第146話 子ネコーじゃないもん!

 指でも咥えていそうなキララの声に、真っ先に反応を示したのは、空中散歩の先駆者であるにゃんごろーだった。サラダに伸ばしかけていたお手々を途中で止めて、にゃんごろーはキララにはち切れまくっている笑顔を向けた。


「キララもやっちぇもらいにゃよ! しゅっごく、ちゃのしぃよ!」

「え? でも、いいのかしら?」


 にゃんごろーにとって、雲に乗っての空中散歩は、サラダを保留にしてもいいくらいに素晴らしい体験だったようだ。先駆者となったにゃんごろーは、その素晴らしさを広めるべく伝道師となるつもりのようだ。

 キララはお目目を輝かせて見を乗り出しつつも、形ばかりの遠慮を口にした。

 キララが乗り気であることを感じ取ったにゃんごろーは、片方のお手々をシュッとお耳の上に上げてキララの背中を突き飛ばし、クロウ助手に出番を言い渡した。


「キララも、やっちぇみりゅれき! じょしゅぅー! れらんにゃ! キララにも、いみゃの、やっちぇあれちぇ!」

「うむ、そうじゃの。ミフネさんと席を代わってもらうといい。にゃんごろーと向かい合わせの方が、子ネコー同士のお話も弾むじゃろうしのぅ。ミフネさんも、それでよいかな?」

「はい。みなさんがよいのであれば、僕は構いません。というか、すみなせん、キララまで」

「うわぁ。ありがとうございます!」

「うむ、うむ。では、クロウよ。出番じゃぞ?」

「へーい」


 にゃんごろーの言葉にマグじーじが賛同し、話はトントンと進んで行く。マグじーじにも出番を言い渡されて、気のない返事をするクロウだったが、その足は既にキララの元へ向かっていた。

 ミフネが椅子を引いてスペースを空け、クロウがキララの雲椅子に手をかける。お目目をキラキラさせながら落ち着かない様子のキララを、にゃんごろーもワクワクと見守っていた。先駆者として、キララの反応が気になるようだ。


「持ち上げるぞー?」

「はい! お願いします!」


 スタンバイ完了のクロウが声をかけると、キララはシュバっと背筋を伸ばした。

 ふわり、マシュマロ雲が離陸する。


「ふわぁ……!」

「にゃふふふふふ!」


 いろんなお色のキラキラを巻き散らしながら歓声を上げるキララを、にゃんごろーもまた嬉しそうに見つめていた。「しょーらよね! わきゃる~!」とお顔が言っている。

 マグじーじとカザンは、キララを見たり、にゃんごろーを見たりと忙しそうだ。

 クロウはマシュマロ雲を抱えて、ゆっくりと横歩きをした。

 にゃんごろーはニコニコしながら雲の動きを追いかけて、お顔を動かしていく。

 正面に戻ったにゃんごろーのお顔が、ゆっくりと上を向いた。それから、小さく上下に動いて、今度は下降していく。

 にゃんごろーがしてもらったのと、まったく同じサービスだった。

 無事、着陸したキララに、にゃんごろーは待ちきれない様子で感想を尋ねた。


「ろーりゃっちゃ? ろーりゃった?」

「すっっっっっごく、楽しかった! お店のもようがお空みたいだから、ほんっとぅーに雲に乗ってお空をお散歩してるみたいで…………最高だった!」

「うん、うん。わきゃる、わきゃるぅ~。しょーらよね!」


 興奮した様子でキャッキャッと戯れる子ネコーたち。

 役目を終えたクロウは、口の端に笑みを浮かべながら自席へと戻る。座る前に手を伸ばして、テーブルの真ん中で所在なさげにしていた追加分のサラダを、にゃんごろーの傍へ置いてやった。隣のテーブルのマグじーじからも容易に手が届く場所だ。元々のマグじーじのサラダと追加分のサラダと、どっちがどっちを食べるのかは、当事者のふたりにおまかせすることにして、クロウは静かに着席した。

 子ネコーたちは、まだまだ盛り上がっている。


「お空もようのかべに描いてある雲の中に、青猫が隠れているじゃない?」

「うん! かくれちぇる!」

「雲のいすに乗って、お店の中をぐるーって、青猫を探すお空の旅をするのも、楽しそうよねぇ!」

「えぇえー!? しゅちぇきぃー! キララ、ちぇんしゃーい!」


 キララのアイデアに心を奪われたにゃんごろーは、サラダのことも忘れてお手々を叩いた。

 もしもそんなことになったら、飛行雲椅子の人的動力源候補ナンバーワン間違いなしのクロウは、「出番にゃ!」の一声が飛んでくることを恐れて、身を竦めた。営業時間外、もしくは他に利用客がいない時に店側の了承を取り付けた上ならば、クロウとて付き合ってやるに吝かではない。だが、今は混雑している昼時だ。さすがに、それはどうかと思った。クロウとしては、受け入れがたい。クロウの常識に照らし合わせて、受け入れがたい事態だ。常識を脇に避けたとしても、やはり、受け入れがたかった。純粋に、見世物のようになるのが嫌だったのだ。さして目立ちたがりではない若い男子心的に、見世物になるのが、とにかく嫌だった。だが、「出番にゃ!」だけなら何としても断るが、「出番じゃ!」まで飛んで来たら、きっと断れない。

 クロウはギチッと体に力を込め、石像のように固まったまま、「頼むから余計なことを言うなよ」と、心の中でにゃんごろーに向かって念を飛ばす。その念が届いたのか、はたまた元よりそんなつもりはなかったのか、にゃんごろーのお口から「出番にゃ!」が飛び出すことはなかった。

 その代わり、「出番にゃ!」を通り越して「出番じゃ!」が発動してしまった。

 テーブルに両手をついて腰を浮かせながら、マグじーじがこんなことを言い出したのだ。


「ふむ! それはいい考えじゃの! よし! マグじーじがお店の人に頼んでやるから、雲に乗って、お店の壁の周りをぐるっと一周してきたらええ! クロウ、カザン、出番じゃぞ!」

「承知しました!」


 カザンが、すかさず立ち上がった。

 クロウは、頭を抱えて項垂れた。

 勘弁してくれ、と思う。

 カザンがやる気とあっては、いよいよもって断れない。

 だが、天はクロウを見捨てていなかった。


 窮地に陥ったクロウを救ってくれたのは、他ならぬにゃんごろー先生だった。


「みょー! マルりーりっちゃら、にゃにをいっちぇるにょ? きょきょは、おちょにゃのおみしぇにゃんらかりゃ! ごめーわきゅを、かけちゃらいけましぇん! めっ!」

「そうよねぇ。面白そうではあるけれど、さすがに子ネコーっぽいわよねぇ。お客さんもいっぱいいるし。今、ここでやってもらうのは、ちょっと恥ずかしいわよねぇ」

「む……。そ、そうじゃな。こりゃ、マグじーじが悪かったわい……」


 どうやら、マグじーじたちよりも、子ネコーたちの方がよっぽど“おとな”なようだった。

 マグじーじはきまりが悪そうに禿頭をツルツルしながら、浮かしかけた腰をストンと降ろした。一拍遅れて、カザンが無言で音もなく椅子へ戻る。大変に分かりづらくはあるが、非常に残念そうだ。マグじーじの方は、残念がりながらも嬉しそうにデレデレしていた。にゃんごろーに「めっ!」とされたのが、ハートに突き刺さったのだろう。


(ありがとう! にゃんごろー先生!)


 クロウは心の中だけで、先生に感謝の言葉を捧げた。

 

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