第144話 危険なことに、にゃっ・にゃっ・にゃっ!

 お待ちかねのサラダは、すぐにお届けされた。

 店員の「お待たせしました!」の声に、両手を上げて喜ぶにゃんごろーだったが、それで万事解決とはいかなかった。

 お届けされたばかりのサラダはにゃんごろーの前に無事着地……とはいかず、所在なさげに空を漂っている。


「なぜ!?」とばかりに見開いたお目目を、手にしたサラダを空中待機させている店員のお姉さんへ向けて、理解した。

 お姉さんは、困った顔をしていた。困ったお顔が見つめる先には、涎を垂らした白いもふぁもふぁがいる。もふぁもふぁは、赤ちゃんネコーのように無垢な瞳で、にゃんごろーの新しいサラダを見つめている。じっと見つめている。

 自分の分だけでなく、にゃんごろーのサラダまでその白いもふぁもふぁに覆われた腹に収めたくせに、またしてもにゃんごろーのサラダを狙っているのだ。


「みょ、みょー! ちょーろーは、しゃっき、にゃんごろーのびゅんまれ、ちゃべちゃれしょー! あれは、にゃんごろーのシャララにゃんらからね! ちょーろーには、あげにゃいんらからにぇ!」

「まったく、サラダばかりで腹を膨れさせて、メインのニャポリタンを食べられなくなっても知らんぞ?」


 子ネコーとじーじから抗議と忠告が飛んだが、長老は言葉が分からない赤ちゃんネコー顔で空中待機中のサラダを見つめるばかりでお返事がない。


「えっとぉー、どうしましょう?」

「あー、とりあえず、こっちのテーブルに避難させてください」

「はーい! 承知いたしましたぁ!」


 サラダの着地先を見失い困り果てた店員が、テーブルの一同に救いを求めた。昼時で、店内は混みあっている。いつまでも、ここでこうしているわけにはいかないのだ。

 救いを求める声に答えたのは、クロウだった。店員はホッとした顔で軽やかに応じると、クロウたちのテーブルの真ん中にサラダを置いた。そのまま仕事に戻ろうとした店員をクロウが呼び止めた。


「あ、それから。椅子、動かしてもいいですか?」

「あ、はい。大丈夫です。えっとぉ、どういう風に?」

「や、こっちでやります」

「あー、はい。では、お願いしまーす。何かあったら、遠慮なく呼んでくださいねー」


 二人の間で、トントンと話はまとまっていった。笑顔で立ち去る店員をお礼と共に見送ると、クロウは立ち上がった。続いて、なぜかマグじーじも立ち上がった。


「はにゃ!? ほにょ!? みょ!?」


 まったく事態を飲み込めていない子ネコーが、新しいサラダ、クロウ、マグじーじへと忙しなくお顔を動かしながら分かっていない声を上げる。クロウもまた、マグじーじに不思議そうな顔を向けた。


「えー……と?」

「席なら、ワシが代わるわい。あんまりガタガタやるのも、店に迷惑じゃしの」

「あー、それはまあ、確かに……」

「まあ、せっかくじゃ。立っている者は使わせてもらおうかの。クロウよ、にゃんごろーの椅子を動かしてやってくれ。あ、にゃんごろーは、そのまま座っておればいいからの~」

「了解でーす」

「にょ!?」


 すでにサラダを食べ終わっているクロウは、子ネコーと席を交代してやればいいだろうと思ったのだが、察したマグじーじが「我こそは!」と名乗りを上げたのだ。マグじーじの言い分は、もっともだった。椅子を動かす必要があるなとなると、隣同士に座っているマグじーじとにゃんごろーの椅子を交換する方がスムーズだ。

 とはいえ、それだとマグじーじのサラダが心配である。納得しつつも返事を躊躇うクロウだったが、結局はマグじーじの案に諸々了承した。にゃんごろーに向かって、デレリと相好を崩す様を見て、にゃんごろーの隣席を手放したくないのだな、とその心情を察したからだ。

 にゃんごろーがお目目をパチクリしている間に、マグじーじは自分の椅子をにゃんごろーの雲椅子の後ろに動かして待機し、テーブルを移動してきたクロウがその隙間に滑り込んで雲椅子に手をかけた。


「おー、マシュマロみてーだな」

「え? もしかしちぇ、おしぇきを、かわりゅの?」

「そ。おまえは、そのまま座ってていいぞー?」

「え、ええ!? まっちぇ、まっちぇ! しょーしちゃら、こんりょはマリュりーりのシャララら、ききぇんにゃこちょににゃっにゃっにゃっ!」


 クロウが雲椅子の手触りを楽しんでいると、ようやく事態を把握した子ネコーが待ったをかけた。

 確かに、席を代われば、にゃんごろーは長老を気にせずに、落ち着いてサラダ姫と向き合うことが出来る。姫との逢瀬に集中することが出来る。でも、その代償として、今度はマグじーじのサラダが危険にさらされてしまうのだ。

 マグじーじのサラダを心配するあまり、魔法が疎かになった子ネコーの言葉は最後、にゃんごろー語ではなく子猫の鳴き声のようになってしまった。


 食いしん坊のくせにマグじーじのサラダを思いやる子ネコーの優しさに、一同は素直に感心した。

 思いを向けられた当人であるマグじーじは、感激に打ち震え、今にも泣き崩れんばかりだ。


 その時、場に水を差すかのように、キュルリと誰かの腹が鳴った。

 白いもふぁネコーを除くみんなは、思わずと言ったように、にゃんごろーを見つめる。

 そんな中、クロウはそっとあらぬ方へと視線を逃した。

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