龍たる仙女と聖女の乱
| ミルミハーネ-イルドラゴ
アレフガルド大陸北方に位置し、広大な水量を誇り、過去日上がった事のない国境にまたがるユーリンゲン川。その最上流にある滝、ユーリンゲン大瀑布。
その大瀑布の裏側にある龍顎神殿。
その日の務めを終え、モノリスでもまた見るかのぉ、なんて事をムフムフと考えていた時、右神官ウタチから来訪者があると伝えられた。
なんじゃ、この忙しい時に。
「貴女が北方座主、龍仙女殿か。お初にお目にかかる。私、救世大教会、大司祭位を預かるデルモト–スクアラーと申す」
そこには脂ぎった中年の男がいた。ふむ。家名付きにお供には神殿騎士五名、修道女三名か。
待て…修道女じゃと?
ははぁ、これはあれじゃな。
無様な結果じゃろ。
「ふむ。遠路はるばる良くぞ参った…と言いたいところじゃが、救世の済んだ教会幹部が何用かのぉ?」
「ッ、聖女の乱である! 龍顎神殿の力添えをもらいにやって参った!」
おや、馬鹿にしたのがわかったか。
しかし、こやつは何を言っておるのじゃ?
「う、く、くはははははは! 世をすべる救世大教会が! 悪しき龍を祀る妾を頼るとは! ──大方、空の石でも召喚されたのかのぉ?」
「ッ、なぜそれを…!」
それはそうじゃ。修道女がいるのじゃし、ヒエネオスから締め出しでも食らうような緊急の事態でも起きたのじゃろうしの。
神の台座…いや、剣の台座に召喚の聖女が腰かけたなら、ある種無敵じゃからの。
それが牙を剥いたのじゃ。それだけで脅威じゃが、はてさて、どこぞの馬鹿が封印を解いたかの。
「あやつはヒエネオスにおいては最強の儀式魔法使いじゃろ? 失敗したのぉ。引き篭もられては並の魔法使いでは立ち入れまい」
それに何も魔族どももあそこに手を出さないのではない。出したくても出せないからのぉ。
不用意に近づけば星でも剣でも槍でも降らせてくるしの。無効化出来るのは妾か賢者くらいじゃろうから頼ってきたのじゃろうが…
大方、待ち焦がれて狂ってしまったかの。
いや、誰かが煽ったんじゃろうな…あんなイかれた女子を煽ったらそうなるじゃろうに…
ほんに厄介なことじゃ。
まあ、世界座標は賢者、星読ミの領分じゃ。大精霊でも味方につけでもしない限り大丈夫じゃろ。
「やれやれ、まったく、まともなのは妾だけじゃ」
その妾の呟きに、側に仕えていたメルシヲとウタチがシュタシュタッと手を挙げた。
なんじゃ。
「ミル様、それについては少々疑義がございます」
「メルシヲうるさい」
「ミ、ミル様わたしも疑義が!」
「ウタチは黙れ」
「なんでですかぁ!」
なんでも何も最近ではお前の方がモノリスにハマっておるじゃろが。ムラムラするのはわかるがの。しかも張型が噛み跡でガタガタじゃろが。何度目だと思っとるんじゃ。艶はともかく、硬さと張りの再現は難しいんじゃぞ。
「だ、だが! あやつはラネエッタ王族も人質に! これは許されるべきことではない!」
そんな事は知らん。先代はともかく、妾と何の関係もない。じゃが、まあ話くらい付き合ってやってもよかろう。
「くはは。良いでは無いか。異世界人から恵みを受け続けてきたのじゃ。少しくらい良かろう? 何せこの世界に縛りつけ隷属させてきたのじゃからな」
ラネエッタもその恩恵に預かってきたのじゃ。小娘の癇癪くらい付き合ってやらんか。
尤も、コントロールしてきた世界停滞を破られそうなのが一番困るのじゃろうが、旦那様はそんなもの気にもしなかったしの。
「何故それを…! 姫巫女共も手綱通りとならん…ヨアヒムも諦めておった…いったい何が…今までの勇者特性で無かったのも何か関係があるのか…」
「ふは。知らんのか。それは賢者セルアイカじゃ。あやつがちまちま書き換えておったみたいじゃからのぉ」
勇者物語にケチをつけ、今までの勇者…陰気な根暗チートくれくれ野郎じゃなく、自由で最高にイケてる男が良い、とな。
わたしを自由にする希望の未来星、びゅーてぃふるすたー来い、とな。
その意味は全然わからんかったがの。しかし世界規模の私物化に、流石の妾も恐れいったわ。
愉快愉快。
尤も、歴代最速で世界を救ってしまいよったがの。そこだけは恨むぞ、賢者セルアイカよ。
いや、やはり一発打ちかますかの。あの無表情爆弾娘が。妾のイチャイチャパラダイスを邪魔しよってからに。
「な、それは初耳だぞ…?! 本当…なのか…?」
「くは。どうかの。ま、だからこそ世界は救われた。そうは思わんかの? それに魔王は堕ちた。自分達のことは自分達で何とかせねばな。そうじゃ、ラファの血に頼ってはどうかの? 古くはヒエネオスに通じておろう?」
しかし、あやつの根回しは、おそらく大陸中に張り巡らされておるじゃろうからのぉ。
おそらく無理じゃろな…
「バルケア山でもそう言われたのだ…」
「ふむ…というかよく登ったのぉ…」
ここも険しいが、あそこよりマシじゃろ…しかも遊戯はまだ生きてなかったかの?
