう。とは言え、まだ完全に戻ったわけではないのだが。






「最後に、タル三個分の聖水を流したあと、水にヒールをかけようと思うんだけど……」






カトレアは何か悩んでいるようだ。


どうしたのかと戸惑っていると、カトレアはとんでもない事を言うのだった。






「泉にヒールをかけるのは、ジュリオくん、キミだけでやってごらん」



「え!? 何でですか!」



「キミのチート性能の実験だよ。……大丈夫。アタシの予想では、キミのチート性能ならこの泉全体にヒールをかけることくらい余裕だから。……キミだって、自分のチート性能について知りたいだろう? 大丈夫だよ。もし難しかったら、その時アタシも加勢するから」



「……わかりました」




自分のチート性能がどれ程のものなのかを、ジュリオは体感して知らねばならない。

不安は残るが、今は前を向いて頑張るしかないだろう。



ぐっと気合を入れ直すジュリオを見て、カトレアは優しげに笑う。






「懐かしいなあこの感じ。娘の自転車の練習を手伝った時ね『お母さん! 手を離さないでね!』って言われるんだよ。でも、いつかは手を離さないと、いつまで経っても一人で自転車乗れなくなっちゃうから」






カトレアはしみじみと話し出す。


懐かしそうに語る表情は優しく、『母親』って『普通』はこんな感じなんだろうなと思った。




普通、は……? 




自分の内心の呟きに引っかかるが、今はそんな場合ではない。


思い出してしまった母の細腕の感触を強引に無視をした。






「ジュリオくん。君のチート性能をこのババアに見せてごらんよ」






母親の顔から大ベテランヒーラーの『反逆の黒魔女』のふてぶてしい顔に戻ったカトレアは、ニヤリと笑ってジュリオの背中を叩く。






「詠唱なんかは一切気にしなくて良い。『自分の生命力を魔力に変換する』なんて、余計な事をゴチャゴチャ考えなくていいよ。ただ、目の前の事だけに集中しな。…………キミには『そっちの方』があってるでしょ?」



