第2話
二
こんな雨の中、消えたジェイドは樹海で何をしているのだろう。彼のパートナー、ネフライドは?それよりも食べ物を探しに行った、自分達のベヌゥ達はどうしているのだろう?
様々な考えが、明り取りの窓を見詰めるカーネリアの頭を廻っていく。そしてその頭をめぐる考えは、カーネリアの心にある光景を映し出していた。
強い雨の中から鳥使いの村に舞い降りようとしているベヌゥ……飛沫を飛ばす銀色の翼が、稲光を受けてきらりと光る。彼らの真下にある鳥使いの村は、激しい雨に煙ってぼんやりとしか見えていない。しかしこの銀色の巨鳥達は、雨など気にしていない様子だった。彼らは遥か昔から、樹海の上空を飛び回っている逞しい生き物なのだ。
「カーネリア、我々のパートナー達はもう帰ってきたみたいだよ」
黙って窓の外ばかり見ているカーネリアに、オリビンは自分の心で感じだと鳥達の様子を伝える。
「そう、帰ってきたみたいね」
鳥達が村に帰ってきたのは、カーネリアも感じていた。雨音に混じって、微かにベヌゥの鳴く声が聞こえたのだ。カーネリアは、早速自分の意識を鳥達に合わせてみせる。
[アア、オイシカツタ。満足シタ]
村の外に出でいる間に、よほど美味しい木の実をついばむことができたのだろう。ベヌゥ達の満足感が、カーネリアにもひしひしと伝わってきた。
「よかった。二羽とも満腹して帰ってきているわ」
椅子から立ち上がるのと同時に、カーネリアはオリビンに自分が感じたことを伝える。オリビンもカーネリアと同じことを感じているようだ。カーネリアに軽く頷いてみせると、同じように椅子から立ち上がった。
「私達もお腹一杯になったわ。さあ、鳥達を迎えにいきましょう」
二人は食卓を離れると部屋の隅にある流しにいき、自分達が使った皿とコップを手早く洗ってから食堂を出る。
食堂を出ると二人は再び階段と通路を通り抜け、ベヌゥ達が集まって身体を休めたりする洞窟に向かった。
二人がベヌゥ達の洞窟に辿り着いてみると彼らのベヌゥ達は、食事を終えて他のベヌゥ達と一緒に休んでいるところだった。七、八羽の鳥達が葉っぱの布団に座り込み、その横でベヌゥ達の背中に乗る鳥使い達が立っていた。彼らはカーネリア達と同じように、消えた卵と鳥使いの探索に出でいた鳥使いとベヌゥ達だ。カーネリアが帰りを待っている、恋人クロッシュの姿はまだない。カーネリアは、それぞれ自分のベヌゥを布で拭いたりしている鳥使いに会釈し、彼らと会話を交わした。
「どう、何か新しく解かった?」
カーネリアは、自分もブルージョンの羽根を拭きながら、鳥使い一人一人にそう質問してみた。しかしどの鳥使いからも、期待していたような良い返事は、何一つとして返ってこない。
「こっちもお手上げだよ、まったく手掛かりが掴めてはいないんだ」
鳥の身体をほぼ拭き終わり、床に抜け落ちていた羽根を拾っていた鳥使いの一人が、情けなさそうな顔をしながらカーネリアに答える。カーネリアが鳥使いになる前から、ベヌゥに乗っていた古参の男性鳥使いだ。ゲンという名のその鳥使いは、情けなさそうな顔をしながらも、身振り手振りを交えながら、自分の樹海での探索の様子を、こと事細かに話しだした。
「樹海の北に居た時に知らせを聞いて、兎に角、樹海の北で調べられる場所は探し回ったね。ジェイドとネフライドを探しに探し回って、危うく樹海最北端の森を超えてしまうところだったよ。樹海最北端の先には、沈黙の山脈あるっていうのに。もうちょっとで、沈黙の山脈と衝突……ってとこだったよ。それにしても、沈黙の山脈って言うのはさぁ……」
ゲンはカーネリアの質問に答えようとして、質問の答え以上の話しを語っていた。手に持っているベヌゥの羽根を、大きく振りかざしながら……。
樹海の北の果て、即ち樹海の一番外側に聳え立っている沈黙の山脈で自分がどんな危険な目に会ったのかを、ゲンは延々と語り続けたのだった。沈黙の山脈は北の荒れ地と樹海との間にある山脈で、常にその上空で強い風が吹いている、鳥使い達には難所として知られている場所だ。
「沈黙の山脈は……」
