第37話 太陽の決戦
太陽系で最も太陽に近い惑星である、水星よりももっと太陽に近い距離の周回軌道に、”それ”はいた。一見月のような衛星に見えるが、時おりグニャグニャと歪んでいるので少なくとも衛星ではない。それが、つい先ほどまで美しくも恐ろしい天使の姿をしていた、究極の色素生物、グレイエルの成れの果ての姿だった。精神が不安定になると同時に色力の制御が不可能になったグレイエルは、かろうじて色球に変形することは出来たものの、何を思ったか、色杯を色魔殿ごと呑み込んで融合し、その推進機関を利用して太陽まで近づいて、色球の形を維持するために色杯を利用して太陽光から直接色力を吸収し、己の体をどうにか維持していた。
「グゥゥ・・・アァァ・・・」
だが、それでもこの灰色の泥濘は”満腹”にはならなかった。”それ”の力に対するそこなしの欲望は、色素生物を、色杯を、色魔殿を呑み込んでも、決して満たされることはない。太陽の光や熱すら、彼を満たす材料にはならないのだ。
「なぜだ・・・なぜだ・・・」
「それは、貴方が本当に欲しいものでは無いからです。岐路井さん。」
”それ”は、かつて自分が名乗っていた名で呼ぶ声の方に意識を向けると。そこには、青い色素生物・・・いや、シキモリ一号のシアンがいた。
「岐路井は・・・死んだ・・・俺が・・・殺した・・・」
「いえ、岐路井さんはまだ生きている。どんなに姿を変えても、どんなに沢山の命を奪っても、貴方は岐路井さんであることには変わりはありません。」
「黙れ・・・黙れ・・・青二才が・・・お前に何が分かる・・・!!」
”それ”は色球から細長い触手のようなものを伸ばし、シアンに強く巻き付いた。だが、シアンは動じない。それどころか、したたかな笑みを浮かべているではないか。
「死にぞこないが・・・お前も呑み込んでやる・・・そうすれば・・・俺は敵なしだ・・・」
「ふふっ、やはり
一瞬、締め付けが緩くなった。そして、さらに強く締め付けてくる。
「岐路井さん、僕はもう何もかもを知っています。そのうえで、断言させていただく。貴方の中には、まだ岐路井紀仁という人格が残っているんだ。」
「黙れぇっ!!その名で呼ぶなぁっ!!」
締め付けは強くなるばかりだが、少しばかりびくびくと震えているような気もする。明らかに動揺しているのだ。
「貴方は僕を何度も殺そうとはしたが、彼女だけはなぜかそうしなかった。それが何よりの証拠です。貴方の中にわずかに残っている岐路井と言う人格が、人間や色素生物を何人も何匹も殺しても、娘を殺す事だけはさせなかった。違いますか。」
「うぐああああ!!だまれぇぇぇ!!」
シアンを締め付ける触手がぱっと離れたかと思うと、”それ”の本体がグニャグニャと歪み始めた。そして、”それ”の表面にイエルの上半身が浮き上がった。両腕の鋭い爪がシアンを貫かんと襲い掛かってくるが、シアンはそれをひらりと躱してなおも”それ”に呼びかける。
「たった一人の家族であり、何より姉さんがこの世に残した忘れ形見だ、殺せるわけがないんだ。だからあの子を姉さんの死体の中で見つけた時、必死になってあの子を生かそうとしたんでしょう?それはあの子を愛していたからだ。そして何より、その愛こそがあなたが本当に欲しかったものなんだ!!」
「ほざくな!!」
地獄の底から響くような唸り声を上げて”それ”はシアンに襲い掛かる。視界の太陽の位置が目まぐるしく変わるくらいにシアンは”それ”の周りを飛び回って攻撃をよけ続けた。すると、”それ”がぐじゅぐじゅと小さな塊をいくつか分裂させてシアンにそれを差し向けた。塊は人の形となり、次々と襲い掛かってくる。海碧造換剣で即座に切り捨てるも、すぐに再結合してしまうので全く攻撃が通らない。そして、一瞬の隙をつかれてシアンは造換剣を腕ごとつかまれてしまった。
「ああっ!!」
