第1話 神様は本当に実在するらしい

「………はっ!?」


 急激な寒気によって飛び起きる。

 なんて悍ましい夢だったのだろうか、まさか嫌いな女に刺殺される夢を見るなんて……。


 寝汗が酷い。今見ていた夢で相当なストレスを感じていたのだろう。服がぐしゃぐしゃに濡れているではないか。


「早く洗濯しなきゃ───」


 気持ち悪さから直ぐに着替えようと服を脱ごうとして気づく。

 どうして俺は学校の制服姿のままなのか、いやそもそもこの腹部が真赤な朱色に染まっているワイシャツはなんなのか、なぜ刃物で切られたような穴が空いているのか。

 これではまるで───。


「お、ようやく起きたようじゃな」


「っ! 誰だ!?」


 思考の途中で突然背後から老人の声がして、すぐさま声のした方を振り返る。


「いや、本当に誰だよ?」


「寝起きから失礼なやつじゃな〜」


 そこには真白なローブのような服を着たハゲの老人が立っていた。

 というかよく考えてみればここはどこだ?

 俺がいつも寝起きをしていた自室ではない。白い、なんか変な空間だ。

 俺は一体どうなってしまったんだ?


 状況の整理が追いつかず困惑していると、見かねた老人が質問をしてきた。


「お主、自分が死んだのは覚えてる?」


「え……やっぱり俺って死んだんですか?」


「うん。まあグッサリ刺されて死んだね」


 軽い感じであっさりと断言した老人に俺は何も言えない。

 だってそうだろう? 

 先程の夢は、夢でなかったということ。死んだということだ。


「……それじゃあここはあれですか、死後の世界的な? お爺さんは神様的な?」


「そうじゃね」


 俺の質問に簡単に頷く老人。というか返事が軽すぎる。

 状況の把握はできた、納得はしていないがが理解はできた。というか、本当に死後の世界なんてのはあるんだな。


 そうして状況の把握ができた瞬間に頭の中に浮かんだのは、


「えっと……俺はこれからどうなるのでしょうか?」


 これからの自身の処遇であった。


 一般的に死んだら天国か地獄のどちらかに行って、そこで永遠の時間を過ごす。的な考え方が通説だ。

 最近では異世界転生なんてのが流行りであるが、それは無いだろう。アニメやゲームじゃあるまいし。


 そうなると俺はこれからどうなる?

 今からこの目の前のハゲ老人に天国行きか地獄行きか言い渡されるということだろうか?


「あー、うん。お主ね、今すぐ生き返っていいよ」


「は?」


 さて、果たして自分はどちらに行くことになるかと考えていたら、これまた軽いノリで老人は耳を疑うことを言った。


「え……それはもしかして異世界転生……ってこと!?」


 急展開である。まさかこんな事が自分のみに起ころうとは、考えもしなかった。

 いいんですか!? 俺も異世界転生で「俺TUEEE」してもいいんですか!?


「違うよ。普通に元の世界で生き返らせてあげる」


「ですよね〜」


 あっさりと俺の興奮を切り捨てた老人の言葉に頷く。

 そんな上手い話がそうそうあるはずがない。

 いや、そもそも生き返らせてくれるだけでも十分だろう。


「いや〜それにしてもお主、凄い死に方じゃったな」


 心の中で無理やり納得していると老人がそんなことを言い始める。


「その若さで女に刺殺されるなんてどゆこと? 見てくれの割にやり手なんじゃの〜」


「なっ……心外ですね。そんなんじゃないですよ。あれはあの女が異常なんです!」


 老人のあらぬ物言いに反論する。

重愛カサネアイ

 そうあの出来事に関して、俺は全くの被害者だ。

 あの女───重愛カサネアイが異常なのだ。

 好きすぎるからって人の家に押し入って、あまつさえ好きな奴を刺し殺すだろうか?

 普通に考えて有り得ないし、ヤバすぎるだろう。

 そもそもあの女は尽く俺の───。

 刺殺された事を思い返して腹を立てていると、老人が意味深な事を言ってくる。


「本当にそうかの?」


「……どういう意味ですか?」


「そのまんまの意味じゃよ。本当にあの女の子が異常だからお主は刺し殺されたのか?」


 ……何言ってんだこの爺さん?