「オラウホロス様にはあったのかの?」
「それが…聖女派の方が早くに…辛うじて麓の街で聞けたのですが…」
「…お前達、ここからは内密な話だ。下がっておれ」
デルモトはそう言ってお付きの騎士と修道女を下がらせた。ははん。つまりあれかの。
「神の正体に手を出したのかの」
「やはりそれもか…しかしそれだけは我々が代々守ってきた教会の意義と神秘! この世界の開いてはならぬ扉なのだ!」
くく。そんな心にも無い事をよくも言う。大方、勇者と魔王の決着に、既得権益者達の反発が大きかったのであろう。
「ふむ。とりあえず妾がヒエネオスまで行こうかの」
「ほ、本当か!」
別にそのままでも良いが、これは妾をここから担ぎ出すための招待状かの。
「まったく、妾だけじゃ」
まともな嫁はの。
久しぶりに会うとしようかの。小便臭い小娘どもにの。
◆
「ミル様、本当に良いのですか?」
「蛇が大きく溜まりようがないからのぉ。それに大教会の嘆願じゃ。少しくらいよかろう」
救世大教会の支配がこのまま続いていくかどうかはわからんが、根付いた権威は厄介じゃからの。ここで恩を高値で売りつけておくのも悪くはなかろう。
ややこにも響くしの。
「出発は二日後とする。あやつらも疲れておるしの。メルシヲ、ウタチと共に頼んだぞ」
「はい、お任せください。ところでミル様」
「なんじゃメルシヲ」
妾の袖を掴んで何用じゃ、メルシヲ。ええい、離さんか。こやつ、また位階を上げおったな…
「そのモノリスは置いていってください。持ち出し厳禁です」
「…バレておったのか。抜け目ないのぉ」
「私が管理してるのです。当たり前です」
何をキリッとした真面目顔で言うておる。毎日夜遅くまで見とるだけじゃろが…いくら夜目が効くとはいえ、目が真っ赤じゃろ…
「じゃが無理じゃ。これは賢者が持ってこいとうるさいのじゃ」
ついでにミルカンデにも行くからの。喧嘩しにな。塔はまずいからの。近くに小島でも浮かんでおったはず。そこでやり合うとするかの。
「賢者様がなぜ…恥ずかしいどころじゃないのですけど…」
「そ、そうですよ! 伝説のびでおれたーはまずいですよ! 禁忌ですよ! 歴代勇者様がうなされるような脳破壊魔法なんですよっ!」
「ウタチは何を言うておるんじゃ…最近一番ハマっておろうが…」
「ギクギク! な、なぜそれを!?」
「…再生回数がわかるのですよ。自分より私の舞をそんなに見てるだなんて……あらあら、知らなかったのですかウタチ? くすくす」
「嘘……は! だからか! ニヤニヤしてたのはだからか! 言ってよメルシヲ!」
知らんだのか…残念な子じゃの…
「ま、ウタチの性癖は置いておいての。賢者のことじゃ。おそらく評価するのじゃろ」
「「何をですかっ?!」」
「さて、なんじゃろうな。みしゅらんとか何とか言っておったがの。あやつは意味のない言葉の中に意志を混ぜるきらいがある。おそらく儀式魔法かなんかじゃろ」
それを聞いたウタチがワナワナと震えておる。メルシヲは考え込んでおるな。
「賢いの定義を見直すことを提案したいのですがっ!? 絶対イヤですぅ!!」
「私も…イヤです」
「くく。妾は構わんぞ。だいたい拒否すれば他のが閲覧出来んじゃろが。諦めよ」
しかし、このモノリス、臨場感はあるが、こう、匂いとか感じとれんもんかの…まあ、それも賢者に聞き出すとするかの。れいてぃんぐがどうとか言っておったしの。解除できると言うことじゃろ。
