第71話・缶詰は、冒険者のための商品ですか?

 スタンピードを収めた街。

 だけど、いつまたスタンピードが起きるかわからず、街に出入りしている商人たちの足がすっかり途絶えてしまった街。


 私がこの街に来た理由は、ドワーフの王国に入るための許可を貰うために、ツテがある天翔族にお願いに来たのですが。

 まさか、商業ギルドのマスターが紹介状を書いてくれるとは思ってもいませんでした。

 まあ、そのかわりに商品を卸して欲しいと頼まれたのですけれどね。

 でも、久しぶりに露店も開きたいのでその許可を貰いにやってきたのですけれど。


「え? つまりギルドには商品を卸して頂けないのですか?」

「いえ、商品は卸しますよ。それとは別に、私自身も露店を開きたいのです。こちらは商業ギルドの会員証です。手続きをお願いします」

「なるほど、では、少々お待ちください」


 すぐに受付の方が手続きをしてくれたので、私としても助かりました。

 場所的にも、商業ギルドと冒険者ギルドの中間の広場、街の人たちも体を休められる木々が生い茂った場所。

 そこなら広さもそこそこですから、多少の人混みにも対応可能です。


「ふむふむ、ではこちらで三日間、よろしくお願いします」

「はい。ちなみにですけれど、ギルドへの納品は何時ごろになりますか?」

「すぐにでも大丈夫ですよ? どちらに出しましょうか?」


 蒼問いかけますと。

 私の後ろあたりでウロウロとしている商人たちの目が光ったような。

 つまりは、私がどのような商品を扱っているのか、知りたそうですね。

 

「では、裏の倉庫へお願いします。こちらは人目が多すぎますので」

「はい、では案内をお願いします」


 そのままカウンター横にある扉から裏手へ。

 私の後ろでチッ、って舌打ちした商人さん、残念でしたね。

 でも、ここに卸せば大勢の人に適価で流れるので。私としても、その方が良いのですよ。

 この街の事情を知っている商業ギルドだからこそ、この街にとって最善の流通を行ってくれます。

 そこに、商品の供給不足をいいことに値段を釣り上げようと考えているような人には、私は大切な商品を流すことはしませんので。


 そのまま裏で納品作業。

 ハーバリオスでは人気のないデザインの衣類や市販の保存食、あとはお米と醤油、味噌を卸します。

 ちなみにこちらの国でもサライ近郊のお米は有名だったらしく、数年ぶりの納品に担当の人も絶句していました。

 まあ、そんなこんなで私が売る分の商品を残して納品完了。

 商業ギルドを後にして、いざ露店へレッツラゴー。


 因みに、このレッツラゴーも勇者語録にありますよ?

 気合を入れて出かける時や、目的にに向かう時に使う掛け声だそうです。


 あの、ブランシュさん、なんで笑っているのですか?


………

……


──露店広場

「はい、こちらのワンピースと靴ですね。そちらのお客様は少々お待ちください」

「チョコアイスとバニラ、はい、こちらです。次のお客さまもバニラと、ストロベリーですか。こちらのストロベリーはなんと、とある国の王族の方がお食べになった逸品です。アマ王という名前もついている果実が混ぜてあるのですよ!!」


 甘かったです。

 この溶けそうなバニラぐらい甘かったです。

 商品の流通が滞った街の中での露店。それはそれは大盛況ですよ。

 必死に取引を持ちかけようとしている商人さんが近寄れないぐらいの盛況っぷりですから。

 

「はい、チョコは完売です、次回の入荷は暫く先ですので、次に来た時にでも!! はい、アマ王もこれがラストです!!」

「姐さん、ドレスの在庫はあるか?」 

「そこにあるのが全てです。え、飲み物? 珍しい飲み物と言われましても」


 アイスクリームが完売してからは、今度は大人たちの注文。

 私は雑貨担当なのですけど、何故に飲み物?


「いや、この店って変なものがいっぱいあるからさ。女子供用の商品がいっぱいあるのだから、俺たちのような男が欲しがりそうなものもないかなってよ」

「酒の肴、あとは珍しい酒……あるか?」


 見た感じですと、冒険者さんかなぁ。

 いや、あるにはあるんですよ。

 ドワーフの王国で販売しようとした切り札が。

 それを出して良いものかどうか……まあ、宣伝にはなりますから、少しだけ出しましょうか。


「では、とっておきのものを!!」


 アイテムボックスから取り出したものは、私たちの世界でもお馴染みのモンスター。クラウドホエールの加工品です。

 え、クラウドホエールを知らない?

