第12話 黒き翼を討て

COLLARS医療センターの一室にて行われた秘密の作戦会議が終わってから、黒系色素生物、ブラックウィングが再来するまで一時間もかからなかった。しかし、蒼井は色力集中治療装置にかけられたばかりですぐに奴と戦えない。この装置で治療を行ったら少なくとも15分間は絶対安静にしていなければならないというのが岐路井の弁であった。蒼井は反発した。


「だめだ。蒼井君。」

「岐路井さん、僕はもう戦えますよ!」

 

蒼井はベッドから自分はこんなにぴんぴんしているんだぞ、と言わんばかりに立ち上がったが、案の定すぐにふらりとよろけてしまう。傍で見ていたマジェンタは彼に慌てて寄りかかり、ベッドに寝かしつけた。


「駄目ですよ蒼井さん、まだ動いちゃ・・・」

「無理をするな、蒼井君。」

「で、でも・・・」

「さっきも言った通り、今回の作戦は例の装置がいつでも発動可能になるまでの時間稼ぎだ。蒼井君とマジェンタは奴をギリギリまで1か所に留め置いてくれるだけでいい。別に二人同時に相手する必要はないんだ。」

「・・・」


結局蒼井は不承不承ながら、敵が眼前に迫っている中15分間だけとはいえベッドの中でおとなしくしていることになった。


「じゃあ、博士。私は先に向かいます。」

「うん、頼んだぞ。俺は例の装置を指令室からコントロールがてら戦いを見守ることにするよ。」


岐路井はそう言って部屋を後にしたが、マジェンタは後についていかなかった。どうやらここで転身して直接向かう意味らしい。


「ま、まさかここで転身する気かい?」

「え?そうですけど・・・」

「・・・ひとついいかい?君もシキモリという事は、転身するのに物理色がいるんだよね?」

「はい!」

「この部屋には、どこにも君が使えそうな色はないよ・・・?」


蒼井は改めて部屋を見やるが、どこも単調な色で、おそらく彼女が必要とする紅紫系物理色を含みそうなものは見当たらない。何より、転身には色力抽出装置がいるはずだ。彼女はそれを取り出すしぐさも見せなかったので、蒼井は首を傾げた。マジェンタはそれを見てふふ、と微笑を浮かべた。


「ふふっ、蒼井さん、私は転身するのに色力抽出器を必要としないんですよ。」

「えっ・・・それって、どういう・・・」


こういうことですよ、とマジェンタは懐中から1枚のカードを取り出した。紅紫色見本マゼンタ・カラーチャートとでかでかと書かれているそのカードに、なんと彼女は右手を突っ込んだ。カードは貫かれることなく、彼女の右手をすんなりと呑み込んで。そしてカードから右手を引き抜くと同時に、色は彼女の手につられるように吸い取られ、特殊なグラスに変形して掌中に収まっていた。


「色素生物が色を使ってテレポートしてくる仕組みを、岐路井博士が少し応用したんです。簡単にいえば、一種の意思伝達造換サイコ・プリンターで・・・」


つらつらと説明するマジェンタだったが、蒼井はその光景に驚愕のあまり彼女の弁を半分も聞いていなかった。自分が初めてシキモリになってからまだ半年もたっていないというのに色力の研究はここまで進化したのか、とただただ感嘆していた。


「・・・という訳なんですよ。・・・あれ、蒼井さん?」

「・・・あっ、ああ、何?」

「もう、今の話聞いてましたか?」

「あ、いや・・・その。なんか、すごいなあって。」

「全然聞いてないじゃないですか!せっかくわかりやすく説明したのに!」


マジェンタはふん、もういいです、とそっぽを向いてグラスを目に当てた。すると、グラスにたまった色力が解放されて、彼女は転身した。シキモリとなった彼女の姿はどこか自分と似たような傾向があるが、自分とは違って全身を重厚だが、しかしどこか美しく感じるドレスで着飾った彼女の姿は、最近巷でよく見るありきたりな姫騎士のイメージに近いものがあると蒼井は感じていた。


「じゃあ、いってきます。」

「うん、相手は手ごわいから、気を付けてね。」


マジェンタは色球に変形し、あらかじめ開いていた部屋の窓から飛び出していった。

蒼井はそれを見送り、自分の体が回復するのをただじっと待っていた。


・・・


超高層ビルに腕を組んで寄りかかっていたブラックウィング将軍は、シアンが来るのを今か今かと待っていたが、やってきたのはシアンではなく、あの時突然現れてシアンを連れ去ったシキモリ2号、マジェンタであった。


「・・・ほう、シアンの出番はない、か。出来ればもう一度戦いたかったんだがなぁ。」

「・・・私では約不足ですか?」

「いいや。俺はどんな相手でも対等に勝負してやる。たとえ明らかに自分より弱そうな相手ともな・・・」


挑発にこたえる代わりに、シャキン、とマジェンタは紅紫長槍マゼンタランスを構えて目の前の敵の首筋に紙一重で突き付けた。しかし相手はたじろぎもせず、余裕で構えている。


「なんとまあ、元気のいいこった。」

「たとえ私があなたより弱かろうと、関係ありません。確実に言えることは、私やシアンの勝ち負けに関係なく、貴方は倒されるという事です。」

「口まで達者とは・・・ずいぶんと躾られてんなっ!」


将軍は長槍を払いのけると、負けじと大きな鋼鉄針を造換してマジェンタの得物を払いのけた。一瞬ひるんだマジェンタであったが、すぐに立て直して将軍と切り結ぶ。


「女だからって、見くびらないでください!!」


キィン、キィン、と互いが互いの得物を交える度に金属音が鳴り響く。ブラックウィングは自分の攻撃を的確に打ち消し、その都度攻撃を仕掛けてくるマジェンタの意外な能力の高さに感心していた。


「ふん、なかなかやるな。」

「私は戦うために生まれた、それなのに戦えなかったらお笑い種ですからっ!!」


キン!


