第6話 知らぬ間の炎上
放課後、俺は彰人と密談をするため集まった。場所に選んだのは小奇麗なカラオケの個室。学割で安く使える場所である。
「……陸、もしかして歌いたかったのか?」
「いやいや。俺は好きな場所でいいって言ったじゃないか」
それなのに彰人が結局ダメだって言ってきた。最初は行きつけの喫茶店にしようとしたが、込み入った話があるらしく却下されてしまったし。
その間、千夜から何処へ行くのか数回に渡り連絡が飛んできた。全部無視したが。
こっそり付いてきそうだったため、邪魔されない場所を選んだのだ。
「それより話って?」
「ああ。良い知らせと悪い知らせがある。どっちから訊きたい?」
「え、こっわ。また女関係か?」
普段より多少真剣そうな顔をする彰人。
昨日の今日でまた爆弾みたいな情報が投下されるとは思っていない。だけど、こういう言い方をされると小さな事柄にも重みを感じてしまいそうだ。
まあ千夜の探っていた事なのかもしれないし、聞かない手はなかった。
「またって何だよ、信用無いな」
「ある訳ないだろ。以前の誰だったかの兄貴が出てきた時のこと、まだ覚えているからな」
それは数ヶ月前、彰人が振った女子の兄に呼び出された時のこと。彰人に頼まれ、俺が代理でその兄とやらと面会することになったことがある。
チャラチャラした男だっただけに対面した俺には、それなりの恐怖があった。
結果としては、その男も妹に頼まれて呼び出しただけで大した意図は無かったのだが。
とはいえ、俺の方が「安請け合いするな」と年上に注意する羽目になった。二度とごめんだ。
当然、その女子は彰人に謝罪したらしいが、俺には謝罪がなくて心残りになっている。日頃から俺を見下していた女子だったし、彼女のプライドが許さなかったのかもしれないけど。
「あー……あれはマジで助かった。まあそれは置いておいて、どうよ。どっちから訊きたい?」
「良い知らせは兎も角、悪い知らせが彰人から出て来るっていうの気になるな」
含みのある言い方に迷った。彰人の不都合なんて、珍しいこともあるものだ。
「まっ、どっちも俺にとっての……って言う前置きがあるけどな」
「じゃあ悪い知らせから」
「即決かよ。もうちょい悩めよな。ぶっちゃけ知っているかもしれないが、昨日リンリンが炎上した」
「…………え?」
俺は言葉を失った。残念ながら昨日の今日で、その知らせは本当に爆弾だった。
リンリン。彼女は俺が彰人に初めて布教したライバーであり、俺達共通の推し。具体的には、バーチャルライバーという類の配信者にあたる。
俺には他にも思い入れのあるライバーだが、昨日何があったのか俺はまだ把握していない。ただ昨日に彼女が配信する予定はなかったはずだ。
「だから、リンリンが今炎上したんだって。してっていうか、現在進行形で炎上している」
「嘘……だよな。てかおい、普通に俺にとっても悪い知らせだろ!」
「そう言われりゃそうか。てか、やっぱり陸は知らなかったんだな」
俺が平然と学校に来ていれば、知らないことは簡単に察しがつくか。彰人の予想は的を射ていた。
「昨日はちょっと立て込んでいてな」
「だと思ったぜ。陸が知っていたら一日寝込んでそうだもんな」
「そこまでじゃ……まあいいや。それで、何で炎上したんだよ。昨日は配信無い日だったろ」
思い入れのあるライバーの配信は、ほぼほぼ全てリアルタイムで追うようにしている。
昨日ばかりは美海の件でそれどころではなかったから何があったのか知りようがなかった。
「それがあったんだよ。ゲリラ配信。そこで事故」
「事故って、具体的に言うと?」
「リンリンが杏天堂のゲーム配信したんだよ。そのプレイヤーIDがいつもと違ったんだ」
「どういうことだ? アカウントを間違えたくらい、炎上するようなことじゃないだろ」
「そのIDが、本当にプライベート垢だったらそうだな……KOKOの垢だったんだよ」
聞き覚えのある名前に驚く。KOKOはFPS界でプロを除くとかなり有名なゲーマー配信者の名前である。
「KOKO? 偶にプロゲーマーとかに交じってチーム組んでいた謎のゲーマーか」
「ああ、そいつだ」
「つまり、リンリンがKOKOだったって事か」
衝撃の事実だ。KOKOと言えば、顔も声も出していない為、界隈ではプロの誰かのサブ垢ではないかと考察されていた。
リンリンは確かに高いゲームスキルがあった。しかしトークメインで攻めたプレイをしないことから目立たず、とても同一人物だとは思えない。
「いや待てよ……例えそれが本当だとして、なんでそれで炎上するんだ!?」
確かにその事実そのものには驚いたが、その先にある炎上に繋がらない。
配信では手を抜いていたって言っても、彼女のプレイはいつも堅実な立ち回りだった。
果たして叩かれるようなことだろうか。
「そりゃ炎上もするだろ。男性が苦手ですって公言していたリンリンが裏で男性プロゲーマーと遊んでいたんだから」
「……そういうことか」
炎上の理由を明かされ、氷解した。
元々リンリンは女性ライバー限定で構成される事務所の所属である。男性ライバーとのコラボは一度もなかった。
というか、彼女の事務所が女性ライバー同士の繋がりを強く推している。
所謂『閉じた箱』のライバー。男性とのコラボはある種の裏切りとも捉えられてしまう行為なのである。
「確かにそう考えるとショックだけど、一応、男性不信ってキャラ付けじゃなかったっけ」
「キャラだったのかは知らないが、そこは問題じゃない。今まで男性ライバーからのコラボ全部蹴ってきたリンリンが裏では遊んでいたんだから、そりゃファンに対する裏切りだろ」
「まあ…………そうだな」
そういう解釈もできるのはわかっている。だけど、俺はまだ納得がいかない。
今はただ、炎上で叩かれているというリンリンのことが心配になった。
「って訳で、陸はこれからどうするよ」
「どうする……って?」
要するに、炎上を一緒に鎮火させる動きに持って行こうって話だろうか。彰人はバーチャルライバー界にあまり詳しくないが、状況の悪さはしっかりと理解しているみたいだ。
俺個人としてはショックもあるしSNSとかでは沈黙を貫きたい。
もし行動に移すとすれば、俺はリンリンファンの仲間を募ることができる。数が集まれば、何か良い鎮火方法を探し出せるかもしれない。
しかし、次に彰人から告げられた次の言葉は予想外なものだった。
「正直、リンリンには失望したしもう推せない。幾らゲームセンスがあっても許せねぇからな。陸もそうだろ?」
「え……? 何言っているんだよ、彰人」
「ん? ああ、だから俺は夢から覚めちまったってこった」
それがどういう意味なのか、理解が追いつかない。彰人もリンリンの炎上に心を痛めているのかと思っていたのに、既に心を切り替えていた。
「それって……」
「ライバー談義は俺の密かな楽しみだし、推し変えるなら俺も注目するぜ?」
「…………っ!!」
彰人の言い分に俺は耳を疑った。
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