第4話

 なんだか、体がふわふわしている。これは一体、何なんだろうか。

 つい先日、いつも神社うちがお世話になっている楠花さんのところで、里中逸樹という同い年の男性に出会った。

 逸樹は、自分の周りにはあまりいないタイプに見える。花に詳しく(見える)、仕事は真面目にこなすがのんびりとした印象。

 あの日以来、彼のことで頭が一杯になっている。桜並木を歩いていた時に見た表情かおが忘れられず、何度も夢にまで出てきている始末だ。

『もしもーし。おーい、桜空?』

 電話越しに幼馴染の声が耳に届き、我に返る。

「わ、わっ! 茜音ちゃん、ごめん!! えっと、何だっけ」

『いやいや、聞きたいのはこっち。急に電話してきて、どうしたの?』

 そうだ。この気持ちが何なのか分からなくて、長い付き合いである幼馴染の本城ほんじょう茜音あかねに相談しようと思って、電話したのだ。

 茜音は、高校時代の社会科の先生と高校卒業と同時に付き合い始めて、去年結婚した。今まさに、彼女は幸せの絶頂にいる。

「今日さ、いつもの所に来れる?」

『あー、今日はバイトなんだ。ごめん! ……あ、夜泊まりに来る?』

「え、いいの? 先生は?」

『今日から修学旅行でいないの』

「そっか。もうそんな時期かぁ」

 懐かしい思いが込み上げてくる。茜音が先生に恋心を抱いたのも確かこの時期だった気がした。恋っていいものだなぁと思ったのを覚えている。

『じゃあ、夜八時には家に着くから。その時間帯に来て?』

「わかった! ありがとう、茜音ちゃん」

 茜音との通話を終え、ベンチから立ち上がる。

 わたしの通っている大学のキャンパスは、緑が多く、あちこちに休憩できるベンチがある。図書館の奥の方には、木々に囲われた森のような隠れスポットがある。よく、一人になりたい時に来る場所だ。人があまり来ないので、落ち着けてちょうどいい。

 時計を見たら、そろそろ午後の授業が始まる時間だった。教室へ戻ろうとした時、ふと視線を感じて、図書館の方へ視線を向けると――――。

「あっ」

「すごい偶然……」

 二人の声が重なる。

 なんと、図書館近くのベンチで が座っていた。ここ最近、わたしの頭の中を一杯にしていた張本人が目の前にいる。

「里中くん」

「桜空さん、ここの学生だったんだ?」

「う、うん。文学部専攻で」

 しれっと下の名前で呼ばれ、どくんと心臓が跳ねる。

「ああ、そっか。僕は数学科で文理違うから、見かけることもなかったのか」

 一人納得したように頷く逸樹。思わぬ展開に頭が追い付かず、鼓動が激しくなる。つい、胸をぎゅっと抑えてしまう。

「あ、えと……。わ、わたし、午後も授業なのでっ」

 そう言うのが精一杯で、逸樹から逃げるように背を向けた。顔が熱い。こんなすぐ身近にいたとは思いもよらなかった。でも、不思議と彼に会えたことを嬉しいと思っている自分がいる。

 教室に戻ってきてもまだ、心臓がドキドキしている。

 一体、どうしてしまったのだろうか。

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