「そうですね……。それに、この泉を覆う程の大きなヒールの詠唱なんて、知らないですし」






目の前の泉は広い。そんな広範囲にヒールなどかかるのだろうか。



アンナとローエンとルトリとカトレアと違法ポーションと脱法薬草の売人と下水処理業者が見守る中、ジュリオはすうっと深呼吸をし、目の前の広い泉に集中する。




ゾンビ化して毒を吐き続けるアナモタズの最期を思い出した。産業廃棄物を食べ物と間違え食らったせいで、さぞ苦しんだ事だろう。



毒沼と化した癒やしの泉を思い出す。


泉の気持ちなんか知らんけど、癒やしの泉と呼ばれていたのが、あれ程の酷い毒沼に成り果てたのには哀れに思う。






「片手じゃ……足りないな」






目の前の泉の広さを思うと、片手では足りないと思った。



だから、ジュリオは両手を前に広げ、水をすくい上げるような姿勢をとった。


水をすくうような姿勢の手の向こうには、広い泉が見える。



呼吸を整え、吹き抜ける風と呼吸を合わせた。



目の前の泉に魔力を注ぐ。弱った泉を回復させる。


その事に集中し、ヒールに似た感覚を呼び起こした。



上にした手のひらに熱がこみ上げ、胸の鼓動が高なってゆく。


手のひらから淡い光がポツポツと湧き上がるに連れて、胸の鼓動が二重になった。






「フィールド・オーバー・ヒール」






聞いたこともない魔法名が、自然と口から出て来る。



するとその瞬間、ジュリオの足元に金色の魔法が広がったの同時に、泉を全体が黄金に輝き出したのだった。






「すっげ……綺麗……」






アンナが力の抜けた声でポツリと呟く。



周りから感嘆の溜め息が聞こえ、ジュリオは上手く事が成せたと知って安心する。



ジュリオの足元に広がる黄金に輝く魔法陣と泉には漏れ出した光の柱が上がり、花びらの様に舞う輝く黄色の粒子が真昼の青空に昇ってゆく。



魔法陣から吹き抜ける風がジュリオの長い金髪を揺らし輝かせる様は、大変美しい光景だった。







「…………ふう……。終わりました、カトレアさん。……こんな感じで……どうでしょうか?」






泉に自分の魔力が沈み込む感覚が止み、ジュリオは魔法の発動を終えた。



疲労感はあるが、また同じ事をやれと言われたらやれる見込みはある。






「ありがとう、ジュリオくん。……今、疲労感はあるかな?」



「まあ、あるっちゃありますけど……足りなかったら、もう一度やれますよ」



「いいや。泉にも魔力を受け取れる限度があるからねぇ。もうお腹いっぱいだと思うよ…………おや?」






何かに気づいたカトレアが横を見たので、ジュリオもつられて同じ方を見た。



すると、ガラの悪そうな売人達が走り寄って来たではないか。






「ひぃっ!!!」






ジュリオはビビってカトレアの後ろに隠れてしまう。


そんなビビリのジュリオを見て、カトレアはくすくす笑っていた。






「なあ、あんた……」






ガラの悪そうな売人達がカトレア越しにジュリオへ話しかけてくる。


売人の顔にはいかつい入れ墨や、そこまでせんでもと言いたくなるほどのピアスがバチバチに空いていた。


そんな売人達が、ぞろぞろと集まってくる。




直感で怖い! と思う。






「あ、あの……僕はですね、地元の者ではないので物珍しいかと存じますが、人畜無害な追放貴族ですので捨置いて下さると」



「あんた、クラップタウンの水源を救うために、あの毒沼を渡ってアナモタズを祓ってくれたんだろ?」



「は、はい! 僭越ながら祓わせていただきました!」






ジュリオは、カトレアの背後に隠れるのをやめて、直立不動でハキハキと答えた。直立不動なのはビビリのなせる技である。




そんなジュリオを、ガラの悪い売人はまじまじと見つめた後、くしゃりと顔を泣き出しそうに歪めて言うのだった。






「ありがとうな……っ! 俺らの地元の為に……泥まみれになって戦ってくれてありがとう……」



「え……。あの、えっと……僕が……戦ったわけでは。そもそも、アナモタズを仕留めたのはアンナですし、後はローエンさんとカトレアさんと貴方達と業者さんとルトリさんが協力した結果ですから……」



「それでもさ、あんたが必死こいて毒沼を渡ってアナモタズを祓ってくれたのが始まりだろ? それだって、立派な戦いだ。だから、ありがとうな」



「……! こ、こちらこそ」






売人が笑顔で片手を差し出してきた。


大きくて分厚い手だ。



その手を恐る恐る握り返すと、ガシッと両手で握り返される。



真正面から感謝を告げられたが、ジュリオは嬉しさと戸惑いで返事が上手く思いつかず、素っ気ない事しか言えなかった。



そんなジュリオを売人は察してくれているのか、笑顔を浮かべたままである。



もしかして、良い人なのかも……とジュリオは思った。






「こちらこそ、ありがとうございました。水源が汚染されて、人が苦しむ前に止められて良かったです」



「本当にありがとう! 薬物ヤクが欲しかったら俺達に言えよ! あんたなら永久に安くしてやる!」



「い、いえ! とんでもない! お気持ちだけで結構です本当に!!!」






前言撤回である。良い人ではないだろう。



だが、気の良い人、というのはわかった。






「そんな! それなら、脱法薬草はっぱはどうだ? あんたが使わんでも、他のヤツに売ればかなりの金に」



「本当にお気持ちだけで大丈夫です!! ありがとうございます!!」



薬物ヤク脱法薬草はっぱもいらないなんて、な、なんて無欲な人なんだ……こんな人、初めてだ」



「でしょうね……」






生粋のクラップタウンの住人からしたら、ジュリオは無欲で控えめな聖人に見えるのだろう。



だが、ジュリオの感覚からしたら、ヤバいものに関わりたくないという一心であった。






◇◇◇






ジュリオに感謝を告げた売人達は、名残惜しそうにその場を離れた後、今は業者達と一緒に馬車に荷物を詰め込んでいる。



気の良い売人からヤバいものを押し付けられずに済んでホッとしているジュリオの元へ、アンナが寄って来た。






「よ! お疲れさん」



「本当に疲れたよ……。さすがに薬物ヤク脱法薬草はっぱは勘弁して欲しいかな」



「関わらんで正解だよ。あたしもそこら辺はノータッチだからな。使う事も売る事もしてない。……勿論、ローエンもな」



「それ聞いて安心した」






疲れた声でアンナに返事をしたジュリオである。



そう言えば、アンナも今日は疲れただろうと思う。


昨晩は自分を助けアナモタズと連戦をし、今日もアナモタズを仕留めたり、タルを爆破したり業者を手伝ったりとしたのだ。






「アンナは大丈夫? 昨晩からすごい大変だったでしょ」



「ん? あたしは別に……何もないかな」






本当に何とも無さそうなアンナに、ジュリオは言葉を無くす。


さすが猟師。タフだなあと思った。






「ジュリオくん。アンナ。今日は本当にありがとう。…………ジュリオくんには特に、騙し討ちみたいな形で連れてきたのに、よく頑張ってくれたね」






カトレアから労われ、ジュリオとアンナは顔を見合わせた。



お互い、やりきったな! という表情をしている。






「報酬の話だけど、キミの身分証明書の代金はアタシがローエンに払っておくし、それ以外の報酬金はルトリから役所で受け取ってくれるかな? 一応、クエスト扱いなんだよね。これ」



「はい! わかりました。ヒーラー免許と一緒に受け取りに行きます。……こちらこそ、ありがとうございました」






身分証明書の代金を全額払ってもらっただけでなく、職探しに余裕が持てる程の報酬金までもらえたのだ。


これで、職探しにも希望が持てる。



先の見通しがついて安心し一息ついたジュリオに、カトレアは優しく笑ってとんでもない事を言うのだった。






「そしてねジュリオくん。……これは三つ目の報酬の話なんだけどさ。…………キミ、アタシが雇われ監督官してるヒーラーの休憩所で働かない?」

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