 普通に人殺してんだから異常だろうが。脳みそ腐ってんのか?

 ならばよかろう。俺があの女の異常性を嫌という程教えてやる。


「あの女は───」


「───全て知っておるよ」


 老人は俺の言葉を遮って続ける。


「お主があの女の子に高校1年生の頃からストーカー紛いの事をされているのは全て知っておる。見てきたからの」


 そう、俺があの女───重愛に付きまとわれるようになったのは高校1年の時だ。

 突如俺の目の前に現れたあいつは、突如俺の事を好きだと言って、交際をせがんできた。


 その時、既に好きな人がいた俺は彼女の告白を断り。アイツは泣きながら俺の前から去っていった。悪いことをしたと思いつつも自分の気持ちに正直でいたかった俺はこれでよかったのだと納得して、この話はこれで終わったものだと思っていた。


 しかしそれは俺の勘違いで、その日を境に重愛のストーカー行為が始まった。


「お主を好きすぎるが故に毎日ラブレターを下駄箱に置いたり、

 お主を好きすぎるが故に遠目からお主のことを視姦していたり、

 お主を好きすぎるが故にお主の住所を特定して毎日お主を出待ちしたり、

 お主を好きすぎるが故に数多のお主の盗撮写真を部屋一面に貼ってあったり、

 お主を好きすぎるが故にお主の至る所の抜け毛をコレクションしていたり────お主を好きすぎるが故に最終的にお主を刺殺したり───」


 老人は俺の忌々しい記憶の数々を言葉で羅列していく。なんなら俺の知らなかった新情報まで羅列していく。


「これのどこが異常じゃないって言うんですか?」


「確かにお主が好きすぎるが故に少し度が過ぎていたかもしれない」


 俺の詰問に老人は気にした様子もなくそんな世迷いごとを言う。

 これの何処が少しだ。普通じゃない、異常の数々じゃないか、言葉は悪いが狂ってる。


「だが、その全てが自分の私利私欲の為にやっていたと思うか?」


「そりゃそうでしょ! ストーカーなんてのはみんな自己中だ!」


 どれだけ聞き耳のいい言葉を並べようがこの考えは変わらない。

 あの女はいつも一方的に気持ちを押し付けてくるだけだ。


「例えば、毎日貰っていたラブレター。お主はアレの中身を見た事はあるか?」


「……最初は見てたさ。告白を断った手前、それでもまだ自分に好きと伝えてくれてるんだ、それに答えられなくても一応は目を通すようにしていた。それがラブレターをくれたアイツへの礼儀だと思ってたから……」


「それじゃあいつから目を通すことも無く、捨てるようになった?」


「一ヶ月もたった頃には読まなくなったよ。一ヶ月毎日欠かすことなくラブレターを貰ったことあるか? あれは嬉しさを通り越して恐怖を覚えるもんだぞ。それも一度告白を断った相手ならな」


 加えてあのラブレターは内容の方も恐ろしかった。

 最初は当たり障りのない誰もが思い描くラブレターの内容だったが、一週間が過ぎたあたりで俺しか知らないような内容がラブレターに綴られているのだ、健気を通り越して普通に怖かった。


「それがなんだって言うんだよ?」


「お主は毎日あの女の子にラブレターを貰わなければ死んでいた」


 話の流れが全く掴めず、あからさまに苛立ちを老人に見せると、ハゲジジイは訳の分からないことを言った。


「……は?」


「例えば、毎日登校中や下校中されていたストーキング。あれが一日でも途切れればお主は死んでいた」


「何言って───」


「例えば、毎日されていた朝の出待ち。あれがなければお主は死んでいた」


「だから───」


「例えば、毎日────」


 そこからも延々と俺の忌々しい記憶を刺激するかのように老人は訳の分からないことを言う。


 毎日ラブレターを貰わなければ俺は死んでいた? 何言ってんだこのジジイ? 気でも狂ったか?