また始まった。ゲンのいつもの癖が出たのを見て、カーネリアはゲンのおしゃべりを征しにかかる。
「有難う、ゲン。しかたないわね。沈黙の山脈の近くまで行って、手掛かりがないのじゃ、探しようがないわね」
少々大きく、そして大袈裟な声を出して、カーネリアはゲンのおしゃべりに対抗した。ゲンのおしゃべりには、これが一番有効な対策のだ。
「まぁな……でも、あいつやベヌゥのネフライドはまだ生きているよ、絶対にね。そう思わないと、やっていられないよ」
ゲンの話は、ようやく沈黙の山脈から行方不明の鳥使いとそのパートナーのベヌゥに移った。
「実際に樹海の上を飛んでいて、何度かジェイドの意識を感じることがあったね。でも。意識を感じたと思ったらすぐに消えてしまう。まるでこっちから、逃げているみたいだよ。それからちょいと気になった事があるんだ。樹海の西の端にある禿山に行った時の事だ、火事の痕があるのが見えたよ。山と衝突しそうになった時にね。ごく小さな火事の痕だったけど」
ゲンの話しを、カーネリアは興味深く聞いていた。ジェイドの意識を感じながら、その意識が逃げて行くように思えた事は、カーネリアたちも経験していたのだ。それは微かながら、ジェィドが生きていると言うなによりの証拠だった。それから西の山の火事の痕の事も、気にかかる事だった。そこは禿山といぅこらいで、地を這うように生えている灌木の他は、生きるものが何もない場所だ。そこで火事があるとは……
「西の禿山で火事があったとは、気になるわね。あそこは火事とは無縁の山だからね。小さいうちに消えてよかったが。まぁ今までの話しからして、ジェイドが生きているのは間違いなさそうね。少しは意識を感じられたのだから。ネフライドはどうなったのか解らないけど。それより、盗まれた卵はどうなったのかしら。もうすぐ孵化すると言うのに、無事でいてくれているかしら」
話しが卵のことになると、ゲンの口数が急に少なくなった。重苦しい空気が、鳥使いの間を流れていく。西の禿山での火事の話は誰も話はしなくなった。火事が消えた後を調べに行っても、なにも解らないだろうから。
鳥使いたちはみんな、大切なベヌゥの卵がまんまと盗まれたことを、非常に重く受け止めている。普通、ベヌゥは鳥使いの村のある樹海中心部、深緑と呼ばれる場所で巣作りし、卵を孵す。深緑の巨大な樹木が、ベヌゥの巣作り適しているからだ。巨樹に巣を作ると、ベヌゥは一個の卵を産んで育てるが、たまたに二個の卵を産む時がある。だが巣に二個の卵があると、何故かそのうちの一個しか孵化しない。そこで鳥使い達は、卵が二個ある野生のベヌゥの巣から卵を取り出し、村の孵化場で卵を孵化させ、パートナーとして育てるのだ。ところが時たま、樹海周辺部の大きな樹に巣を作るベヌゥがいる。今回盗まれてしいまった卵は、そんなベヌゥの巣に産み落とされた卵だった。しかもそれはその巣のたった一つの卵で、孵化を目前にした卵だった。それを奇妙な空を飛ぶ乗り物に乗ってやって来た何者かが、たまたま親鳥が巣に居ない時にやって来て、盗んでいったらしい。
その乗り物は、樹海周辺部で何度か鳥使い達に目撃されていた。しかし鳥使い達に見付かるとすぐにものすごい速さで飛び去っていき、鳥使い達も後を追おうとはしなかった。彼らを危険だとは感じなかったからだ。誰かが大昔の人間の遺物を復活させ、こっそり弄んでいるのだろうと思っていたからだ。しかし卵泥棒が乗った空飛ぶ乗り物は、そんな生易しいものではないのを、行方不明になる前のジェイドの意識は伝えていた。
行方不明になる前のジェイドの意識は、卵泥棒の鳥に似てはいるが羽ばたかずに飛ぶ乗り物と、その中に下半身を埋めるようにして乗っている卵泥棒の姿を伝えている。そして彼らがもたらした樹海の混乱ぶりも、他の鳥使い達に伝えていた。これが卵泥棒の正体で……危険な相手なのだと。その乗り物の正体は解らない。だが樹海の上を飛ばせてはならない相手である事は確かだ。そして何よりも早く、卵泥棒から卵を取り戻さねばならなかった。ベヌゥの卵は、親鳥が作った大きな巣の中か、鳥使いの管理する孵化場でしか、上手く孵化しないと思われているのだから。