ブラックウィングはマジェンタが顔をめがけてはなった突きの一撃をすんでのところでかわした。だが、頬にちくりと痛覚を感じる。指で拭ってみると、そこにはどろりと黒い体液が滴っていた。かすり傷とはいえこの俺に攻撃を当てるとは、おもしろい。そちらがその気なら、俺も本気で当たらなければ、無作法というものだ・・・そう独り言ちると、ブラックウィングは再び構えなおした。


「・・・俺はどうやらお前の事を見くびっていたようだ。すまなかったな。謝罪の代わりとして・・・本気で行かせてもらうっ!!」


言うが早いか将軍はマジェンタの間合いに高速で踏み込んだ。相手が本気を出したとマジェンタが気付いたときには、彼女は宙に投げ飛ばされていた。


「きゃあああっ!!」


投げ飛ばされたマジェンタは先ほどまで敵が寄りかかっていた高層ビルにもろに直撃し、ビルを押しつぶして瓦礫の山にしてしまった。瓦礫の上でどうにか体を起こしたマジェンタは、自分が目の前の建物をぶっ壊してしまったことに動揺し、


「ああっ、ああ・・・ごめんなさい、ごめんなさい、あとで必ず弁償しますから・・・ごめんなさい・・・」


と一人ぺこぺこと謝っていた。


「壊れたビルに謝罪する暇があるなら自分の心配をしたらどうだ?」


真後ろから聞こえた声にはっとして後ろを振り向けば、そこには高熱を帯びて赤黒く光る振動剣を今にも振り下ろさんと構えるブラックウィングの姿があった。マジェンタは間一髪のところで長槍を前に突き出し、相手の得物を柄の部分で受け止めてこれを防いだ。だが、長槍は敵が押し付ける振動剣でじわじわと溶断されていく。


「生まれながらの戦士なら戦いに集中しろ、戦いに余計な感情は無意味だ。」

「そんなこと・・・あなたに言われる筋合いは・・・ない!!」


マジェンタは体勢を立て直して再び得物を造換しようと、将軍を蹴っ飛ばして間合いを取ろうとした。だが、将軍はカウンターで振動剣を振り下ろして大きな切断波を発生させてマジェンタに切りかかった。


「うわあっ!!」


とっさに発生させた簡易シールドでは、その斬撃は防げても、勢いまでは打ち消すことが出来ない。マジェンタは勢いに打ち負かされて吹っ飛んでしまい、やはり街を瓦礫の山に変えてしまうのであった。


「ううぅ・・・」

「なんだなんだ、お前と言いシアンと言い、全く情けないねぇそれでもシキモリか?」


ジャキン!


マジェンタに立ち上がる力はもうなかった。ブラックウィングとの戦いに熱が入りすぎて色力を使い過ぎてしまった。敵は長い針の切先が自分に向けて、どんどん近づいている。あれが一本二本体を貫いたところで自分は直ぐには死なないが、問題は奴が天候を操る能力を持っていることだ。もしシアンの時のように、胴を貫いた針に連続雷撃を喰らわせられたら、その時こそ一巻の終わりである。


「安心しろ、俺に擦り傷とはいえ攻撃を当てたそれなりの礼として・・・この造換鋼鉄針ではなく、高熱度振動剣で一撃でしとめてやる。」


キュイイイイ・・・


針から振動剣に持ち替え、十分相手を切れる間合いにまでブラックウィングは近づいていた。なんともわざとらしくゆっくりゆっくりと、両手で熱を帯びた獲物を上段に構えながらじっくりじっくりと狙いを定めている。


「くっ・・・やるなら早くやって!私は死なんて怖く無い!」

「ほう、大した度胸だ。では・・・」




「死ぬがいい!シキモリ2号!!」




ブウゥンという音が聞こえる。奴の獲物が空を切る音だ。あのエネルギー量では私の鎧装程度では歯が立たずに真っ二つにされてしまうだろう。私は戦うために生まれたのに、一度も勝てずに、与えられた役割も果たせずにこのまま散ってしまうのか。ごめんなさい、私はお役に立てませんでした・・・岐路井博士・・・蒼井さん・・・

マジェンタの目の前まで振動剣の刃が迫り、もはやこれまでと死を覚悟した、その時であった。




「マジェンターーー!!!」


ガキィン!!


「・・・え?」


大きな金属音。少なくともマジェンタの鎧装が熱で溶断される音ではない。それにどうやら自分が切られたわけでもない。おそるおそる目を開けてどうなったのか確認したマジェンタの目に飛び込んできたのは、黒き翼の魔の手から自分を守らんとして海碧造換剣でその一撃を受け止めた、蒼い巨神・・・




「・・・蒼井・・・さん・・・!!」

「ブラックウィング!お前の相手はこの僕だ!」




蒼い巨神は今ここに、蘇ったのだ!




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