第22話 チート性能万歳!
身分証明書を提出した後、ジュリオ達三人は奥の部屋へと通された。
着いた部屋には台座に置かれた水晶玉と、黒い謎の板が置かれた机と椅子がある。
物が少なく広々としたこの部屋で、魔力だとか色々な事をあれこれ調べるのだろうと予想した。
「あの黒い板って何かな? 板にしては分厚いし、見た目からして異世界文明のものっぽいよね」
「ありゃモニターって言うんだよ。まあ、テレビの親戚みたいなもんだな」
アンナが説明してくれる。異世界文明の物は教えてもらわないとわからない。
やはり自分は世間知らずだと自覚した。
「ジュリオ・ギャラガーさん。私はヒーラー課の物です。今からあなたの魔力量などを検査して、ヒーラー免許を発行いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
書類を持ったヒーラー課の職員がやって来たので、ジュリオは挨拶をして頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。……あの、魔力量って何をどうすれば」
「まずはそこにある水晶玉に手をかざして、ヒールを唱えます。その際は、こちらにある機材に腕を通してください。そうしたら、ギャラガーさんの魔力量がモニターに表示されますから」
ヒーラー課の職員はそう説明すると、机の下から何やら機材を取り出した。
確かに腕が通せる穴があり、その周りには布が詰まっている。
「血圧図る機械に似てるねぇ。……そろそろ健康診断の時期かぁ。また医者にタバコやめろって言われるよ」
カトレアがげんなりした声で言う。医者じゃなくてもタバコは体に悪いのではとジュリオも思うが、余計なお世話だろうなと思い何も言わなかった。
「それではギャラガーさん。機材に腕を通して水晶玉にヒールを唱えてください」
「わかりました」
ジュリオは椅子に座り、機材に腕を通した。滑らかな布に包まれる腕は心地よく、手のひらで触れた水晶玉はひんやりしている。
「うわっ! 何か腕がギュって」
突然、機材の腕を通す場所が窮屈になり、布の部分が膨らみ始めた。
初めてのおかしな感覚に驚いてしまう。
新感覚に戸惑っていると、ヒーラー課の職員からヒールを唱えて下さいと言われたので、素直にヒールを唱えてみる。
胸から湧く熱が腕を通って水晶玉に吸い込まれたと思えば、水晶玉は一緒だけ淡く光って直ぐに元の暗さに戻った。
それはまるでジュリオのヒールの威力を表しているようだ。
所詮、僕ってこんなもんだよなあ……と思う。
「魔力量はEマイナスランクですね」
ヒーラー課の職員が穏やかな声で言う。
Eマイナスランクかあ……と気落ちしたその時、アンナが横槍を入れてきた。
「え、待ってくれ。ジュリオは死ぬ寸前の大怪我負った女を治したし、なんか黒いオーラをまとったアナモタズを祓ったんだ。そんなワケわからん奴がEランクマイナスってのは……。まあ、あたしみたいな素人が割り込んで悪いんだけどさ……」
アンナは戸惑いながらヒーラー課の職員に説明している。普段は乱暴な物言いをするアンナであるが、ヒーラー課の職員にはアンナなりの丁寧な対応を心がけているようだった。
アンナの言う通り、自分はワケのわからない回復魔法や光魔法であれこれド派手な事をしてきた。あのようなド派手な事、魔力量Eマイナスのヒーラーである自分に可能だとは思えない。
しかし、結果は結果である。
どうしたら良いのかと悩んだその時、カトレアが会話に入って来た。
「ねえ、ジュリオくん。一つ聞きたいんだけどさ、いいかな?」
「はい。……どうされました? カトレアさん」
「キミが死にかけの女の子を助けた時や、黒いオーラをまとうアナモタズを祓った時さぁ。…………キミは『詠唱を唱えた』のかな」
「詠唱……ですか……確か、あの時は……何も唱えてません」
思い出してみたが、あの時ジュリオは何も唱えていない。
黒いオーラを祓うときだけは、『カース・ブレイク』だとか何とか言った気がするが、詠唱らしき物は何も口にしてはいない。
そもそも、詠唱がわからなければ魔法は唱えられない筈である。
これは、ヒーラーだけでなく魔法使い全般に言えることだ。
「そんならさぁ、今度は詠唱せずにヒールを唱えてごらんよ。…………いや、ヒールって意識しなくていい。水晶玉も無視しな。目を閉じて、キミが助けた死にかけの女の子を思い出してやってみなぁ」
「……は、はい……」
カトレアは指で水晶玉をコツコツと叩く。
言われた通り、目を閉じて水晶玉やヒールの事は無視し、大怪我を負って死にかけているマリーリカを思い出した。
あの時は確か、とにかく焦っていたし嫌な幻聴に気が散って苛立っていた。しかし、アンナに一喝され気を取り直し、自分でも意味不明な回復魔法放ったのだ。
その結果、妹が死んだ事を知ったマリーリカには死なせてくれたら良かったのにとキレ散らかしたのたが。
今思えば、色々あったなあとしみじみする。
「…………」
ジュリオはマリーリカを蘇生させた時の感覚を思い出す。深呼吸をして、手のひらに集中した。
瞬間、閉じた瞼からでも眩しいほどの閃光が炸裂する。
「な、何ですかこれ!? これが本当に魔力量Eマイナス!?」
ヒーラー課の職員が驚きの声をあげる。
アンナは「あの時と一緒だ」と言い、カトレアは一言「なるへそ」とだけ呟いた。
「…………はぁっ……ぅ」
身に余る熱と鼓動に頭がクラクラして頬に汗が伝う。
胸の鼓動が二重になって聞こえて来る。