 空の上、雲海を泳ぐシードラゴンの一種です。

 この魚のようなフォルム、背鰭もないずんぐりむっくりの体。

 まさか異世界にもこれがいるとは思っていませんでしたよ。


「こちらです。これはクラウドホエールを調理したものが入っている缶詰めです。ええ、こちらを掴んでパカっと開くと、中にはクラウドホエール料理、【鯨の大和煮クジラノヤマトニー】が詰められています」


 大和煮って知りませんけど、多分こんな発音。

 それで、横で接客しているブランシュさん、どうしてお腹を押さえて笑いを堪えるのに必死なのでしょうか。


「お、おおう、なんだこの香りは?」

「これが保存食なのか? ダンジョンに持ち込めるのか?」

「まあまあ、まずは味見をどうぞ。こちらは数に限りがありますので!! まずは食べてみてください」


 そのまま爪楊枝を取り出して、お肉を刺して手渡します。

 この爪楊枝も【型録通販のシャーリィ】から取り寄せたもの。

 意外と便利です。


「ほ、ほう? では早速……」


──パクッ、パクッ、パクッ

 そして食べると同時に、私は一言。


「数に限りがあります、お一人五つまでです!!」

「くれ、いつつくれ!!」

「俺もだ、パーティー分だから25個、どうにか出来ないか?」

「無理です。お取置きもできませんので、ご了承ください」


 はい、あっという間に完売。

 クジラノヤマトニーさん、なかなかの盛況でした。

 ドワーフの王国で販売する分は、明日の朝一番で追加注文しなくてはなりませんけれど。


「では、次はこちらの缶詰です。とある港町の名産【鯖の味噌煮サバノミソニー】と【-鯖の水煮サバノミズニー】です。こちらは試食用で開けますね」

「いや、開けんで良いから五つくれ!!」

「俺もだ、俺はサバノミソニーを三つと、ミズニーを二つだ!!」

「は、はい!!」


 うん、ブランシュさん、お客さんが困っていますから、早く接客に戻ってください。転がるほどおかしいことがあるのですか?

 え? 発音が違う?

 知りませんよ、そんなこと。

 そして気がつくと、缶詰めは全て完売。

 特大ミックスナッツとかいうものも売れましたし、満足満足。


「あ、あの、酒はないか?」

「お酒? ですか?」


 ふと、私の目の前に立っている小柄な髭面の男性が問いかけてきます。

 ええっと……ドワーフさん?


「はい。こちらはいかがでしょうか?」


 四角い透き通った瓶に入っている、琥珀色のお酒。

 ウヰスキーというそうですが、二文字めの発音が難しくて。

 ウイスキー? あ、そう読むのですか、ブランシュさんありがとうございます。



「これは? 茶色い色がついている酒?」

「ウイスキーという蒸留酒です。試飲されますか?」


──キュルン

 スクリューキャップとかいうものを開けて、紙コップに少しだけ注いで手渡します。夏祭りで使っていた紙コップは、まだ大量に残ってあるのですよ。


「ほ、ほほう? この香りは初めてじゃな。では……」


──ゴクッ

 一口飲んで、ドワーフさんは目を閉じて頷いています。

 はて、何か思うところありましたか?


「5本ほど欲しい。先ほどから見ていたが、1人の客が帰る量を五品まで制限しているのだよな?」

「はい、お買い上げありがとうございます」


 すぐさまウヰスキーを5本お渡しして、代金を預かりました。

 いやいや、まさかドワーフさんにこんなとこは出会えるとは予想外ですよ。


「しかし、この辺りでは見かけない商人だな。何処から来た?」

「ハーバリオスからです。この先の自由貿易国家パルフェランへ向かうところでした」

「ほう、わしもパルフェランの臣民じゃ。向こうで会えることを楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。でも、入国許可証がありませんので、少し時間がかかるかと思われますので」


 その説明を聞いて、ドワーフさんが頭を傾けています。


「ふぅむ。我が故郷は、それほど入国審査は厳しくないはずじゃが? 各門には【真実の鏡】というものがあり、そこの審査を受けて罪なき者と判断されたなら、誰でも自由に行き来することができるはずじゃが?」

「え?」


 その言葉に、思わずブランシュさんを見ますが。

 彼もまた大きく口を開いて驚いています。


「あ、あれ? ドワーフの王国といえば、異種族移民を許さない絶対王政。近隣の天翔族にのみ通行を許した古代王国だよな?」

「何百年前の話じゃ? 今は自由に門を開いておるわ。まあ、紹介状があるなら、手続きは簡素化されるからあるに越したことはないが」

「……あ〜、なるほど」


 ノワールさんもブランシュさんも。

 勇者の元から離れた後は、世界を巡ることなく彫像として眠っていたのですか。それなら、記憶の齟齬があってもおかしくありません。

 どうやら、色々な部分で私たちは勘違いをしていたようです。


「ご親切に、ありがとうございました。これはほんのお礼ですので、お酒と一緒にどうぞ」


 これはとっておきの逸品。

 缶詰めなのですが、高級品だそうです。

 ベルーガという巨大怪魚の卵の塩漬けらしく、異世界でもとっても貴重品だそうです。


「ああ、これはこれは。では遠慮なく……」

「はい。私たちも明後日にはこの町を出ますので。では、失礼します」


 とっとと露店を閉じて宿へ。

 明日の発注を全て終わらせて、私は眠りにつきます。

 夜になってもブランシュさんはノワールさんと交代することなく、つきっきりで夜の護衛をしてくれるそうです。

 本当に、お二人には感謝します。

 


 

 

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