「とにかく、卵が孵化してしまう前に見付けないと……。卵がだめになってしまう」
考えたくもない、これだけは避けたいことだった。だが実際問題として、盗まれた卵を無事な姿で探し出すのは、とても難しい仕事だろう。心をベヌゥの意識と結び合わせる能力を持つ鳥使いとて、卵の中の雛の意識と繋がることは出来ない。しかし何の手掛かりがないわけでもない。カーネリアは、樹海で自分の意識に現れた少女の姿を思い出していた。
おそらく、鳥使いとは無関係であろう見知らぬ少女……。
ジェイドの意識を追っている時にあらわれたのだから、おそらく少女は、ジェイドと何らかの関わりがあるのだろう。彼女が何者なのかわかったなら、ジェイド達の行方も判るかも知れない。カーネリアは、ふとそう考えていた。もう一度あの娘の意識と、繋がれないだろうか? そうだ、こうしたらいいのでは? ちょっと考えていると、ちょっと良い考えが浮かんだ。
「ねえ、みんな聞いて」
カーネリアは重苦しい雰囲気の中で、自分の意識に現れた少女の事を、洞窟にいる鳥使い全員に向かって話し始めた。洞窟にいる鳥使いとベヌゥ達の目が、一斉にカーネリアに向けられた。彼ら全員と心が繋がったのを感じると、カーネリアは自分が感じたあの少女の姿を、他の鳥使いとベヌゥ達の意識に送った。
「彼女の正体が解かったら、ジェイドの手掛かりが掴めるかもしれない。みんな、協力してくれる?」
カーネリアに注目していた鳥使い達は、静かにカーネリアに向かって頷き、彼女への同意を示した。
「有難う。じゃあみんな、私の意識についてきてね」
言うが早いが、カーネリアは意識を少女に合わせたまま、瞑想状態に入っていく。他の鳥使い達も彼女に倣い、瞑想を始めた。
鳥使い達はそれぞれ思い思いに地面に腰を下ろすと、緩やかに瞑想を深めていった。あの少女の姿を心に止めながら瞑想を続けていくと、さまざまな光景が頭の中に浮かぶ。
草花の咲き乱れる丘。そこから見上げる、ピティスや月が輝く空。人に飼われているらしい、大きな飛べない鳥。少女が住んでいるらしい、素朴な村の風景。そして……。
「これは、まさか……」
カーネリアが見ている光景の中に突然、銀色に輝くものが姿を現した。卵だ。そう、それはまぎれもなくベヌゥの卵そのものだった。しかもその卵は、もうすぐ孵化しようとしている。そしてその卵の傍にいるのは、あの茶色い髪の少女……。
「いけない!」
思わぬ光景を見て、カーネリアはつい、大声を上げてしまった。
「このままでは、鳥使いではない人間がベヌゥの孵化に立ち会ってしまう!」
カーネリアの叫び声が洞窟中に響き渡り、緊張感が鳥使い達を覆った。
「冷静になって、カーネリア。今、何が起こっているのか、整理して考えてみましょう」
この中で一番年上の女鳥使い、ユーディアが慌てるカーネリアの肩を掴み、諭した。
「いいわね、よく考えて。あなたの意識に現れた女の子が、盗まれた卵と一緒にいるのが見えたのね?」
女鳥使いに肩を掴まれたまま、カーネリアは頷いて見せる。
「ええ、確かに。あれは盗まれた卵です。でも、何故あの女の子が卵と一緒にいるのかはわからない」
カーネリアが冷静に話し始めると、ユーディアはカーネリアの肩から手を離した。
「心当たりは?」
ユーディアの質問は続く。
「思い当たることは、何一つ無いの」
「でも、あの娘がベヌゥの卵と一緒にいるのは確実なのね」
「ええ、あの娘の居場所さえ突き止められたら良いのだけど」
カーネリアとユーディアは、そんな会話を続けている。ジェイドと卵の手掛かりを、一つも見逃さないように気をつけながら。
二人が会話していた少しの間にも、さまざまな光景がカーネリアの頭に飛び込んできた。
ここにいる鳥使い達は、今度は自分の意識をそれぞれジェイドやネフライド、そしてベヌゥの卵に合わせ、瞑想をしていた。そして瞑想の中で見た、ジェイド達や卵と関係ありそうな光景は、彼らと繋がっているカーネリアの意識へと送られてくる。カーネリアはその光景に意識を合わせると同時に、あの少女の姿にも意識を合わせ、瞑想をした。ジェイド達とあの少女との接点を、どうにかして探り出そうとしてみたのだった。そして……カーネリアの意識に、川の流れの煌めきが浮かんだ。それは樹海の中を滔々と流れる大河……それはカーネリアがよく知っている、光の川と呼ばれる大河の煌めきだった。
