聖痕の聖騎士〜溺愛?狂愛?私に結婚以外の選択肢はありますか?〜

白雲八鈴

第1話 最後のお務め

「は?私ですか?」


 目の前にいる神父様が透明なガラスの小瓶に聖水が満たされた物が20本程入った木の箱を私に突き出しながらニコリを笑っている。白髪混じりの金髪を後ろに撫で付け、優しそうな青い目を私に向けて笑っている。


「ええ、アンジュ。貴女です」


 この神父様がニコニコと笑っているってことは何か嫌な予感がする。対外的には優しい神父様で通っているけど、その本質は悪魔だってことは10年もここにいればわかってしまう。


 先程まで夏の日差しを受けながら、うるさい程、鳴り響いていた虫の声が一斉に鳴き止んでしまった。いや、ただ私の頭の中に先程の神父様の言葉が響き渡っているのだ。


「えー。私、夜は眠くなる人なので、配達とか無理です。他の人に頼んでもらえません?」


 私も負けじとニコリと笑う。しかし、神父様は木の箱を更に前に突き出した。


「アンジュ、貴女にお願いしたいのですよ」


 はぁ。等々私の番が回ってきてしまった。

 わかってはいた。16歳になってしまったのでそろそろとは思ってはいた。


「わかりました。では、もう戻って来なくてもいいと言うことですね」


「何を言っているのです?ただの配達ですよ」


「ですから、配達をすれば自由にしていいということで?」


「本当に貴女は何を言っているのです?ここは貴女の家ではありませんか。帰ってくるところはここ教会です」


 神父様は私に木の箱を押し付ける様に渡し、ニコニコとしながら神父の執務室から出ていくように手で指示をした。




 ここは、キルクスという中核都市の教会。私は3歳のときに両親からこの教会に売られてきた。それから、ここが私の家になった。


 そう、売られた。教会に売られてやって来る子供には決まって共通点がある。聖質という素質を持っている子供だ。そして、近くの農村の口減らしとして連れて来られる。


 人によっては酷い親だと言う人もいれば、生きていけるようにと親の優しさだと言う人もいる。


 それは内情を知らない人が言う言葉だ。私の様に売られた子供は硬いパンと水の様なスープのみが一食だけが、食事として与えられ、お金を寄付した商人の子供や貴族の子供は肉やお菓子が付いて三食与えられた。

 そこで差別化され、生きてここ教会を出ていけるかが決まってくる。


 はっきり言って、そんな粗末な食事で、生きて行けるはずはない。


 生き残れるのは商人や貴族の子供に付き従う者、若しくは独自で食事を確保する者。そして、聖質を聖術まで昇華させ、貴族に買われていくか、聖痕を発現させ聖騎士団に入団するかどれかだった。


 私は自分の食事を自分で確保することで生き延びた。楽なことではないが、誰かに虐げられることも嫌だったし、組織に入るのも嫌だった。しかし、お節介を焼く者は何処にでもいるようで、私の口に食べ物を捩じ込んで来る者がいたことも確かだ。


 ある程度大きくなると、教会のお勤めが終わりしだい、街に出て、色んな仕事をして小銭を稼いでその日の食べる物を確保する。しかし、所詮子供だ。騙されることもあるし、少しでも仕事が終わらないとお金が支払われないこともあった。

 でも、その御蔭で処世術というものを身につけられたと思っている。

 騙されるヤツが悪い。契約書は必ず確認する。人は裏切るが金は私を裏切らない。そんなこんなで、だいぶん歪んだ性格に育った。




 私はカチャカチャとガラスの瓶に詰められた聖水が20本入った木の箱を持って薄暗い石の廊下を歩いていた。外は暑苦しいほどの日差しが降り注いでいるが、石でできた建物の中は幾分か涼しい。

 先程からすれ違う者たち私の姿を見て、急いで立ち去ったり、コソコソと影で話をしている。


 皆、次は自分の番ではないかとビクビクしていたからだ。

 そう、木の箱の聖水。これを持って教会の外に行った者は二度と戻ってこない。いずれも16歳になった者···少年、少女に任される最後のお務め。

 だから、容姿のいい子供は16歳になる前に貴族に媚を売って買ってもらうか。聖痕がないのに貴族の子息に媚びを売って聖騎士団に入団するのだ。恐らく従騎士として入るのだろう。真偽はわからないが、貴族の子息が教会を出ていくときに居なくなる者がいることも確かだ。


 廊下の先から嫌いなヤツが歩いて来た。いつも嫌味を言っていく馬鹿だ。確か、どこかの貴族の息子だったと思うが、ただ単に弱いものを虐めて優越感に浸りたいだけなのだろうと、いつもさっさと逃げるのだが、今日はカチャカチャと鳴っている聖水があるため無理そう。


「やぁ、アンジュ。今度は君の番なのか。君が居なくなると寂しいものだ。ああ、聖痕持ちの俺は来週聖騎士団に入団することが決まったから、二度と会うことはないのは同じか」


 そう、目の前のゼクトなんたらかんたら(貴族は名前が長すぎる)は先週、聖痕が発現したと騒がしく喜んでいた。

 嘘か本当かはわからないけど。どちらにしろ貴族や商人の子は新年を迎えれば各家に帰っていける。


「そうね。さようなら」


 そう言って去ろうとすれば、肩を掴まれた。


「なんだ?今更後悔か?俺の下僕になれと誘ってやったのを断った事を後悔しているだろ?」


「全然」


 掴んだ手を振り切って、廊下を進む。しかし、下僕にした者たちを全て教会の外に連れ出さると思っているの?馬鹿じゃない?出られるのはゼクトだけだと思う。若しくは一人だけ。今頃その下僕たちは次の宿主探しに奔走しているだろう。


「おい。待て!」


「ここから先は女子棟」


 そう言って私は廊下を曲がって行った。


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