第4話

「また、睡眠時間を削ったりしてないよね?」

 彼の声に、私は過去の甘い記憶から現実に引き戻される。

 慌てて首を振った。

「前に言われてから、ちゃんと六時間は寝てます!」

「そっか、それならいいけど。無理してない?」

「はい、大丈夫です! 先生からもらったお守り、常に肌身離さず持ってますよ」

 制服のポケットからあの日もらった梅守がついた定期入れを出す。お守りについている鈴がチリンと鳴り響く。

「よしよし。偉いっ」

 彼があの時と同じようにまた嬉しそうに笑った。

 そういえば、彼のこんな嬉しさが溢れるような柔らかい笑みは、他の生徒がいる時には見たことがないなと気付いた。

 もしかして、私だけ?

 そんな都合のいい解釈をしてしまいそうになる。それぐらいもう私は、彼のことが好きで好きで堪らない。この想いを伝えてしまいそうになる。

 いっそ、言ってしまおうか。

 ふとそう思ってお守りを握りしめていたら、彼と目があった。無言のままお互いに見つめ合い、静かな時間が流れた。外からは、運動部のかけ声や吹奏楽部の楽器の演奏する音が聞こえる。

「せんせ……」

 口を開きかけたとき、保健室のドアが開く音と同時に、聞き慣れた声がした。

「茜音ちゃんっ」

「桜空」

 勢いよく桜空が胸に飛び込んできた。甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

「よかったぁ。鈴木先生から茜音ちゃんが倒れて、保健室で寝てるって聞いて」

「ごめんね、心配かけて」

「ううん。午後の授業のノート、全部取ってあるから後で見せるね?」

「本当っ? 助かる! ありがとう、桜空っ」

 ぎゅっと強く抱きしめると桜空からも同じように抱きしめ返される。

 そんな私たちをベッドの向かいで、彼はまじまじと見ていた。

「お前たち、本当に仲良いな」

「当然です! もうずっと茜音ちゃんとは長い付き合いですからっ」

 桜空が私に抱きついたまま、自慢げに言う。改めて言われるとなんだか照れ臭い。だが、桜空の言葉に心が温まる。彼女の言葉には愛がこもっていて、好きだ。

「じゃあ、後は紺野に任せて大丈夫かな」

「はい! ちゃんと茜音ちゃんを家まで送り届けるので」

「宜しく。僕から鈴木先生には、本城が帰ったことを伝えとくから。家でゆっくり休んで」

「はい。……ありがとうございました、先生」

 彼は片手をひらひらと振り、保健室を後にした。すぐに桜空がベッドの脇に座り、にこにことこちらを見る。

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