17 / 100 | 御手洗 えのる
─
鳴り止まない拍手を止めるために、京介は動いた。
「えーちゃん。大丈夫だ───"シュピリアータァ!"」
京介がその願いを空に叫んだ瞬間、駐車場全体を囲うように白い炎が立ち昇った。
危険を察知したミルメコレオの頭、吉富がすぐさまそこから出ようと試みるが、問答無用で跳ね返される。
白炎の中の人間は、京介の願いのとおり、さっきまでの裸体の記憶を奪われてしまう。
そのまま京介は右拳を凄まじい速度で地面に突き刺した。
すると白い炎に囲われた範囲が全て3メートルほど陥没し、水の抜いたプールのように変化した。
「うおぉぉぉ! 地震か?! おいおい、なんだこりゃ……」
皆一様に驚いたが、次の瞬間にはそういえばこうなっていたなと流していた。
「ビッとキメてくるぜ」
「え…やっぱ、り…あーくんなの…?…」
えのるは顔を赤らめ、手ブラをしながらそう呟いた。
一段低くしたことで、えのるの様子は不良達から見えなくなったはず。女の子一人のために、駐車場全体の姿を変えたのは、京介の驚きの気配り力だった。
脳筋とも言う。
◆
ザラタン田淵は、培った統率力を持って全員をまとめ上げ、へりに一列に整列し、そのまま休めの姿勢をとり、伝説のおかしらの動きを見ることにした。応援団のように華やかに壁を彩る。
その様を見た京介は呟く。
「へぇ…真っ白には──なったか」
シュピリアータの保護が外れた事で、突然現れ、場を支配したかのように振る舞って見える京介にミルメコレオのメンバーが腹を立てて恫喝する。
「誰だ、てめぇ!!」
「てめぇらに名乗る名前なんざ持ってねーよ」
「ああ?! んだとぉ! ──んぐっぁ…」
まるで相手にしないような平坦な口調で返されたことに怒り、殴りかかるが、恐ろしい力で顔面を鷲掴みされ、身動きが取れなくなった。
手ブラのえのるも息を呑む。
「とりあえず寝とけや」
「あ、が、がはっ! あぐぅ…」
そのまま地面に頭を叩きつけ、意識を刈り取った。
シュピリアータはこの世界で手に入れた、断片的な情報から再構築した、まだ見たことのない勇者像を楽しむことにしていた。
はんせいをいかすのー
「喧嘩上等……女を泣かす屑どもが。どんだけテメェらが
メンチを切り、両手で髪をかき上げながらニヤリと凶悪な笑みを零す京介。ザラタン田淵はもう一度惚れ、手ブラのえのるもゾクゾクと違うところと背筋が震えてくる。
それは、弱きを助け、強きを挫く――古き良き時代の不良であり、もう絶滅した硬派な暴走族そのものであった。
てんじょうてんげなのー
この精霊の一番の被害者が京介だった。
◆
きっと京介は涙を流して喜んでくれるの。きっとまたベタ褒めしてくれるの。
シュピリアータはるんるん気分で見守っていた。何せ、京介の記憶から引っ張り出したものも足したのだ。しかもどうしても派手になる魔法も今封じた。怒られるわけがない。
「派手に散れや────旋!」
「ぐあぁぁぁぁ!」
そこから繰り出されたのは――疾風のような回し蹴り。それを食らったミルメコレオの二人が派手に吹き飛び、周りを巻き込みながら転がっていく。
あ、そうなの。この後は、花祭りなの。産めよ増やせよなの。9番がそう言っていたの。戦いの後の人族はだいたいそうなの。
「まだまだ寝てんじゃねーぞ──破山!」
「ぅごはぁっ!」
そのまま起き上がれない男に、恐ろしい速さで繰り出される──下方正拳突き。右拳が男の腹部に突き刺さり、逃げ場の無い力が意識を刈り取る。
どこか…あ、ここで良いの。
京介が喧嘩の間、シュピリアータは鼻をピスピスさせながら、潰れたドライブインを丁寧に改築していった。
もちろん常識も改変して、誰も不思議に思わないようにしながら。
「知ってっか? 勇者からは逃げられないってよ?──開!」
「あぐ、あぎゃぁあぁっ!!」
男のファイティングポーズを一発の蹴りでこじ開け──そのまま踏み込んで右拳で顎をぶち抜く。
そういえば10番の犬は城を建てるって言ってたの。
ダズンローズの最中、カメラで彼女達は京介を覗いていたが、彼女達もまた、精霊に覗かれていたのだ。
「女ぁ、泣かしてんじゃねーよ───落花!」
「ぐっはぁぁぁあっ!!」
男の間合いに飛び込んだ京介は流れるように飛び──カカト落とし。ぶち込まれた男は前のめりに倒れる。
みるみる内に、ミルメコレオの男達は沈んでいった。
そして。
みるみる内に、西区の寂れた峠に、立派な白亜の城が建っていった。
大人しいのが出来たの。これで京介は咽び泣くの。女の子の涙も止まるの。
「泣いたって終わんねーぞ、クソ野郎ども。この藤堂の看板、そんなに安かねーぞ?」
「いひぃぃぃぃ」
もはや意識の無い男の髪を左手で掴み、右手で髪をかき上げながら獰猛な笑みを浮かべ、まだ意識のある最後の一人に伝える。
「あ、は…」
そのまま気をやり、ミルメコレオ最後の男は意識を失い、倒れてしまった。
「ちっ、もう終わりか……根性のねぇ…しけた野郎どもだ」
結果的にこれでもかとイキり倒すことになってしまったが、精霊にはわからない。とりあえず派手じゃないマイルドな体術縛りにしたから大丈夫だと、満足した笑みを浮かべたシュピリアータだった。