先程のヒールとは比べ物にならない熱が胸から腕を走り抜ける。激しい胸の鼓動と熱に翻弄されそうになるが、根性と気力でどうにかした。
「もう大丈夫です。ギャラガーさん。測定結果が出ました」
ヒーラー課の職員の言葉で、ジュリオは回復魔法を終えた。目を開くと水晶玉はまだ白く光っている。
うっすらと目眩がしてフラリとよろけたところを、アンナに支えられた。
マリーリカを治した時はここまで疲弊しなかったが、あの時と比べて疲労が溜まっていたのだろう。しかも二発目の魔法と言う事で、体力が追い付かなかったと思える。
「魔力量、測定不可能。測定基準を超えてしまって、数値画がバグってます……」
「測定、不可能……? なんですか、それ」
まだふらつく体をアンナに支えられながら、ジュリオはモニターへと近づき表示された数値を見た。
モニターには、文字と数字がぐちゃぐちゃに表示されており、意味はわからないが『異常』と言うことだけはわかる。
何が何だかわからず不安になり、アンナの顔を見た。
アンナもさっぱり分かっていないような顔をしており、ジュリオと同じ気持ちなのだろう。
「キミがさっき放った回復魔法は、『オーバー・ハート・ヒール』だね」
「え……それって、一体……」
何が何だか理解出来ていないジュリオに、カトレアは説明を続ける。
ジュリオのトンデモ回復魔法を目の当たりにしても、全く動じずゆったりとした平常運転のままなのは、さすが大ベテランヒーラーだ。
「オーバー・ハート・ヒールってのは、まあ簡単に言うと『自分の命を犠牲に他人を蘇生させる』レベルの最上級回復魔法でねぇ。言っちゃえば最強のヒールってことだよ」
「最強のヒール……」
「そう。んで、そんな危ない最強ヒールをまともに扱えるのは、十年くらい前に救国の儀を迎えた大聖女デメテルだけだろうって言われてんの。……そんな危険な最強ヒールを、キミは二回も使ったってことだよ。…………すごいねぇ」
カトレアの目が鋭い。すごいねぇと意味深に褒められ、嬉しさよりも『あれ、もしかして僕の正体割れた系ですか』という不安の方が大きくなった。
それに、救国の大聖女デメテルという母の名前を聞いて懐かしくなったと同時に、ゾッとしてしまう。
優秀な大聖女である母と同じ事が出来たと誇らしい気持ちの裏で、母の儚げな笑顔ととろける様な甘い声に乗せられた恨み辛みのこもった言葉が
「ジュリオすげえな!! 最強のヒールだってよ! マジやべえな!」
「…………えっ!? あ、ああ、うん」
「どしたジュリオ。疲れたか」
「いや、全然……大丈夫だよ……あはは」
息が止まりかけたジュリオは、アンナのテンションの上がった声で意識を持ち直す。
尊敬する大好きな母と共通点が見つかったのだ。とても嬉しく誇らしい事である。
絶対そうだ。そうに違いない。
「あの、すみません……。魔力量Eマイナスである筈のギャラガーさんが、詠唱破棄でオーバー・ハート・ヒールを二回も発動させて、しかもノーダメージというのは……一体……」
ヒーラー課の職員は困った顔でカトレアに質問をした。
カトレアはしばらく「うーん」と悩んだ後、「タバコ吸っていい?」と聞く。
しかし、ヒーラー課の職員は「ダメです」と間髪を入れず答えたので、カトレアはため息をついて腕を組んだ。
どう答えようかと悩んでいるようなカトレアは、しばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「ジュリオくんは『詠唱を必要としない』チート性能のヒーラーってことかなぁ」
「チート性能!? 僕が!? チートって、それは異世界人のものじゃ」
「アタシが言ったのはチート『性能』だよ。異世界人のチート『能力』とはまた別だねぇ。……今の段階で説明するとなると、こうなるかなぁ」
カトレアは『今の段階で』という言葉に重きを置いた。それが意味する事をジュリオは一切わからないが、カトレアはそれ以上説明してはくれないらしい。
多分、完璧に説明するとなると、初心者の自分には理解出来ない専門用語の数々が飛び出して来るからだろう。
ヒーラーの専門用語だらけの長ったらしい説明を理解できるかと言われたら、答えは否である。
「ジュリオがチート性能ヒーラーか……すげえな……」
「……なんか……実感無いなあ……」
自他共に認めるクソの役にも立たないバカ王子として生きてきたジュリオにとって、突然のチート性能ヒーラーという評価はあぶく銭の様な胡散臭さがあった。
今いち喜べないというか、チート性能ヒーラーなら何で王子時代に発揮出来なかったんだよというツッコミの気持ちの方が大きい。
歯切れの悪い態度のジュリオに、アンナは小さく笑って景気付けるように優しく背中を叩いた。
「まあ、あれだよ。駄目な奴だと思われて実家追放されたけど、実はチート性能でした〜ってのは、中々ロマンティックじゃねぇの。……良かったじゃん。これで食ってけそうだな」
「……そだね。食ってく算段が付きそうだもんね。ま、いっか!」
アンナの言う通り、取り敢えず自分の力で飯を食う事への希望が生まれたのだ。
今はそれで良しである。
だいたい自分はバカ王子だ。アレコレ考えても何一つわからないだろう。
ならば、目の前の事から地道に片付けていくしかない。
楽しげに笑うジュリオとアンナを、カトレアは優しい目で見ている。
しかし、カトレアの「まさかねぇ……」と暗く小さい呟きを、ジュリオの耳は拾えていなかった。
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