第2話 襲い来る色素生物

 色力と言っても、全ての色からエネルギーが抽出できるわけでは無いという事は既に5年前に証明されている。大きく分けて色力を抽出できる物理色と、そうでない概念色がいねんしきがあることもその過程で分かったことだ。前者は例えば青い塗料や赤い宝石、黄色いテープなど、物質的な色のことを表しているが、反対に後者は例えば青い空とか白い雲、赤い夕焼け等、大気光学現象の結果そういう色に見えるだけの、一種の比喩表現に過ぎない。


 物理色に宿る色力はこの星に存在するどんなエネルギーよりも効率が良かったので、諸々のエネルギー問題を一手に解決し、それらによって引き起こされる国家間同士での紛争を終わらせることが出来た。そこまでは良かったのだが・・・色力を主な生命エネルギーとする宇宙生物の集団がどこから嗅ぎ付けたのか、その色杯を狙って地球を攻撃し始めるという新たな問題を引き寄せてしまった。勿論、色素生物の事だ。


 そして今、半数の建築物が崩壊しかけているこの街に、二人の巨大人型色素生物がそびえたって互いににらみ合っている。片方は緑系色素生物グリンガ、そしてもう片方は青系色素生物・・・


「シアン、シアンじゃないか。」

「・・・」


 グリンガは驚いた表情でその色素生物の名を呼んだ。シアンと呼ばれたその巨神はかつての同胞に久方ぶりにあえて嬉しそうなそぶりを見せるグリンガとは対照的に、ただその場に立ち尽くして微動だにしなかった。


「心配させるだけさせて、一体どこで道草食ってたんだ?確かに大々だいだい王ジレン陛下はお前に対して役立たずの下級色素だとはいったがな、何にも知らせずに突然俺たちの前から消えたことを喜ぶほど、俺たちに余裕はないのはお前も知ってるだろう?」

「・・・」

「とにかく何もなければよかった、お前も破壊工作に付き合えよ。ブラックウィング将軍には俺が話しておくぜ。ここでうまくやればお前もまあ命だけは・・・」

「必要ない。」

「・・・は?」


 ドンッ!!


 周囲に拳が肉に食い込む時に発する鈍い音が響いた。

 シアンはグリンガの答えを待たずに彼の腹部辺りに裏拳をめり込ませたのだ。

 その予期せぬ攻撃を防ぎきれなかったグリンガは腹を抑えてうずくまった。


「ぐぅっ!?・・・な、何のつもりだ、シアン・・・!!」

「俺は色素生物シアンではない。生物兵器シキモリの第一号、シアンだ。」


 そしてシアンは後ろに飛んで、グリンガと距離を取って構える。和解の意思はない。

 それを認めたグリンガは態度を一変させた。


「・・・へっ、こちらが少し下手にでれば調子に乗りやがって、だがこれでお前を処分する手間が省けたぜ。」


 どうやら最初からグリンガはシアンを許すつもりはなかったようだ。むしろ、役に立たない上に大々王を裏切ったやつをここで始末できれば、俺の地位も上がる・・・とまで考えていた。既に色力を角に溜めて狙いを彼に定めている。


「俺より下級の色素のくせに、生意気なことやらかしやがって、そのツケを今ここで精算させてやる!」


 啖呵を切っていざ放たれた緑色光線をシアンは避けなかった。その必要もなかったのだ。腕を前で交差し、両腕の交点で光線を弾き返したシアンはグリンガにとびついた。その勢いで二人は倒れて多くの建物が下敷きになり瓦礫と化していく。瓦礫の上で二人はもみ合った。グリンガが下に組み伏せられた時、シアンを思いっきり上方へ蹴飛ばしたが、空中で新体操さながらに体をひねって体制を立て直したシアンは、重力に任せて重い蹴りをグリンガに炸裂させた。


