練習試合4

 ありがとうございました、と挨拶をし、すぐに星和対南山が始まる。

 星和が25対8で勝ち、あっという間に試合が終わった。

 試合は何度も繰り返し行われ、私たちは星和に一度も勝つことなく、本日最後の試合に臨むこととなった。

「時間的にこれで最後。勝って終わるよ」

 全員で円を作るようにして試合前の作戦会議の中、真希は淡々としている。負けることが大嫌いな真希のことだから内心穏やかじゃないはずだ。

「練習でできないことは本番でもできないのと同じで、練習で勝てない相手には、本番でも勝てない。最後は必ず勝つよ」

 真希はそこで言葉を区切り、正面の私を見据えた。

「五点差付いたら、私を中心にトスを上げる、っていう条件をやめよう」

 私は真希が言わんとすることを理解し口を挟もうとしたが、春日さんが先に抗議の声を上げた。

「それは、最初から王木先輩を中心にトスを上げるってことですか?」

「そう」

「クイックを、いや私たちの攻撃を諦めると言ってますか」

「諦めてはいない。当然クイックも使うし、私が後衛のときは春日さんと奈緒に頑張ってもらう」

「私たちの攻撃が全然通じていないのは事実です。でも、今日は一年生の攻撃練習が主のはずです。……チャンスをください」

 徐々にヒートアップしていく真希と春日さんに全員が困惑している。

「星和が相手じゃなかったらそれでよかった。でもそうじゃない。相手は県二位。ここで一度でも勝つかどうかが大きな違いになる」

 真希の言うことは正しい。練習試合とはいえ、県二位に勝った自信は本番の大会でも大きく作用する。逆に一度も勝つことなく終われば、一年生たちの自信喪失につながりかねず、本番でも先入観から思うように力を発揮できず終わってしまう。

「それは分かってます。でも、王木先輩にトスを集めて勝ったところで私たち一年生には何の足しにもなりません。経験を積まてください」

 春日さんは真希が相手でも一歩も引かない。先輩で、しかも日本トップレベルの真希に自分の意見を堂々と言える熱に、私は素直に感心してしまった。それだけ春日さんは本気なんだ。

「個人技は練習で鍛える。今はチームとして勝てるかが問題だって言ってるの」

 議論は平行線で、終わりが見えなかった。私は言いたくなかったが、割って入り、切り札を使うことにした。

「真希、トスを上げるのは良子だよ」

 その一言で真希は議論を諦め、雰囲気が悪いまま最後の試合が始まった。

 言い争いのせいか良子のトス回しが中途半端なものとなってしまい、結局星和には一勝もすることなく、その日の練習試合は終了した。


 翌日の日曜日は練習が休みだった。

 真希に電話をかけたがつながらず、練習してるのかと思い体育館を覗いたがいない。真希の家に行ったら走りにいっていると言われた。

 すると場所は、中学最後の試合で負けた後真希に連れていってもらった場所だろうか。真希はお気に入りの場所だと言っていた。それに体力作りを兼ねてランニングして休憩しているかもしれない。

「やっぱりいた」

 おぼろげな記憶を頼りに期待せず行くと、真希は少し汗を掻き、足を伸ばして座っていた。私も並んで腰を下ろす。

「奈緒」

「随分探したよ。真希の家にも学校の体育館にもいないし」

 真希は不思議そうな表情を浮かべ、ポケットからスマホを取り出しながら聞いた。

「電話すればよかったのに」

「何度もしたよ」

 私は呆れた表情を浮かべると、真希が嘘だ、と呟いてからスマホをいじり始めた。

「ありゃ、気づかなかった」

 私は脱力し、溜息をついた。

「よくここが分かったね」

「真希が行きそうな場所なんて限られてるし。特に昨日の今日だし」

 私は最後にここに来た約三年前の日を思い出しながら呟いた。

「懐かしいね、ここ」

「私も、高校生になってから始めて来た」

 あのときは、九月頭で、今よりずっと暑かった。そして……と私が過去に思いを馳せている途中で真希がもたれかかってきた。肩に真希の頭が乗ったと思ったら、今度は私の太ももに頭が移動し、手足を地面に投げ出し仰向けとなった。

「ま、真希」

 私は真希の突然の奇行に戸惑いの声を上げたが、真希からの返事はない。すぐに真希が穏やかな寝息をたてるのが聞こえた。

「嘘でしょ」

 後ろに束ねられた長い髪が無造作に地面に広がっている。綺麗な髪なんだから大事にしなよ、私は呆れ、汗で少し湿った髪を真希の仰向けに寝ている体の上にのせた。

 しばらくこのままにしておいてあげるか。

 数分すると突然真希が目を見開いた。

「あれ、寝てた?」

「ぐっすりとね」

「そういえば、奈緒は私に用事?」

「真希が落ち込んでないかと思ってね」

 目を覚ましてからも動く気配がない。やがて真希が空を見ながらポツポツと喋り始めた。

「負けるのは初めてじゃない。勝ちと同じくらい負けも経験している」

 私は黙って頷いた。負けたことのない人なんていない。真希は負けをバネにさらに強くなる人であることを私はだれよりも知っている。

「昨日は久しぶりに眠れなかった。あのときこうしていれば、これからはもっとこういう練習をしよう、そんなことばかり考えてた。負けるのがこんなに悔しいことを思い出したよ」

 悔しさのあまり寝不足でつい寝てしまったのかと、私は真希の頭を太ももに乗せたまま、この突拍子もない行動を理解した。

「正直ね、負けるとは思っていなかった、県二位相手でも」

 真希を中心にトスを上げれば結果は違っていたと、言おうとしたが真希の話は続く。

「インハイ制覇どころか、インハイ出場すら遠いね。それと奈緒……」

 真希は何か考え込むように黙ってしまった。真希が何を言おうとしているのか分からないが、このタイミングしかない。

「私の太もも気に入ったの?」

 真希は目をパチクリさせ、飛び起きた。

「ご、ごめん、何も考えていなかった。いや、考え事してたんだけど。あ、いや、いい太ももだと思うよ」

 真っ赤になりながらあたふたと言い訳をする真希を見て、なぜか私も顔が熱くなるのを感じた。つい最近も真っ赤になった真希を見た気がする。

「気に入ったならまた貸すけど」

 自分でも何を言っているんだ、と思いながら私が放った言葉は真希に追い打ちをかけたようだ。

「ごめん、恥ずかしいから、もうやめて」

 そう言って真希は足を抱え込み、足と足の間に顔を隠した。

「日曜は練習して、休みを月曜にしようか。時間が足りない」

「いいと思う」

 真希は顔を上げ、遠くを見つめた。その顔はすでに恥ずかしさが消え、真剣な表情になっていることを私は見て取った。

「それだけじゃ足りない。もっと何か別の方法を……。どうしたものかなあ」

 真希が聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟き、私たちはそれ以降黙り込んでしまった。

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