ダズンローズの花束

ダズンローズ1 - 口裂け姫のぼやき

| 東雲 詩乃



放課後。しずしずと板張りの廊下を歩き、生徒会室に向かう。伝統ある大前女子の校舎は建て替えなどはしていない。


大正浪漫。今だったらそう言うのかしら。


ふと廊下の窓から空を見上げる。大きな窓に遮られ少し透明感のある空があった。


今日の天気は…朝からずっと薄曇りでした。私の今の心と同じように。ならそろそろ涙は降るのかしら…


はー……死ねばよろしいのに。



「ご機嫌よう。東雲さん、生徒会のお仕事ですか?」


「あら、芝崎さん。ご機嫌よう。ええ、今からです」



「一年生で抜擢だなんて、流石は東雲さんですね。それにしても、よ、良いお天気ですね。あ、暑くなりそうで、ですね。あの、その、ところで"花束"のことなんですが…」



…まあ、いいお天気ではないし、今日はむしろ肌寒いのですが…まあ、仕方ないですね。



「どなたからご紹介を?」


「ミャーコさんから!…です…」



「ふむふむ。では主旨もご理解いただけているようですね。多言無用一連托生ですよ?大丈夫ですか?」


「は、はい!もちろんです!…そのつかぬ事を伺いますが、本当に……本物…なのですか? あ!いえ、決して疑っているわけではなく、その…」



それはそうでしょう。リアルで殿方と殿方が戯れるなど、想像の範疇に無いのでしょう。


しかも同学年。しかもヤラセなし。流石は京介さんですね。いえ…ノノメの魔法使い、京たん。


エリカさんは力になれなくて悔しがっていました。ほんっといい気味。


…死んだらよろしいのに。



芝崎さんは確か、芝崎造船の娘さんでしたね。お家もかなり厳しい家柄だと聞きますし。これは懐柔すれば派閥の力になるでしょう。


「ええ、純度120パーセントは間違いなく。オメガバースなどの創作でもありません。ですが…」


「で、ですが…?」


言葉を溜めると不安な顔を覗かせますね。ふむふむ。顔を赤らめ、もじもじと期待感も高そうですね…愛らしい顔立ち。スタイルは標準的。お尻は小さい…京介さんは…こういう子の方が好みでしょうか。


はーっ。円卓のみんな、お尻小さい…。


…死んだらよろしいのに。



「…何からおすすめするか迷ってしまいまして…芝崎さんは、何かお好きなジャンルなどはございますか?」


「わ、わたしはその、割とほのぼのとしたものが好きです。まだまだ初心者でして…」



「そうですか、そうですか。ではトレインにしましょう。その後はリングロードも。心の準備と耐性が出来ましたら、ゆくゆくはビーストかバーサーカーも。準備ができましたら"薔薇"に書き込みますね」


「は、はぃ!よろしくお願い致します」


「こちらこそ和光派閥へようこそ。歓迎します。芝崎さん」



この子にも京介さんの事を後々教えて差し上げましょう。





そのニュースが飛び込んできたのは先週日曜日の夜でした。


祝福が大半だったが、みんなのメッセ、一文字の裏に潜む感情を私は見逃さない。そして私も隠さない。


なのに、気付かず浮かれてやがる。


特にエリカさんと聖さん。


この二人の初体験お花畑マウント。


絹子さんと瑠璃さんはそんな事しなかった。


特に絹子さんは昔から無口でしたが、あの子は経験者マウントなんて取らない。



『お姉さんに、任せて』



それだけを書き込んでいました。


本当に良い子。


円卓協定にあるように、もし一回致したら一周するまでは一回お休み。遠方の子が不利ですからね。


絹子さんは守るはずですが、エリカさんと聖さんはどうかわからない。ルーリーはそもそも天真爛漫過ぎてわからない。



聖さんとエリカさんは言いました。


求められたなら仕方ないよね?よね? と。



こいつら誘う気満々じゃない。


───なんて意地汚い子達なのかしら。そんな事だから愛香さんに負けるんですよ……私もですが……



みんな死んだらよろしいのに。



先週の月曜日はずぅーとエリカさんのターン。昔、愛香さんにつけられた名前の通りの空気の読めないポンコツ具合。私は秘技唇スラッシュで咄嗟に表情は取り繕いました。周りの目もありますしね。そして言葉の端々にじゅを混ぜたのに気付かない。机に指で呪と書いても気付かない。足で呪と書いても気付かない。


浮かれポンチのエリカは気付かない。



しかもその日曜日は円卓のためにと、プロファイリングしたり、行動予測したり、いろいろと策を準備したりと家で一人黙々と作業してましたのに…


本当にずるい人達…


気を取り直しての明くる日の火曜日。今度はまさかの大穴、ガサツの極み、純さんが覚醒のターン。

繊細な秦野の技を強引に進化させた秦野の麒麟児。万馬券。一等宝くじ。超絶お馬鹿。


しかもいつの間にか超あざとい未知瑠さんまで。長く続く歴史ある八文字の技をアイドルに全フリした異端児。天与の資。行動お馬鹿。


どっちもアホなのに……

アホ強いのに…


もう!か弱い私に譲ってよ!