「そんなぁ…ミル様は無敵ですか…」
「他の…それは私も気になりますが…ミル様、もしかしてこのアウロラですか?」
「そうじゃ。でーたーとかくらうどーとか言っておったが、大方魂の在り方を映しとる気じゃろ」
そう言ってこの魔力を帯びたゆらめく空のベルトを三人で見上げた。昼でも夜でも美しくたなびいておるわ。
ウタチはアホの子みたいな顔をして眺めておるな…お前には一度説明したじゃろうが。
「しかし、言い伝えでは魔王が滅んだこの後には剣の巫女が現れ神が降ると。何か関係があるのですか?」
「ああ、いや、じゃがおそらくは叶わん。顕現せんじゃろ」
「…勇魔…対消滅は…関係…ありますか?」
こやつも、姫巫女達を恨んでおるのじゃろな…まったく。大事の前の小事じゃ。気にするでないわ。
「あれも大陸中をウロウロとせねばならん難儀な儀式魔法ではあるが違うかの。このアウロラこそが鍵であり蓋じゃ。それに聖剣のやつ、単純に惚れておったわ。生娘のくせにイキり散らかしおって。偶然じゃろうが、共時率が異常に高すぎてピリピリしたわ」
「確かに…」
「怖かったです…」
意思を持つ武器は昔からいたがの。
他の魔剣も含めて、あんなにもプライドなく答えるのは異常じゃ。
それに普通、鞘から抜くのにあんな喘ぎ…音はせんからの…旦那様は仕様か、と溜息混じりに納得しておったが、そんなわけないからのぉ。
とんだ伝説の聖剣様じゃ。盟約のくびきをどう外したかは、知らんがの。
もうこの世界にはおるまい。あの浄らかに淀んだ気配を感じんし、魔王とともに潰えておればいいのじゃが、そうでなければ…
「旦那様が無事ならええがの」
違う意味での。
あんな災厄の化身を抜き身で連れ歩くなど、妾はいやじゃ。いや、それよりもまずはせねばならん事がある。
「右神官ウタチ-ウユマ」
「ッ、は!」
「左神官メルシヲ-サキョウ」
「はは」
「とりあえずあの教会の修道女どもを見張れ。いやな匂いがプンプンするわ。…ここを第二の檻にされてはたまらんからのぉ」
修道女の称号は知れんが、予想はつく。
聖女の天空からの攻撃を防ぐために連れて来たのじゃろうし、おそらく結界魔法に長けておるのじゃろ。
それに大司祭デルモト。あやつは大教会屈指の人族至上主義者みたいじゃからのぉ。ここは獣人ばかりじゃし、腹に何か隠しておるつもりでも、妾には見え見えじゃ。
「怪しければ」
「殺しても?」
「くく。任す。大司祭以外は好きにせよ」
専守防衛など、バカのすることじゃからの。
手のひらから溢れたなら、それは二度と帰らないのじゃ。
のぉ、コドクよ……ユーリンゲンの恵みは、滞りなく届け続けるからの…安心できるまで妾を存分に恨むといい。
それに、この[真理の円環]を万が一に気取られ邪魔されてはたまらんからの。
これこそが妾の願いの至る道じゃ。多くの精霊が反対するのじゃろうが、ついでに全力で潰すとしようかの。
くく。それなら早めに至れるであろう。
位階99へとの。
まったく、緩りと成すつもりじゃったが、仕方あるまいて。
「じゃが、うまくやれ」
経験値は精霊並みとはいかんが、結構オイシイじゃろ。
妾はもう一度、遥か天高く浮かぶアウロラの帯を眺めて、ニタリと笑いながらそう言った。
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