第26話 父 1

私の父親は何不自由無く、一生を終えた。


銀行にも一度しか行った事は無い。「銀行は来る者だ」と言っていた。


後の争いへと発展する相続者の代表であった父は、銀行に行かねば


ならなかった。


事実、祖父がまだ生きている頃、父の家にも銀行は挨拶に来ていた。


こっちから出向く事は一度も経験したことが無かった。


キャッシュカードも当然知らない。


医者はそう言った生き物が多い世界だ。


私が着る服はあらかじめ、大手百貨店と母が打ち合わせており、


私の服は母が選んだものしか着る事を許されなかった。


一度、私の親友が来ている時、私の二十歳の誕生日で


欲しい革ジャンがあった。


しかし、母は父に視線を送り、結局、私が欲しかった羊の革ジャンは


買えず、父が選んだ私の欲しかった革ジャンよりも値段の高いのを


私に買った。親友たちは皆、裏をあまり見た事が無かった。


父を好きだったその親友も、それ以来、私の悲惨さに気づいた。


私はその革ジャンには一度も袖を通さず、今でも実家にある。


私の父親は東京に居たいという思いから、大学を2つ卒業した。


そして兄に見習うように、弟たちは医者になり、


末の弟は祖父に、お前は頭が悪いから歯科になれ。


と言われて歯科になった。


私の世界では、歯科であっても馬鹿にされる世界なのだ。


医者が当たり前の世界である以上、私の一族では特に私は差別された。


一度だけ哲学の話を、従妹にしたが、


また訳の分からない事を言っていると言われた。


父は死んだ。死後になって父の話を色々聞いたが、


不可能を可能にするほど金があり、父自身からもその話は聞いていた。


父が小学生高学年の頃、姉のような存在の従妹と喫茶店に


入った時の出来事をよく話していた。


中学生の女の子の従妹と小学生の父は、喫茶店に入り、


コーヒーとケーキを頼むと前払いを店側から要求され


前払いしてから食べていました。


当時のサラリーマンの一月の給料で、ケーキがひとつ買える時代で


非常に貴重なものでした。父はそれを何度も繰り返したと、よく


話していました。


しかし、昭和医大での同級生に九州で一番大きな精神科の息子が


来ており、その息子には負けると言っていました。


小銭は一切持たず、一万円札しか持っていなかったようで、


御釣りは要らないと言うため、皆よくジュースなど買いに行ったと


言っていました。


昔から金持ちは三代までというのは、相続税現金一括払いの為だった。


数年前、ニュースでビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズたちが


5,6名集まり、政府に対して相続税を更に下げるよう正式ではないが


その嘆願書のようなものを出したと言っていた。


そうしなければ、大量の失業者も出て、国を揺るがすという真実を


政府に申し出た。


彼の言う通り、相続税に関しては色々問題がある。


単純な人は、他人事だと思うだろうが、そんな安易な事ではないのだ。


それは会社が大きければ、大きい程、現金一括払いというリスクを


回避する方法は今の所、無いのが現実だ。

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