第8話
最近、暖かい日が続いている。
春の訪れのような暖かさ。
まるで、私の心までほんのり温めるような――――。
「茜音ちゃん、もしかして……楓斗くんに恋してる?」
何気なく投げかけられた幼馴染の一言に、はっとする。
そうか、浮き足立つようなふわふわとしているこの感じ。まさに、“恋”なのかもしれない。
初めて楓斗と出会った日以来、ふと気付くと頭の中が彼でいっぱいなのだ。何故か、忘れられない。だが、桜空の言葉によって、その理由に気付いてしまった。
私は、楓斗に“恋をしている”のだと――――。
楓斗の真っ直ぐに、自分を見つめてくる瞳。あの嘘偽りのない純粋な瞳に、釘付けになってしまう。
「信じてみても、いいのかな……」
つい、ぽろっと思っていたことが口をついて出てしまった。「ん?」と首を傾げながら、桜空が箱のようなものを手にしたまま振り返る。
ダブルデートの日から二週間ほど経った今日、桜空と二人で買い物に来ていた。
世間はホワイトデーというイベントで賑わっている。バレンタインは、日本中の女子が恋色に染まる日だとしたら、ホワイトデーは男性陣のお返しに頭を悩ませる悪夢の日かもしれない。
そんなことを考えていた時に、桜空が口を開いた。
「ホワイトデーも近いし、せっかくなら茜音ちゃんも楓斗くんに何かあげたら?」
頭の中で、楓斗を思い浮かべていたのをまるで見透かされたかのようなタイミングだ。
「この間のお礼をしようか、迷ってる……」
嘘が通用しない相手なので、正直な気持ちを言葉にする。
「素直になってみるのもいいかもよっ」
「うーん……、あげてみようかな」
「うんうん。どういうのにする?」
桜空はノリノリでプレゼントを一緒に選んでくれた。一時間ほど悩みに悩んで、無事花の形をしたチョコレートに決めた。
「いいお買い物ができたね!」
「うん、ありがとう」
大人っぽく紺色に赤いリボンで包装されたプレゼントを手に取り、しみじみと見つめる。
そろそろ新しい一歩を踏み出してみても良いだろうか。
今でも時々、亡き夫の姿を思い出してしまう。だが、楓斗に出会ってからは思い出す回数が少なくなった気がする。どこか、楓斗と彼が似ているからかもしれない。
「ねぇ、桜空。慈悲の意味って知ってる?」
私の唐突すぎる質問に、桜空は首を傾げる。
「相手の苦を取り除き、楽を与えること」
「ああ」と納得したように、彼女は頷いた。私の言いたいことが伝わったらしい。
「楓斗くんって、先生にどことなく似てるなぁとは思ってたけど、そういうことか。二人とも慈悲深い人だよね」
「やっぱり、桜空も思った? 楓斗くんも春馬さんみたいに、大切に想ってくれる人なんだろうなって思う」
こんな私でも、楓斗は受け入れてくれるだろうか。
――――きっと受け入れてくれるのだろう、楓斗なら。
だけど、まだもう少し、この胸に小さく灯った“恋”の灯は、自分の中で温めておきたい。
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