第13話 [D-a'-N]
トントントンッ、ジュワ〜〜っと、キッチンから生活音が室内に響き渡るとともに、香ばしい匂いが僕の鼻を撫でて腹の虫を騒がせる。
僕はお酒に強い体質なので、お酒を飲んだ翌日でもこうして朝早くに起きられて料理をきちんと作れる。対して透夏はというと……
「ゔぅ……きぼちわるい……。おはよ、流斗……」
ヨタヨタとしながら、眠っていた部屋から出てきた。口を押さえて真っ青な表情だ。
「おはよう透夏。だから昨日飲みすぎないようにって言ったのに」
「ごめんなさい……」
「そこに水と二日酔いに効く薬置いといたから飲んでおいて。朝ごはんまでもう少しかかるからャワー浴びてさっぱりしてきたら?」
「何から何までありがと……そうする」
薬を飲み、フラフラしながらバスルームに向かう背を見届ける。呆れ混じりのため息を吐いて手元に目を戻し、料理作りを再開した。
自慢だが、僕は幾度となく繰り返す死に戻りの中で何度も料理をしたことがあるので、一流シェフよりも美味しい料理を作れる自信がある。
数分経った後、ほかほかご飯が出来上がると同時に、ほかほかの透夏が出てきた。
「お風呂いただいたわ。ありがと」
「どういたしまして。料理できてるから食べよっか」
すっかり酔いも覚めたようで良かった。
机を隔てて椅子に座り、朝ごはんを食べ始めた。
「あ、そうそう。そういえば昨日透夏の電話代わりに出たんだけどさ、そこで事件任されたんだけど」
「えぇ? あー……アイツかしらね。ごめんなさいね、また巻き込んじゃって」
「まあ仕方ないよ。僕のスマホに送られたんだけどまだ見てないんだよね。えーっと……これか」
机の真ん中にスマホを置き、一緒に確認する。
――3月19日の記録。
○○町のアパートA-201号室。
被害者男性:
死因:ヒートショック。推定死亡時刻3月18日午後11:52。
・睡眠薬の服用を確認。
・風呂場にはった冷水で殺害。
・心臓がもともと弱いことを確認。
・3月19日00:02に『熱川真事を殺した。苗の頭をよく見ろ』と声を変えて警察に連絡をした人物と関連があると見ている。近くの公衆電話から。
・風呂場に『D-a'-N』という赤いスプレーで描かれていた。
「ディーエーエヌ?」
「
「『苗の頭』ってのもよくわからないわね。もう一つあるみたいだから、そっちも見てみましょ」
――3月20日の記録。
△△町の一軒家。
被害者男性:
死因:焼死。推定死亡時刻3月19日11:25。
・家は全焼。
・焼死体には、何かで縛られていたような跡有り。
・3月19日11:36に『馬場考二を殺した。ただの並びだけじゃない。理論的にも考えろ』と、昨日の記録と同様に声を変えて電話をしてきた人物を確認。
・塀に『D-a'-N』とスプレーで描かれていた。
「んんむ……何もわかんない。透夏は何か気づいたことある?」
「同一人物なら何かしらの共通点があるはず……。今のところ謎のDaN。電話の内容もきになるけど……うーん」
この二つの事件の情報は僕のスマホに入ってるし、メモに書きうつさなくてもいっかな。面倒だし。
と、ムシャムシャと朝食を再開するや否や、僕のスマホに電話がかかってきた。
「もしもし?」
『坂巻さんで間違い無いですよね?』
「そうですけど」
『警察のものです。昨夜からあの事件に同行することを上司から聞いたので、お電話かけさせていただきました』
「はぁ。何か進展あったんですか?」
『進展……と言うのかわかりませんが、三人目の被害者が出ました』
あちゃーと思いながら、「わかりました」と伝えた。住所などが送られたので、事件現場に来いという指示だろう。
「誰からだったの?」
「警察。三人目の被害者が出たらしい」
「そう……じゃあ早速行きましょ。一応コレ、持ってくわね」
横長で、ずっしりとした何かが入っているバッグを肩にかける。僕らは朝食を口にかきこみ、事件現場に直行した。
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現場にはすでに人だかりができており、そこをかき分けて進んだ。規制線の前に立つ警察官に向かって、僕らは証明書を見せた。
「刑事の火乙女よ」
「探偵の坂巻です」
「はい、どうぞ中へ」
