第10話 [欠片が戻るその日まで]

「今回はやっぱりミィークがいたから早く終われたね」


 由佳子さんは手錠をかけられ、連行された。残された僕らは、事件が起きた橋の上から夕日を黄昏ている。


「な、なあ名探偵さん!」

「ん? どうしたんですか、幸人さん」


 息を切らしながら幸人さんが僕らのところへと駆け寄ってくる。

 恨み言を吐き捨てるのだろうか。いや、でもさん付けしてるからそれはないか。


「いや……俺、これからどうしようかなって思って」

「〝どうしようかな〟とは?」

「俺が好きなのは確かに薫ちゃんで当たってるっすけど、由佳子が俺のこと好きだったってさっき初めて知って……。これからどんな風に接していけばいいのかとか……」

「……僕は、人生における選択って、全部正解で全部不正解だと思ってます。どれを選んでも結果は良くも悪くも出て、それがまた悪くなったり良くなったりする。

 だからまあ……自分が信じる選択をすればいいんじゃないですか? それが一番、後悔しない人生になると思います」


 気の利いたことが言えない自分がむず痒い。果たしてこんなことで満足してくれるのだろうか。


「そうっすか……そうっすね! ありがとうございます名探偵さん!! 俺、これから頑張るっす!」

「あ、はい。頑張ってください。応援します」


 ひよっこ社会人にそんな難しい哲学ちっくなことを求めないでくれ。


「りゅー兄さすがだねぇ」

「んん……でも僕の考えがあってるのかわからないんだよね。僕は普通じゃないくて、感情がちょっとアレだから」

「でも人より何十倍も説得力はあるよ。だってりゅー兄、精神年齢だけ言ったら何歳?」

「えーっと……合計だったら何千年くらいかな……。わかんないや」


 僕の記憶はパズルのピースみたいに所々バラバラになってるから、それほど精神年齢はいっていないと願いたい。


「でもまあ、寂しいって感情は伝わってきたよ。僕も……そうだな、ミィークに〝りゅー兄〟って呼ばれなくなったら寂しいな」

「呼ばなくなるよ、私」

「え、寂しい……」

「寂しくないよ。ちゃんと〝流斗〟って呼ぶから。それか〝あなた〟でもいいけど……?」

「? 寂しいよ」

「寂しくないって!」

「なんで?」


 強気な姿勢なミィークの顔を見ると、あの夕日よりも真っ赤な顔に変わって僕をジトーッと睨んでいた。

 ぷくっと赤い風船のように頬を膨らませ、一言。


「鈍感めぇ……!」

「な……ッ!? それはデフォルトだよ! 何を今更……」

「ちーがーうー! 私が言ってるのはそういう……そういうこと、だけどさぁ……」

「んん? ――……あっ」


 ミィーク言い放った事をようやく理解したと同時に、僕の顔に熱いものが上がってくる。


「いや……なんかごめん、ミィーク」

「本当だよ。なんでりゅー兄も照れてんの」

「照れるでしょあれは。あんな大胆に言われて」

「大胆に言ったのに気づかなかったのはどこの誰?」

「ここにいる坂巻流斗です……」


 何も言い返せないけど、さっきのことの返事は――


「返事はまだいらないよ、りゅー兄」

「……そっか」

「うん。だってまだ昔の傷が癒えてないでしょ? ゆっくりでいいから。私はずっと待つよ」


 そっと両手を僕の頰に添える。もともと熱いはずの頰に、さらに熱が送り込まれる。心の中で凍っている何かが溶けている。


「でもにうつつを抜かしたらダメだからねっ!?」

痛くないけどいふぁふないへろ引っ張らないでくれひっふぁらないれふれ〜……」


 ギニィーッと頬をつねられる。相変わらず痛みは感じない。


 僕は恋に愁う。あの四人のように。

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