型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ
呑兵衛和尚
第67話・壊れた宝剣と、頑固職人
港町サライで行われた開港祭。
それが終わって三日後、柚月たち勇者チームはようやく到着した帆船に乗り、急ぎ沿岸航路を伝ってメメント大森林の南方の港町へと向かった。
その前に、最後の仕入れた納品を終えたクリスもまた、翌日には北方のシャトレーゼ伯爵領・交易都市メルカバリーへと向かう。
移動方法は、いつもの乗合馬車。
優秀な冒険者の警備により守ららているため、道中の皆安全は保証されていた。
その結果、何事もなく10日後にはメルカバリーの正門まで到着し、実に半年ぶりにメルカバリーの地にやってきたのである。
──メルカバリー・北門
はい。
ずらりと並んだ人の列。
交易都市メルカバリーには、年中様々な商品が流通するため、この地を訪れる商人や冒険者の数は少なくありません。
また、城塞外に広がる田園地帯で働く人たちも、夕方六つの鐘と同時に仕事を終え、門の中の自宅へと戻っていきます。
そして私は堂々と、シャトレーゼ伯爵から受け取った『通商手形』を取り出して提示します。
このまま馬車に乗って停車場まで向かうというのもありでしたが、私の目的地は入り口近くにある宿。
そこが、私の商人として最初に停泊していたところであり、その近くの露店がフェイール商店発足の地なのですから。
「よし、次……って、君は商人か?」
「はい。フェイール商店のクリスティナ・フェイールです。こちらを提示すれば通れると伺いましたが?」
バッグの中に手を入れたフリをして、アイテムボックスから『通商手形』を取り出して提示します。
すると、それを確認した警備騎士の方の一人が、近くに留めてあった馬に乗って何処かに走っていきました。
はい、私の直感が申しています。
これは、何かに巻き込まれる可能性が大なのですよね。
そのまま門を越えて中央街道をのんびりと散策しつつ移動。
久しぶりの街並みを堪能していました。
「それで姐さん。わざわざこの町まで来た理由は? あったかい場所なら、ここじゃなくサライの東に抜けるてもあったが?」
「サライの東と言いますと、メメント大森林の手前の町ですか? でも、あそこは確か、騎士団の駐留都市なので商人の私が向かって良いのですか?」
そう。
メメント大森林の手前になる自由都市バーゲンセイバーは、現在は騎士団が駐留し、東方の帝国に対して睨みを利かせている都市です。
このメルカバリーの東門を越えた先の街道を抜けると、直接向かうこともできますが。
「まあ、食糧や嗜好品についてなら、そこそこ高く売れると思うが。今の型録の目録で、そういう類のものはあるのか?」
「いえ、定番商品と、あとは夏の縁日フェアのものしかありませんね。家電特集というものもありますけど、これは定番に組み込まれましたか……あら?」
よくよく見ていますと。
夏の縁日フェアは先日で終わっているようで、今は【発注不可】の文字が浮かび上がっています。
「発注不可能ですわ。ということはですね、次のペルソナさんかクラウンさんの配達の時には、新しい型録が貰えるということですよね?」
「そうなるが。もう時間的に夕方だからなぁ。早くても明日の夕方じゃないのか?」
そう話しているうちに、街並みも暗くなり、街灯が明るく灯り始めます。
これは【灯番】と呼ばれている魔導師が、街の中の街灯に
王都では街区毎に専属の魔導師がいらっしゃるので、灯りが次々と灯されていく風景は、なかなかの絶景です。
──ガラガラガラガラ
そんな風情を楽しんでいますと。
ブランシュさんがノワールさんに入れ替わり、そしてシャトレーゼ伯爵家の紋章が入った馬車が走ってきました。
そして私たちの横に止まると、扉が開いで執事のローズマリーさんが姿を表します。
「ご無沙汰しています、フェイールさま。旦那さまから、火急の頼み事があるので、屋敷まで来てくれないかというお願いを仰せつかっております。この後は、用事はありますか?」
黒いスーツに身を包んだローズマリーさんが、頭を下げつつそう申しています。
ちなみに、そのスーツはうちから買ったものですよね?
以前、紳士服とかいう型録ページにあったものです。
そうでしたか、ローズマリーさんの元に届いていたのですか。
「私は特に、問題はありませんけれど」
「私はクリスさまの護衛です。クリスさまの向かうところに同行するまでです」
キッパリと言い切るノワールさん。
ローズマリーさんもホッとした様子で胸を撫で下ろしています。
ということですので、私を見つけてついて来た商人の皆さん、今日は新商品はありませんよ。
ゾロゾロと私たちの近くを離れていく商人さんたちに頭を下げてから、馬車に乗せてもらって伯爵邸へと向かいます。
はてさて。
どのような用事なのでしょうか?
