ショートショート集

フィオー

豹の孝義(71点)

 大人になって社会を出ると、常に自分の思い通りにいくわけないし、解決なんてできるか判らない問題が目の前に現れてくる。


 そんな時、挫けそうな俺を「お前も立ち向かえ、お前もできる」と喝を入れてくる、子どもの頃の記憶があって……俺は、どんな辛い時や挫けそうな時も絶対立ち向かって来れた。


 ……孝義は、度胸がないくせに負けず嫌いな、そんな、いじめられやすい性格だった。


 だいたい小学校へ入ってからというもの、なんでか体育の着替えの時にじろじろ他の奴らの着替えを見てきたりして、多分話しかけようとしてかけれなかったんだと思うが、皆に気持ち悪がられて友達ができず、いつも1人で遊んでいた。


 それがある日、絵がうまいことがクラスで評判になり、ちょっと人気になった。


 俺と翔太も孝義と話してみると、天然で揶揄うとなかなかおもしろい奴だったので、俺らはいつも孝義を揶揄っていた。


 ある日の休み時間、トイレから帰ってきたら、翔太がプロレスの技を孝義にかけていた。


 それに気づくと、俺は近くに駆け寄って審判役を務めた。


 翔太と孝義は、このノリに乗ってきて、突如としてプロレスマッチが開始される。


 孝義は貧弱で気弱な奴だったが、なぜかプロレスだけはノリノリでやってきた。


 孝義は、特に寝技がうまく、密着されるともう離せられない、「ギブッギブッ」と言ってもなかなかやめてくれない、じつは運動神経良いのかなって俺は思ってた。


 クラスのみんなも、このマッチを見に集まってくる。


 大盛り上がりの中、翔太VS孝義は、技を掛けられるだけだった孝義が、逆に翔太に技を掛けて苦しませる展開になった。


 翔太は学年で一番体がデカく、それを一番小さな孝義が追い込んでいたもんだから、俺を含むこの光景を見た全員が孝義を褒め、翔太を笑った。


 孝義の得意の寝技が決まり、しかもそこから素早く翔太の両脚を持って、ちんぐり返しを繰り出してきたので、俺らはもう大爆笑だった。


 しかし、それでガキ大将だった翔太は、プライドを傷つけられたんだろう。


 翔太は突如、本気で怒って孝義に殴りかかった。孝義はびっくりして、丸くなって暴行に耐えるだけになる。


 慌てて僕らは翔太を止めに入って、この騒動は終わったけど、孝義はまた1人きりになってしまった。


 なぜかと尋ねたら、「孝義の事がまだムカついてたまらねぇんだよ」と言う。


 逆らうのが怖かった俺は、手を貸すことにした。


 その日の夕方、孝義の泣き声が裏路地に響いた。


 次の日、学校へ行ってみると、クラスの皆が孝義に向かってボールが投げている。


 孝義は反撃するのかと見ていたら何にもしてこない。俺の所にボールが転がったので、空気的なことから俺も投げた。


 それ以来、いじめが始まった。


 しかし、孝義はずっといじめに抵抗し続けた。


 でもそれは、パシリに使ってやろうとも絶対聞かない、数人がかりでどんなに殴っても必ず睨みつけ続けてくる、そんな弱い抵抗だった。


 何もできないくせに、やり返しもできないくせに、そんな事するもんだから、俺ら皆の反感を孝義は買い続け、いじめは酷くなっていく一方だった。


 そうやって一年が過ぎた。


 俺らが2年生に上がってしばらくたった時、あれはゴールデンウィーク明けの事だった。孝義が翔太にいきなり後ろから襲い掛かかった。


「何しやがんだ!!」


 翔太の怒鳴り声が教室に響く。2人は殴り合いの喧嘩になった。


 見ている俺らは皆、体格で勝る翔太の圧勝だろうと思って見ていた。


 しかし孝義の猛攻は、どんどん翔太を追い詰めていく。


 小さな体のために虎のような迫力のある猛攻ではなかったけど、しなやかに動き、機を見るに敏、いざとなると攻撃的、そんな動きをする孝義に、翔太は一方的に殴られ続け、ついにバランスを崩し仰向けに倒れてしまった。


 孝義は体の上にすばやく乗り、翔太の顔を全力で殴りだした。体が小さいため、膝をついて腕を大きく前方に伸ばし、猫の伸びのような四つん這いの姿勢で、鉄槌打ちを翔太の顔に叩き込んでいく。


 翔太からは血が、孝義からは涙が流れていた。


 皆や俺も、予想外の出来事と、あまりの孝義の迫力に唖然として誰も止められなかった。


 その後、騒ぎに気付いた先生が駆け付けて止めてくれたが、これ以来、孝義は翔太と目が合う度に襲い掛かったため、翔太はしばらく学校へ来なくなってしまった。


 まあ、これ以来いじめはなくなり、孝義の方も、しばらくして登校して来た翔太へのやり返しなどもしなかったので、この件は一件落着した。


 何でも孝義は、俺らにやり返すために空手をして鍛えていたらしく、俺と孝義が親友になった小4の頃、市大会で優勝したと喜んで伝えてきたのを覚えている。


 そんな孝義とは高校で離ればなれになった。


 そして40歳を迎えた今日、小学校の同窓会が開かれ、オカマになっていた孝義とぎこちなく話をしていた時。


「俺はこの出来事を、辛い時や挫けそうな時、なぜかいつもおもい出すんだ。何かさ、エネルギーが沸いてくるんだよ」


 と話したら、雌豹の眼でこちらを見つめてきた。


 そして俺はなぜ、小学校の頃着替えを見てきたのか、プロレスをノリノリでやってきたのかを理解できた。

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