 神様が言っていることだとしても、俺からすれば到底その言葉全てが戯言にしか聞こえない。


 というかそろそろ、その妄言を止めて惜しい。嫌な思い出を掘り返さないでくれ。あの女の所為で俺がどんなに苦労したと思ってやがる。


 次第に俺の中に言い表しようのない怒りがふつふつと溜まっていく。

 そうして我慢が効かず、その怒りは爆発した。


「黙れ! ふざけ事を言ってんじゃねえぞクソジジイ! 俺があの女に毎日命の危機を救ってもらってたって!? 何の根拠があってそんなこと言ってんだよ!!」


「───」


 到底、神様に向かって言う言葉遣いでも態度でも無い。ただ、ムカつく相手に八つ当たりするような俺の言葉を老人は黙って受け止めた。

 そして少し間を置いて老人は口を開く。


「根拠ならある。わしは神じゃ。少し工夫をしてお主らの未来を覗き見ればわかる事じゃ。今言ったことは本当。お主はあの女の子のお陰で今日まで生きてこれたんじゃ」


「何を言って……」


 理解できるはずがない。納得できるはずがない。

 それなんてギャルゲーだよ? 巫山戯るのも大概にしろ。流石の俺でもこんな話しは許容できない。


「……はあ。しょうがない、証拠を見せてやらう。本当はこれは神達にしか見ることは許されないが今回だけの特別じゃ」


 老人がそう言って取り出したのは一つのiP○d。そのiP○dにはとある映像が映し出されていた。


『あはは! アイツのあの間抜け面みた? 最っ高にゴミだったよね!』


 とある教室、とある生徒数人が何かをバカにするように話している。


『あからさますぎるんだってーの! アホ面こいて言いよってきて、それに適当に相手してたら勘違いして好きになりやがって! 誰がお前みたいなブスと付き合うかってーの!!』


 そのグループの主格であろう少女は忌々し気に適当に置いてあった机を蹴りあげる。

 その少女を俺はよく知っている。


『落ち着けって玲奈。今回の事で少しは機嫌直せって』


 一人のヤンキー被れの男が少女のご機嫌取りをする。

 この男にも見覚えがあった。


「なんだよこれ……」


 言葉が見つからない。

 自分の中の感情がグチャグチャになっているのが分かる。


『そうね、あんた達のお陰でかなりスッキリしたわ。明日にはこの写真、全生徒にばら撒いといてね』


『うわっ、本当にこの写真ばら撒くのかよ。鬼畜すぎるだろ玲奈』


『なによ、そんなこと言ってあんたすごく嬉しそうじゃん』


 少女が持っているスマホの画面には一枚の写真が映っていた。


 その写真は───


「分かったか? お主があのまま自分の気持ちに正直になっていたら、お主はあの女に社会的に殺されていた」


 ───俺が顔面をボゴボゴに殴られて、全身裸向きにされている写真だった。


 そして、その写真をばら撒こうとしていたのは俺が一番好きだったクラスメイトのイツワ玲奈レナだったのだ。


「お主、明日この女に告白するつもりじゃったろ?」


「っ!!」


 確かに俺は重愛に殺されていなければ明日、譎玲奈に告白するつもりでいた。

 まさかこの映像は……。


「多分気づいているじゃろうが、この映像はお主がその女に告白した後に起きる結末じゃ。

 お主はあの写真をばら撒かれて、酷い虐めにを受けて、そして自殺する。間接的に言えばあの女に殺されるんじゃ」


「何言って……」


 ここに来てから……いや、殺されてから分からないことばかりだ。

 本当に俺があのまま譎玲奈に告白をしていたらこんなことになっていたのか?