光の川に意識を集中させたカーネリアは、しだいにベヌゥに乗っているかのような気分になっていった。意識の中でカーネリアは、真下に大河を見ながら、川の流れに乗っていくように空を飛んでいる。まるでその先に、何かがあるかのようだ。おそらく、ジェイドが行方不明に見た景色に違いない。カーネリアは、何故かそう確信していた。ジェイドは消息を絶つ前に、空からこのような風景見ていたのだろう。でも、何の為に光の川を下っていっているのだろうか? 新たな疑問が、カーネリア心に浮かぶ。しかしその疑問も、次の瞬間にはもう完全に解けていた。川の中に、流れに逆らって泳いで行く大きな生き物がいたのだ。
川を遡る白波に意識を集中させると、波の間からその生き物の大きな尾鰭が見える。そしてさらに意識を集中させると、その生き物は川面を大きく飛び跳ねたのだった。灰色がかった白色の、大きな魚に似た生き物のほぼ全身が見えた。
流線型の身体に尾鰭と胸鰭を付けたその生き物の姿は、背鰭が無いといった特長があるものの、まるで魚のようだった。
(バイーシー……バイーシーが現れたのね)
その不思議な生き物の正体は川の中に住む哺乳動物で、鳥使いたちがバイーシーと呼んでいる生き物だった。
バイーシーは巨鳥ベヌゥよりも数の少ない種族で、その姿はめったに人間の目に触れることが無い。バイーシー達は人間に姿を見られるのがいやなのだ。しかしバイーシー達とベヌゥ達とは仲が良く、はっきりとは解からないがバイーシーとベヌゥは意識を共有することができるらしかった。この姿形も住む所も違う二つの生き物達は人間の知らないところで、お互いの意識を共有し情報のやりとりをしていると言うのが、樹海の鳥使い達の見解だった。
そんな生き物がカーネリアの意識の中で、人を乗せたベヌゥと一緒に大河を下っている。ジェイドとネフライドだ。しかもジェイドは、鳥使いがベヌゥの卵を保護するのに使う袋を、騎乗具の操作綱と一緒に持っている。ジェイドは、盗まれた卵を上手く取り戻して村に戻ろうとしているようだ。しかし今見ている光景の場所を通って村に帰るのは、回り道になってしまう。何故ジェイドはこんな道を通っていくのだろうか? 理由はすぐに解った。バイーシーの意識は光景と共に、虫の羽音の様な卵泥棒の乗り物の音を伝えていて、ジェイドは卵泥棒達の追跡をかわしながら、ネフライドを飛ばしていたのだ。ジェイドとネフライドの前に姿を現せたバイーシーは、追跡から逃れようとする彼らを、安全な場所に導いたのだ。
「そうだったの。でも、人間嫌いのバイーシーが、こんなに長く人前に姿を見せているなんて、珍しい……。でも、何処へジェイドを導こうとしているの?」
意識を通じて伝えて来るものに驚きながらも答えを探ろうと、カーネリアはバイーシーの姿に意識を集中させる。カーネリアの意識が奇妙な川の生き物の姿を鮮明に捉えると、他の鳥使いの意識もバイーシーの姿に向けられた。
バイーシーは何度も川面を大きく跳躍しながら、光の川をどんどん下り続ける。その姿は、鳥使いたちに大河を下った先にあるものを教えているようだった。
カーネリアはバイーシーに意識を向け、バイーシーと一緒に大河を遡った先にあるものを探そうと試みた。しかしこれ以上、バイーの意識を感じるのは難しかった。彼らは、人間に優しい生き物ではないようだ……。しかしカーネリアは、諦めずに自分の意識を、バイーシーに向けた。あのバイーシーは、人を乗せたベヌゥを導いて助けようとしている。必ずしも人が嫌いなのではないはず。自分自身に言い聞かせながら、カーネリアは川を遡るバイーシーに意識を向け続ける。
カーネリアの意識の中で、大きな川の生き物はひたすら光の川を下り続ける。カーネリアは、バイーシーに対してじわじわと不安を覚え始めた。
[ねぇ、貴方はベヌゥと鳥使いを導いていったの?]