この京介ラブの精霊はいつも致命的にズレていた。
でも随分と古い技なの。流石勇者なの。正解なの。
◆◆
京介がふと我に帰った時には、どこか変なラブホテルみたいな一室にいて、えのるとのエッチの真っ最中だった。
「あーくん!あーくん!あーくん!」
「……まじか…」
マウントポジションをえのるに取られ、良いようにされていた。
城を作り終え、暇を持て余したシュピリアータによってえのるには強いバフが掛かっていた。具体的にはキメセク状態だった。
京介じゃないからセーフなのー
いろいろやりたい放題だった。
「まじよ! マジいい! まじいいわ!」
「え、あ! あ、ちょ、一旦やめ───」
「駄目! あーくんあーくんあーくん! 一緒に! えのるにキメて!」
ギリギリのところで避妊魔法を放ち、精も放った京介だった。
◆
「あーくんあーくんあーくんあーくん…」
「ああ、随分と…綺麗になった…」
腕枕をしながら、気怠い余韻を二人で楽しんでいた。えのるは頭をこれでもかと京介の胸元に擦り付けている。
「この身体…あーくんが治してくれたの?」
「ああ、魔法でな。これで……嘘つきにならずに…済んだ」
京介にはずっと昔にした、出来もしない約束をしたことにずっと後悔があった。その内の一人にまさか出会えるとは思ってもみなかった。
「……みんな、そんな事…思って無かったよ。ただ、なんで…なんで来なくなったの? あーくんは治ったの?」
「…父さんが死んで、鉛の本家に帰ることがなくなって。母さんもやる気無くして。だから病院も通わなくなって、かな」
京介の父、巧は突然眠るようにして死んだ。そして、その時の記憶がどうにも曖昧で、思い出そうとしても出てこない。
あれだけ父を愛していた母もまるで父を忘れたかのようになってしまい、随分と落ち込んだものだった。
「ごめんなさい…無神経に…」
「いや、良いんだ。それに、父さんの件は…不思議なことが多くて。だからまだ自分の中でも消化できてないんだ」
そしてこの状況もまだ消化出来てなかった。
「ちなみに……これどういう状況?」
「やん、やん、あーくんが素敵なお城の前で口説いたんじゃない! 私の為にあいつら全部やっちゃって! ビッとキメて! それから、そ、わ、私にも…ゴールを…キメるって…もー言わせないでよ〜!」
「……お城…ゴール…」
頬に両手を当てながら高速でいやんいやん、胸をぷるんぷるんするえのるを見て、京介はシュピリアータが久しぶりにやらかしたのだと認識した。記憶が曖昧なのは随分と久しぶりだった。
嫌な予感の正体はこれだったのだ。
そしてこれの怖いところは、後で記憶が追いかけてくるところだった。
イキり倒した記憶が徐々に蘇ってくる。
どうも、父が亡くなってからずっと封じていた、藤堂の技を使った記憶もある。
しかも建造物に拘りのある京介の意を組んで、この建物はアレフガルド建築の最高峰を模したはずだ。内装もよく見れば見覚えがある。そんなのかなり目立つだろう。
「それにしても…今はいったい何時────」
「やん、やん。そりゃあ、ね? こんな綺麗な身体になったんですもの…ね? えのるのこと、欲しく…なったのよ…ね? でも、まだまだ…まだまだ足らないわ。あーくんもきっと足らないでしょ? わかるわ…わかるでしょ…ね? わかるわよ…ね? あーくん……ね? ね?」
「……」
恋のアポストル。
身体と心に痣を持つ、12人の恋の使徒。
彼女達は初恋の裏切りと身体の怪我を理由に、ずっと心を閉ざしてきた女の子達。
身体の痣を心の痣に置き換え、情念によって突き動かされ、裏切りものをずっと探し続けてきた恋する乙女の成れの果て。
それが一度治ってしまえば。
思い出と再び出会ってしまえば。
裏切り者を見つけてしまえば。
それはそれは素敵な監禁系肉食女子にクラスチェンジしてしまうのだった。
「ん、もう、そんなに私と居たいって? 大丈夫大丈夫。あーくんはなーんにも気にしなくていいからね? ね? ね?」
通常であれば、そのドロドロとした情念に満ち満ちたこの乙女達に捕らえられたなら、二度と日の光を浴びることは叶わないだろう。
だが、相手が悪かった。
彼は、異世界アレフガルドきっての英雄。人族の限界を突破した暴力とエロの化身、勇者藤堂京介。
是非も無し。
暗濁色の仄暗い瞳を向けながら手首をギチギチに握り潰す勢いで掴み、膝をぐいぐいとお腹に突き刺してくるえのるを見て、京介はこの状況に全力で応えることにした。
「きゃっ! ちょっと、あーくん、私が、え、あ、あ、いやぁッ?! ぁ、あ、え?! あ!? ああッ!! ああああッ──!!!」
その夜、天養市西区の寂れた峠に、咽び泣く女の鳴き声が、途切れること無く、いつまでも響き続けたという。
シュピリアータに防音という概念は無かったのだ。
後に地元民からは夜鳴き峠と呼ばれ、ホラースポットとして有名になっていった。
初体験の嬌声をホラー扱いされたえのるがその事実を知り、悶絶するなんてまだ誰も知らない。
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