「ぐぼぉっ・・・おのれぇ、シアン!」


 再びグリンガを蹴りつけた勢いでシアンは飛びのいた。だが今度はグリンガが飛びついてシアンの腕を憎悪を込めて組み伏せる。角には色力が充填されていた。


「さっきは避けられたかもしれんが、今度ばかりは避け切れんぞ!死ねシアン!!」

「・・・」


 シアンは不気味に静かであった。今彼はこの状況を打開できる策を迅速に、しかし確実に打算していたのだ。そしてその答えが彼の眼の奥に備えてある疑似網膜に表示された。


[提案:青色眼光ブルーアイビーム

[承認:色力急速充填]


「終わりだ、シアン!!」


 緑色光線と青色眼光が放たれたのはほぼ同時に見えたが、わずかにシアンのほうが早かった。青は緑との交点で一時競り合ったがすぐに弾き返し、その発生源たる一本角を破壊した。破壊された角を基点としてグリンガの頭部に激しい痛覚が走り、ぐわぁと雄たけびを上げて頭を手で押さえてしまいシアンの拘束を解いてしまった。すかさず抜け出して間合いを取ったシアンの体は、色力を急速で消耗したために薄い青になっている。とどめを刺すなら今しかない。そして再び疑似網膜はシアンに今の状況に最適な策を提示した。


金春色鎖状光線ターコイズシュート


 その表示が出たと同時に、シアンは右手から金春色(ターコイズブルーの和名)の鎖状光線をグリンガに対して放った。グリンガはそれが緑を含む青と気づいてあわよくば回復のために吸収しようとしたが、わずかな緑のために大量の青も吸収してしまったグリンガの体はたちまち色力のバランスを崩し、瞬間、爆散した。


 爆散したグリンガの緑色素は本来それが存在する場所へと戻り、投げ捨てられていた携帯、鞄、シャツ、ズボン、・・・そして下着等各々の物体に緑がよみがえったのだ。蒼い巨人はそれを見届けると、再び自身の体を青色球に変形させて、どこかへと飛び去って行った。




 ・・・



 色素生物によって崩壊した街を修復するのもCOLLARSの職務だ。はるか天空の人工衛星から色力を源とする広範囲罹災修復光線を崩壊した範囲に照射し、同組織が所有する地形測量衛星に蓄積されたデーターを基にして、街はおおむね元の姿を復元した。色素警報が解除されて街に活気が戻りつつある中、二人の人影が地べたをはいつくばるようにしてあるものを探していた。・・・例のカップルだ。


「あった!あたしの下着!!」

「おいおい、お前まさかこれを拾いに来るためだけにここまで戻ってきたのか?」

「当然じゃない、高い金出して購入してから1日もたってないのよ、そう簡単に捨てられるわけないじゃない。それに・・・」

「それに?」

「これ付けてたお陰で、あの人が助けに来てくれたんだもの。やっぱりあの占いは正しかった、緑は今日のラッキーカラーだったのよ。」

「ものは考えよう、か・・・」


 彼は少々呆れ気味だったが、自らに救いの手を差し伸べた”ラッキーカラー”を拾い上げて喜ぶ彼女の姿を見ていると、そんな気持ちも消えおおせてしまい、自然とほころんでしまった。


「あぁ、これ拾って安心したらなんかお腹空いちゃった、ねぇ、何か食べにいかない?」

「・・・そうだな、そういえば家出てから何も食ってないな、と言っても、復元されたばっかりだからたいした店はやってなさそうだけど・・・」

「もうお腹埋まるものなら何でもいいわよ・・・そうだ、あそこの牛丼屋にしましょ。」


 かくして二人は適当に見つけた牛丼屋で遅い昼食をとることにした。注文を済ませて二人はしばらく談笑していたが、ふと男が他の席に目線をやると、テーブル席に例の青い男、蒼井が座ってこちらの様子に目もくれず牛丼をむさぼっていた。・・・食用色素”青”と書かれた小瓶をたっぷり振りかけた、普通の人なら食欲も失せるほど真っ青な牛丼を。一声感謝の声でも掛けようかと思っていた男はそれを見て、とっさに目線をそらした。


「ご馳走様!」


 蒼井はそう言って飯を食べ終わると、そそくさと店を後にした。残された牛丼のどんぶりは完食されたとはいえは男の席からでも見えるくらいはっきりした色合いを見せつけていた。その色は・・・青だった。








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