意識の中の生き物に、カーネリアは懸命に呼びかける。すると突然、川面から巨大な水飛沫が上がるのが見える。
バイーシーが川から空に向かって、大きな跳躍をやってみせたのだ。美しい流線型をしたバイーシーの姿が空に舞うのを、カーネリアは息をするのも忘れて見詰める。そしてバイーシーの跳躍が、カーネリアに重要な情報を教えているのに気づいた。
「えっ、これは?」
空へと飛び上がったバイーシーが再び大河の波に姿を消すと、大河の流れる方向に集落があるのが見えた。広葉樹の林としっかりとした木造の家の群れからなる集落にカーネリアが意識を集中させると、光の川とバイーシーの姿が意識から消えた。そして光の川の替わりに広葉樹の林を流れる穏やかな川が、バイーシーの替わりに広葉樹の間を歩くあの少女が現れた。しかも少女は銀色に光る卵を抱きかかえている。やはり盗まれた卵は、あの少女と一緒にいるらしい。カーネリアが銀色の卵に意識を移すと、それまで静かだったベヌゥ達が突然大声で鳴き声を上げ出した。銀色の巨鳥達は、バイーシーからの情報を受け取ったのだ。
[新シイ命ダ。村ニイル。いなノ村ニイル。
もりおんトイッショニ、村ニイル]
バイーシーからの情報を、ベヌゥたちはカーネリア達に伝える。盗まれたベヌゥの卵は、樹海の外にあるイナと呼ばれる村の中で、モリオンと言う名の少女と一緒にいるらしい。
「イナ……イナ……何処かで聞いた事がある名前だわ」
確かに聞いた事のある村の名前だ。しかし何時、何処で聞いたのかがわからない。
「誰か、イナと言う村を知ってないの?」
カーネリアは、自分と意識が繋がっている鳥使いの顔を、一人一人思い描きながら洞窟にいる鳥使い達に問いかける。
「イナ……イナ……」
鳥使い達は、口々にカーネリアの言った村の名前を呟く。しかしイナという村を詳しく知っている者は、誰一人いない。少なくとも、ここにいる鳥使いには。しかしカーネリアは、答えが出なくてもこう問い続けいた。
「イナって、何処なの?」
樹海とその周辺の地理をよく知っているはずの鳥使い達が、誰一人その場所を知らないでいる。まるでその存在を、完全に封印されたかのようだ。その封印を解くためには、問い続けるしか無いように思われた。
ところが……。
「イナの村はねぇ、この樹海と風の山脈との間にあるわ」
突然、カーネリアの問いに答える声がして、鳥使い達は繋がっていた意識を解いた。年配の女性の、落ち着いた声だ。
「アンバー、何時の間に?」
一瞬、カーネリアはその声に驚いたが、すぐにそれが自分の良く知っている人物なのに気が付いた。
身体をすっぽりと覆うローブを身に着け、紙を簡単に綴じて作られた本を抱えた小柄な女性。アンバーと呼ばれるその女性は他の鳥使いのように騎乗服を着てはいないが、鳥使いの一人だ。
「そんなにびっくりしなくてもいいでしょ。あなた達の意識が、私にも伝わってきているのよ。パートナーを失ったうえに病気がちだといっても、まだ鳥使いの能力はあるのよ」
アンバーは、突然の事故で相棒のベヌゥを失った鳥使いだった。パートナーと別れてからは村のベヌゥ達と意識を通わせながら、鳥使いの村に伝わっている知識の保存に努めている女性だ。アンバーは地面に座り膝の上で本を開けると、地図が描かれたページを示す。
「これは鳥使いの村と交易のあつた村や町の記録よ。ほら、此処に描かれているのがイナの村」
アンバーは地図上の樹海と山脈との間にある丘陵地帯を示して話し続ける。
「イナの村はね、かつては鳥使いの村と交易をしていたのね。でもある時から、二つの村の交流は一切断ち切られたらしい。でも今の鳥使い達は忘れて見向きもしない、イナとの交流の記録は残っているの。しかし何故交流が断ち切られたかの記録は不明のままなの」
それは多くの鳥使い達にとって、初めて聞く話しだった。鳥使い達にとって樹海の外の村や町との交流は、とても大切なものだ。どんな事があっても、今まで交流のあった村や町と断絶することなど考えられない。
「重要な話しなのに、記録がないとはなあ」
鳥使いの一人が、溜息混じりに言う。
「イナと断絶した本当の原因が何だったのかは、私にも解らない。ただ何か事件があって、イナの人々が鳥使いを恐れ出したので交流が途絶えたのは確かね」
鳥使い達はアンバーの話しを静かに聞く。そしてアンバーの話しと同時に、鳥使い達はイナの村の風景をも受け取っていた。
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