部屋に入るとそこには、紐を首にくくりつけられたまま床に倒れる女性の姿。壁一面に、大々的に書かれるD-a'-N。
「今日は何回あんたの心臓が止まるのかしらね。あんたを殺す輩もいないだろうし」
「あれねー……正直殺された方が楽なんだよね。心臓止まるときだけ痛み発生するから」
「難儀なことね」
「でも透夏がいるからワンチャン死なないかな〜」
「それはない。あんたは死ぬ」
「断定……」
さて、今回は何回死ぬのやら……。
とりあえず、近くにいた警察官の方に話を聞くことにした。
「犯人から連絡とかきてますか?」
「はい。『
「タヒクさん? 誰です?」
「まだわかってないです」
とりあえず手帳にメモを取る。
近くに倒れている女性……蝶野さんは絞殺か。
「この情報だけじゃ僕はわからないや……。透夏頼める?」
「わかったわ。これで二日酔いが来たら嫌ね……」
――この際、火乙女透夏の目には文字通り、色が溢れていた。色がいないはずの人間を映し出し、録画した映像を再生するように彼女は目視していた。
「黒パーカー。マスクにフードーを被った男性。推定40歳前後。身長約175cm。手袋装着、指紋の検出は期待できない」
「ふむふむ」
情報を細かく口に出して羅列させてゆくので、僕はペンを走らせる。
「被害者女性と仲睦まじげに話していた様子から、知人だと思うわ。殺害後はスプレー缶で壁に件の文字を書いて立ち去る。この場では電話してないわね」
「知り合いだったのか……」
光る眼は、上空から獲物を探す猛禽類のようだ。そしてその眼は、とある場所に止まる。
「ん? 立ち去る前に、机の上にあった紙みたいなのを確認してる」
「それは?」
「新聞紙ね……そこの謎話ときコーナーのとこを見てる。――……あ、わかった」
「えぇっ!? 早いね……」
相変わらず自分の推理力の無さが悲しくなる。
「何がわかったの?」
「えっと、多分犯人は――」
――ドクンッ
「…………え?」
「何よ流斗、アホみたいな表情して。とりあえず被害者の名前も知らないし、警察に事情を聞きましょ」
死に戻ったぁ……。
透夏が何かわかって、それを教えてもらう直前に心臓が止められた。自力で解決しろってことだろう。
「不完全燃焼だ……」
「どうしたの?」
「いや、〝二回目〟なんだ」
「早速死んでるじゃない」
本当に呪いだな。
「透夏、犯人についてのことが何か解けても僕に言わないでね。一回目はそれで死んだから」
「あたしが殺したみたいじゃない……」
「間接的に殺されたよ」
「とりあえずわかっても言わなきゃいいのよね?」
「うん。まあでも、一回目でわかっことは伝えとくよ」
そうして一回目に起きたこと、わかったことを事細かく透夏に伝えた。数秒考え込むと、パッと顔を上げる。
「なるほどね。わかった」
「おー、すごいや。じゃあ言わないように――」
――ドクンッ
「な、なんで……」
また、死に戻った……? でも透夏から伝えられていないのになんで……。いや、違う。勘違いしていただけだ。
「トリガーは……透夏の完全理解か……」
「何言ってるのよ」
「これは三回目だよ。それで死に戻りのトリガーは、透夏が犯人についての何かを完全に理解すること」
「えぇ? じゃああたしは推理するなってこと?」
「いや、限りなく僕を解決に導いて欲しい。でも解決して欲しくない」
「めんどくさいわね……。はぁ、わかったわ。なるべく努力する」
「助かります」
さて……とりあえず情報をまとめよう。脳みそパンピーな自分は、一からゆ〜っくりと考え込まないと事件解決なんかできやしない。
一人目の被害者は熱川真事。死因はヒートショック。犯人は『苗の頭をよく見ろ』と言った。
二人目の被害者は馬場考二。死因は焼死。犯人は『ただの並びじゃない。理論的にも考えろ』と言った。
犯人は被害者と接点があり、新聞の記事を見ていた。
……だから何? 全っ然わからん。帰って肉まんに顔を埋めたい……!
「お、おうちかえりゅ……」
「謎を解かないと家に帰れないわよ」
「ひぇ〜〜……」
普通の人でもこれだけで閃きが起きている頃かもしれないけれど、僕はまだわからない。
これが〝画竜点睛を欠く〟ってやつなのかな?
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