格闘センスの無い私に譲ってよ!



純さんはともかく、どうも未知瑠さんは私が書いた呪いのブログを見て行動に移したそう…


──書くんじゃなかった! 私の馬鹿馬鹿!


まさか二日続けて日記を真っ黒にされるなんて思いもしませんでしたよ!


誘いなさいよ!なんで誘わないのよ!馬鹿じゃないの!馬鹿じゃないの!馬鹿じゃないの!


は! そうだった!


あの子たち、馬鹿の子だった!


あいつらいっつもそう。昔っから!


稽古でも何度痛いって言ってもやめてくれなかった!


笑いながら…ぐぬぬぬ…


は─────っ。


……東雲の技を継ぐには私は向かなかった。悩んでいた時、京介さんが私の心を救ってくれた。京介さんも悩んでいたから二人だけでよくお話した……


それに…あれは今日の天気のような薄曇りの日。


突然の雨だった。


びちょびちょになった私たちは一緒にお風呂に…… でゅぇへへへ…


『──ノノメちゃん。先に使って。タオル取っ───うん?ノノメちゃん?…あれ、なんで…手を引くの?何でもう脱ぐの?!何で黙ってるの?!ノノメ…ちゃん…? ノノメちゃん!!それ食べものじゃ───』


京たんの京たん……でゅぇへへへ…可愛いかったなぁ〜〜……。


それなのに、なんなの二人してソプラニーノだなんて…!


あんなに可愛いかったのがそんなのになる訳ないじゃないですか!


きっと可愛いままです! ふん! 馬鹿にして!



そして今日は二人揃ってのあーだこーだのノロケ合戦…


ほんっと、死んだらよろしいのに…。



私は空を見上げて呟きました。


「転校…したいな…」





「な〜詩乃〜そろそろ機嫌直してくれよ」


「純さん。それ以上、私の心をこすると…燃えますよ」



「あん?擦る?燃える?」


「この学校の秦野派。右派も左派も…火をつけて差し上げましょうかあぁ──? それはそれはメラメラとメラメラと良く燃えますよぉぉ──? まるで大森林の火災のように、ね? 下準備はパーペキです」



「…あの百合軍団か? まさか詩乃の仕業か?!」


「いいえ、まさかまさかそのような事は致しません。秦野派は元々中等部から存在した派閥ですし、他校にだってありますし。ただ……これ以上無自覚に私の心を擦る発言は容認出来ません。京介さんとの事です。擦れば燃える。当たり前でしょう?」



「あん? なんだ、擦るって京介のナニの話か? ありゃあすごかったな。エリカの話は嘘じゃなかったぜ! それにああいうのがワカラセってやつなんだろうな! 見事にワカラセられちまった!なんてな! だっはー!」


「痛ぁい!〜〜〜ナニの話じゃありません!けど!当たってます! それです! なんでなんでみんな私に話したがるんですか! もう何回目ですか! 私だってムカムカムカついたりする事はあるんですよ! こういうのは胸のうちに秘めていて下さい! 京介さんにも失礼でしょう! 聞きたい時はこちらから聞きます!」


「だってよ〜誰かに聞いて欲しくてよ〜詩乃聞き上手だろ〜? あっ! そうそう、それでさ、京介は言ったんだよ、俺に任せろ、ってよ〜格好良くてよ〜」


「……」




「あ、そうだ、詩乃……知らないのか? 擦ったら燃えるんじゃなくてよ…────いっぱい、出るだけなんだぜ? まったく、不思議だよな!」


「…ぶちっ」



私は秘技唇スラッシュをし、スマホをすっと取り出しました。


このお馬鹿のノロケ時の写真をこのタイトルとともに秦野派に流す事にしました。



『純様に男が?! お相手は幼馴染!?』



ノロケ顔は何かに使えるかもと先週撮っておきました。ノロケ中、マジ暇だったから、とも言います。



もう、無理。ノノメ、マジ無理。


京たん、ごめんなさい。


はい、ポチっとな。



…これで、学内は純さんを狙う秦野穏和派が真相ときっかけと多様性を求めてひっきりなしに純さんの元に訪れるでしょう。


これで、学外では秦野超過激派が京介さんに迷惑をかけるでしょう。


あの子たち、しつこいですからね。


『恋アポ』でも使って必ず探し出すはず。


そして………巡り巡って純さんが問い詰められるでしょう。



うふふふふふ。


京介さんに、怒られて嫌われたらよろし。


うふふふふふふ─────





「なー、純様に男ってよー…本当だと思うか?つーか、この顔…いいじゃんね」


「……あの少年のようなくったくのない笑顔を…こんな淫らなメス顔に…みんなに連絡を」



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