腕にとりついた塊は人の形を崩し、段々とシアンの腕を呑み込もうとする。それを境に、分裂した塊が次々とシアンにとびかかってくる。振り払おうともがけばもがくほど、塊はシアンの体を侵食してくる。気づけば、シアンの頭を残した全身が灰色の塊に包まれてしまっていた。そこへ”それ”の本体がゆっくりと近づく。
「終わりだな・・・所詮、愛では・・・何も救えないのだ・・・」
「くっ・・・このっ・・・」
そして、”それ”の本体がぱっくりと大きな口を開けて、シアンを灰の塊ごと呑み込んでしまった。泥濘の中でシアンは全身から感覚が失われていく感じがした。全身の色力を吸収されていくと同時に、自分の体がイエルとまじりあっていく。だが、これこそがシアンのねらいであった。
「はああっ!!」
シアンは、イエルと自分が徐々に混ざりつつあるこの時を狙って、逆に”それ”の色力を吸収し始めた。体中に灰色の色力が蓄積されていく。吸収するはずが逆に吸収され始めたことに気づいた”それ”は、ひどく狼狽した。
「な、なに・・・色力を、逆に吸収しているというのか・・・!!」
「うおおおおおお!!!」
灰色の中にごちゃまぜにされた赤、青、白、黄色、黒、橙、緑、全ての色がシアンの下へ集っていく。色素生物は自分の色とは違う色を一色でも大量に吸収してしまうと色力のバランスを崩して爆散してしまう。それが、全ての色なら・・・?
「まさか・・・シアン、貴様・・・!!」
「その・・・まさかさ・・・」
普通に戦ったのでは到底勝てないことは分かっていた。だからこそ、この手を使うしかなかった。膨張を続けるシアンの体に流れ込んでくる様々な色力と共に、脳裏には色々な思い出が走馬灯のようによみがえる。火の国園でずっと姉さんに甘えていた日々。姉さんと別れて三日三晩泣きはらした時。勉強を重ねてCOLLARSに入隊した時。姉さんが死んだ次の日に、シキモリとして姉さんの遺志を継いだ時。COLLARSのみんなを助けてやれずに悔しくて泣くこともできなかった時。シキモリとして初めて敗北を味わった時。マジェンタに初めて会った時。岐路井さんが裏切って、ブラックウィングが仲間になったとき。マジェンタと初めて・・・した時。
「マジェンタ・・・」
思わず、一筋の涙がシアンの頬を伝う。シアンはイエルを、岐路井さんを道連れにする覚悟はできていた。だが、地球に残してきた自分の戦友であり、恋人でもあり・・・妹でもあるマジェンタを独りぼっちにさせてしまうことが、唯一の心残りであった。僕はかつて自分を置いてきぼりにした姉さんのことをひどく恨んだりしたこともあったが、これでは全く人の事が言えないな・・・と蒼井は独り言ちた。
『蒼井君・・・』
「・・・?」
蒼井の意識に語り掛けてくるものがある。ひどく懐かしい声だ。
『蒼井君、僕はシアンだ。』
「シアン・・・」
『今、君の意識に直接話しかけている。君が選んだこの手段は確かにイエルを倒すことのできる唯一の手段だ。だがそれをやれば、君もただでは済まない。それでもやるというのか。』
「・・・構わない。既に覚悟はしている。」
『・・・分かった。蒼井君。ともに行こう!』
「シアン・・・!」
シアンはもう何も言わなかった。そして、再びシアンと蒼井は一つになった。
「や、やめろ・・・やめろ・・・うああああ!!」
「岐路井さん・・・あの世で、姉さんにごめんなさいって、謝りましょう・・・ね?僕も一緒に、謝ってあげますから・・・」
「やめろおおおお!!!」
断末魔の直後、”それ”は内部に取り込んだシアンの色力暴走を抑えることが出来ず、爆散した。太陽の間近でそれは起こったため、地球からはそれを観測することは出来なかったが、しばらくして、再び空が青くなり始め、世界に色が戻り始めたことから、シアンが”それ”に勝利したという事は分かった。太陽から地球にかけて、大量の色素が還元されていく。それはまるで、一直線の虹のようなきらめきを放っていた。その直後。その虹をさかのぼるように紅紫色の色球が、遅れて黒い色球が高速で太陽へと急行した・・・
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