 分からない。分からないけれど……このスマホに映っているのは俺だ。


「お主が恋慕を抱いていた相手はこういう女だったと言うことだ。しかもこの女はお主だけではなく、色々な男の恋心を踏みにじって楽しんでおる」


「なっ……!」


 信じられない話だった。

 俺の知っている「譎玲奈」という女の子は、眉目秀麗、才色兼備で生徒からも教師陣からも信頼の厚い頼れるクラス委員長だ。それがこんな事を……。


「そして、そのことを知っていた重愛あの女の子譎玲奈この女に殺されるぐらいなら「自分が殺す」と思い立ってあのようなことをしたんだ」


「それ……は、本当に?」


「うむ。重愛あの女の子はお主を譎玲奈に近づけないために、お主を守るために毎日色々なアプローチをしていたのだ」


「…………」


 ……なんてことだ、なんてことを俺は今までしてきたんだ。


「これでわかってくれたかの? あの女の子がお主の命を毎日救っていたってことが」


 ぶっ飛んでる。到底、理解も納得もできない話だが、この爺さんは俺が迎えるはずだった未来をこの目で見せてくれた。材料は全て揃ってしまっている。


「どうして───」


「ん?」


 急展開に脳の整理が追いつかない。それでも疑問が浮かんだ。


「どうして、重愛は俺を助けようとしてくれたんだ?」


 分からない。

 俺はアイツの告白を断って、思いを拒絶して、鬱陶しいとか、気持ち悪いとか思って、目を逸らし続けたのに───どうして彼女は俺を助けようとしてくれた?


「そんなの決まっておるだろ。色々な事、全てを引っ括めてお主の事が好きだから助けようとしたんだ」


「ッ…………!!」


 簡単だと言わんばかりの老人の答えに心が震えた。

 思わず呆然としてしまう。


「まあ、今回ばかりは少し度が過ぎてあらぬ方向に行ってしまい。バッドエンドになってしまったがな」


 老人はそんな俺を気にせず話を続ける。


「そこで一番最初の話に戻る!」


「一番……最初?」


「そうだ! お主を生き返らせると言う話だ」


 そう言えばここに来てこの爺さんは一番最初にそんなことを言っていたな。

 でもなんで俺なんかを生き返らせてくれるんだ?


「普通なら赤子から人生をやり直させるところなのだが特別だ。

 今回のできごとはとても悲しくて辛い出来事であった。こんな恋の行方は、恋愛の神が黙って見過ごせん! よって恋愛の神の権限を使い、お主を死ぬ一日前に生き返らせてやる!」


「い、いいんですか?」


 それはあまりに個人的な理由で、職権乱用と言うのではなかろうか……。


「いい! わしは偉いんだ、これぐらい何でもない! それよりも!」


 俺の心配を一言で吹っ飛ばし、老人は支えに使っていた杖の先を向けてくる。


「今度は幸せになれ」


「……それは重愛と、ということですか?」


「違うわい! お前が誰を好きになろうが勝手じゃが、今度は変な女を好きになるなよと言うことじゃ。今回は本当に特別じゃ、だから今度は幸せになれ」


 老人──神様は一喝すると優しく笑う。


「わかり、ました」


 俺はそれに何とか頷く。


「うむ! それじゃあそろそろ別れの時じゃ」


「は、はい。なんか、色々とありがとうございました」


 色々と思うことはあったし、暴言も吐いてしまったが、俺は神様に誠心誠意で頭を下げる。


「達者でな、潔啓太。お主の人生、空の上で見させてもらうぞ。今度会う時はお主がわしと同じくらい見た目が変わった時じゃ」


「わかりました!」


 そのやり取りを最後に全身が光に包まれる。暖かくて、とても落ち着く安らかな光だ。

 俺はその光に身を任せて目を閉じる。


 時間が経つにつれて意識が沈んでいく。

 そうして俺はゆっくりと深い眠りについた。


 沈む意識の中で俺は考えた。


 たまたま神様の善意で生き返らせてもらえる。それはとても運が良くて、有難いことだ。

 この機会を無駄にしてはいけない。

 神様は「幸せになれ」と言ってくれた。ならなってやろうじゃないか。


 今度のやり直し人生。俺の目標は絶対に幸せになることと、もう一つ────重愛に恩返しをする。


 今まで酷い事をしてきた俺を、様々な害意から守ってくれた彼女には俺以上に幸せになってもらいたい。

 だから俺はここに誓う。


 俺は重愛に恩を持って反撃する!

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