………
……
…
伯爵邸に到着して。
挨拶もそこそこに応接室へと案内された私たち。
そして伯爵が古い大きな木箱を抱えて入ってきました。
「フェイールさん、突然お呼び出しして申し訳ありません」
「いえいえ、私どもは今日、到着したばかりでして、特に急ぎの用事もありませんできたので。それで、どのような御用なのでしょうか?」
「まず、これを見てほしい」
そう告げてから、伯爵は木箱の蓋をゆっくりと開けます。
古い木箱の中には、綺麗な装飾の施された赤い長箱がひとつ。
その箱の蓋を外して中を見せてくれたのですが、そこには綺麗な両刃のレイピアと、砕けた鞘が入っています。
よく見ると、レイピアの刀身もあちこち錆びて朽ちており、刀剣としての役割を担うことなどできそうにありません。
「これは、刺突用ではなく切断用に鍛え直されたレイピアですね。初代勇者の一人、剣聖ファーマスが晩年に愛用していたもので、王家が所有していたと思われますが」
「え? レイピアって刺突用で、刃は付いていないのですよね?」
「いえ、元々レイピアとは両刃の細身の剣ですよ。両刃の剣を細身にして刺突用にしたものがレイピアです。そちらの護衛の方は、武具についての造詣も歴史もお詳しいようですね」
おっと。
そういえば、ノワールさんとブランシュさんは、シャトレーゼ伯爵から頂いた彫像から目覚めたのですから、お会いしたことはありませんよね。
「はい。フェイールさまの護衛を務めていますノワールと申します。武具刀剣類については、多少は専門知識を持っております」
そのノワールさんの挨拶に、シャトレーゼ伯爵の瞳が輝きました。
「そ、そうか、では、この勇者の武具を修繕できる鍛治師を知らないか? 御礼ならいくらでも出す!」
「……そうは申されましても。この様子では何が起きたのかわかりません。どうして勇者様の装備がここにあって、しかも壊れているのか説明していただけますか?」
ノワールさんが問いかけると、シャトレーゼ伯爵も胸を撫でて深呼吸し、落ち着きを取り戻そうとしています。
「ではまず、順を追って説明しよう。このレイピアは、王家が保存していたものに間違いはない。だが、半月ほど前に盗み出され、行方不明になっていたものだ」
あ、これは聞いてはいけない話のような気がしてきました。
耳を塞ぎたくなってきましたが、ノワールさんが真剣に聞いているので、ここは私も真面目に対応しましょう。
「詳しく調査を続けた結果、盗み出したのは『暁の明星団』という盗賊組織で、魔族が裏で絡んでいるところまでは調べ出すことができた。そして隠れ家を見つけ出して、騎士団により奪回作戦が開始したのだが……」
「魔導師がレイピアを破壊したのですか。僅かながら、黒魔法の残滓を感じます」
「ああ、ノワールさんの言う通り。盗賊団のボスは死ぬ間際に、己の命を犠牲にしてアジト全体を爆破した。ブラストエンドという焔の禁呪で、その魔法によりレイピアもこのように破壊されてしまった」
なるほど。
形あるもの、いつかは壊れる。
これは悲しい事故です。
「これは事故ですね。残念ながら、速やかに王室に戻したほうがよろしいかと」
「そこで問題が発生した。宝物庫の管理をしていた執務官は第一皇子、つまり皇太子の配下の一人。管理不行き届きという事で第二王子と第三皇子が執務官を糾弾、万が一にも盗み出されたレイピアが破壊されたとなっては、その責務を負って皇太子の王位継承権は剥奪されてしまうのです」
そんな馬鹿な。
いくら部下の失態だとはいえ、皇太子が王位継承権を剥奪されるなんてあり得ません。
「責務の本当の意味……王位継承の儀式の時に、そのレイピアが必要なのですね? それを管理していたものの罪はすなわち、監督官でもある皇太子の罪。よく出来た茶番です」
「全く、その通り。それで、皇太子派は壊れたレイピアを修繕すべくあちこちの鍛治師に極秘裏に問いかけたのだが……誰も、それを修繕することができない」
「それで、フェイールさまならば、なにか隠れた鍛治師でも知っているのではと思ったのですか?」
冷たい瞳で、ノワールがシャトレーゼに問いかける。
先程までの柔らかな口調ではなく、明らかに冷たい。
「い、いや、その通りだ。フェイールさん、何か優秀な鍛治師を知りませんか?」
そうは言われましても。
私には、それを修繕できるドワーフなんて知りません。
そう思って、ノワールさんをチラリとみましたら。
「そうですわね。幸いなことに、私は、このレイピアの生まれについて知っています。これを鍛えたという鍛治師のこと、素材のこと。ですが、それを実際に再生するには、かなり面倒なことになります」
──ゴクリ
シャトレーゼ伯爵が、息を呑んでノワールさんを見ています。
覚悟を決めたようなら顔つきで頷くと。
「できることなら、何でもします。どうか、このレイピアを修繕することができる鍛治師を紹介してほしい」
立ち上がり頭を下げる伯爵。
そしてノワールさんは、私を見て一言。
「物凄く面倒なことです。でも、クリスさまの力なら、彼らの心を酔い溶かすことができるかもしれません」
「へ? 酔い溶かす? 溶かすだけじゃなくて?」
「はい。何故なら、そのレイピアを打ったのは亜人・ドワーフ種の鍛治師です。そして彼の居場所を知るのは、魔王国の向こう、自由貿易王国。亜神の王国『パルフェラン』から峠を進んだ先、天にも登る霊峰の峰に棲む天翔族のみ。彼らなら、ドワーフ種の王国へ続く道を示すことができるかと思いますが」
はい、無理です!!
ここから魔王国へ向かう事自体が不可能であり、パルフェランへ向かうには魔王国を通り抜けるか、海路でぐるりと東の岬を越えて回らなくてはなりません。
そんな長旅はどう考えても間に合わず、時間短縮するなら魔王国を通らなくてはなりません。
その難易度の高さが理解できたのか、シャトレーゼ伯爵も青い顔をしています。
「そ、それは不可能だ。パルフェランに入るためには、そもそも亜人種でなくてはならず、人間は近寄ることも許されていない……それに天翔族というのは伝説展しか存在せず、その姿をにたことがあるものなど存在しないと伝えられているではないか?」
伯爵がそう告げると。
ノワールさんが頭を左右に降ります。
「全ては真実。まあ、天翔族が生き残っていれば、という話になります。その僅かな可能性に対して、伯爵は何を見返りにくださるというのですか?」
伯爵が動きを止め、椅子に座って沈黙しました。
答えがすぐ出るのか、それとも時間が欲しいと言うのか。
結果は……。
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