二章 聖女という存在について

1 到着、クロウフィール王国

「なんとか日が暮れる前に到着しましたね」


「そうだね。お疲れ様、クロード」


「お嬢もお疲れ様です。もう聖結界は解かれてもいいのでは?」


「うん、そうする」


 あれから無事魔物に襲われる事無く、私達はクロウフィール王国の関所へと辿り着いた。

 そこで不要となった移動用の聖結界を解除すると、体に掛かっていた大きな負荷が一気に消えたのが分かった。


 ……良かった、最後まで維持できて。

 途中で駄目になっていたら、またクロードに戦わせる事になっただろうから。

 今、私もクロードも怪我無く此処に立てている事に本当に安堵する。


 ……さて、此処からがちょっと違う意味で心配な所だ。

 クロウフィールは移民の受け入れが盛んみたいだけど、それが必ずしも私達に適応されるかどうかは別の話で。

 万が一という事もある。

 だから……もし入国できなかったらという不安があった。


 まあ結果だけ言えば完全にいらぬ心配だったんだけど。


 ルドルク王国では比較的厳しいらしい入国審査もクロウフィールでは想定通りかなり甘いらしく、クロードに全部任せていた所、入国用のビザがものの十数分で発行された。


「びっくりする位あっさりだったね」


「ええ。いくら移民の受け入れが盛んとはいえ、此処まで簡単に入国できるとは……まあ俺達にとってありがたい事ではありますが、ちょっと心配になりますね」


「そうだね。あまり良くない人も普通に入り込めるだろうし」


「となれば少なくともルドルク王国よりは治安が悪そうですね。あまり俺から離れないでくださいよお嬢」


「う、うん」


 流石にまだ良く知らない所を一人で動き回ろうとは中々思えないし、そして動き回るような体力は残っていない。

 だから言われなくてもそうするよ。


「それで、これからどうしよっか」


「ひとまずは宿の確保ですね。明日からの事は色々考えなければなりませんが、ひとまず今日の所はそれでいいかと」


「そうだね……いつもに増して疲れてるし。じゃあ早く宿を探そうか」


「はい」


 もし元気が有り余っているならクロードと一緒に色々見て回ったりしたかったけど、今日の所は絶対にそれが正解だと思う。


 こうしてクロウフィール王国に辿り着いた私達は、まず今日の寝床を探す事にした。

 ……正直馬車はあんまり寝心地が良くなかったから、できればフカフカなベッドを希望で。


 まあ何事も無く安心できるのなら、多くは望まないんだけど。


 そしてそれから主にクロードが近くのお店の店員さんなどから情報を集めて、予約無しでも泊れそうな宿をいくつかピックアップした。


「とりあえず一つ一つ当たってみましょう。しばらく歩く事になりますが大丈夫ですか?」


「うん、私は大丈夫」


 もうあんまり体力は残っていないけど、必要最低限の移動をする位の体力は残ってるし、最悪無くても気力で頑張れると思う。

 というか頑張る。

 あんまりクロードに迷惑は掛けられないし。


 ……そんな訳で今日泊まる宿の確保の為に私達は歩き出した。

 そして見慣れない景色を眺めながら、時折クロードと雑談を交わしつつしばらく歩いた頃。


「……ッ」


 感じ取った異変に思わず足を止めた。


「どうしましたお嬢」


「分からない……分からないけど……ッ」


 そう口にして……気が付けば体が動いていた。

 もう疲れ切ってしまっている体から力を振り絞って真っすぐに。

 ……具体的に何が起きているのかは分からないけど、それでも。


 それでも今動かないと取り返しの付かない事になるような気がする。


「あ、お、お嬢!」


「ごめんクロード! 着いてきて!」


「い、言われなくても!」


 そう言ってクロードは速攻で私に追いついて来る。


「一体急にどうしたんですか!?」


「凄く嫌な感じがするの」


「嫌な感じ?」


「とにかく、さっきまでは何も感じなかったのに……なんて言ったら良いのかな……とにかく嫌な感じ! 今行かないと取り返しが付かない事になるかもしれない」


「取り返しの付かない……わ、分かりました」


 クロードは納得するようにそう言って……。


「うわ! く、クロード!?」


 私を抱き上げてきた!?


「お嬢が一体何を感じ取ったのかは、俺にはちっとも分かりませんが、お嬢はこういう時に下らない嘘はつかないでしょう。それはいつも真面目に聖女の仕事をしていた時の顔です。実際本当に何か起きているんでしょう。この方が早いし、なによりお嬢体力限界でしょう。俺が走りますよ」


「く、クロード……ありがと」


「いえ」


 そしてクロードは一拍空けてから言う。


「……正直あまり良い事は待っていなさそうなんで、そんな所にお嬢を連れて行きたくは無いんですけど……お嬢が取り返しがつかなくなるなんて言い出したら、それこそ行かないと自分達にも後々良くない事が起きるんじゃないかって思います。だから連れていきますけど……あまり無茶はしないでくださいよ」


「うん……分かってる」


「ヤバそうな事で俺に出来る事は俺がやるんで」


「……クロードも無茶しないでね」


「……分かってますよ」


 本当に分かっているのだろうか?


 ……と、とにかく。


 私達はクロウフィール王国に辿り着いて早々、何かに巻き込まれる事となった。

 いや……違う。

 巻き込まれに行く事になった。

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