アレフガルド

港街イセリア / 人魚讃歌_低音

「アーシェ!、ネリア!」


「イリア!」


「久しぶりだね! イリア!」



私とオルネリア、アスターシェは人魚の里でも人気のある三人組だった。

私達三人は幼馴染で一番の親友だった。



「久しぶり、二人とも」


「本当にね」

「イリアも元気そうね」



私はイセリアに住み、二人は里で暮らしていた。今日はお互い子供は預かってもらい、年に一度の結婚記念日を、ここ港街イセリアで祝うために集まったのだった。



「順調?」


「もちろん!すっごく可愛いんだから!」

「私も。わかる。ますます似てきた」



あの日からもう2年だ。

あの日───勇者様がいらした時は紅月が満月だった。満潮になり、人魚族の力が一番のピークを迎える、そんな日だった。


つまり、排卵日だった。


あの日は私達が貞操帯を初めて外した日であり、勇者様と同衾した日であった。


つまり、合同初夜だった。



そして、三人ともめでたくヒットした。





あの日。勇者様が海運の要所、港街イセリアに滞在したのは運命だった。


その日、たまたま私達三人は、私達の住む人魚の里「ディープブルー」からイセリアに遊びに来ていた。


イセリアで離れて働く母にお土産でも渡そうと立ち寄ったら、慌てて飛び出してきた母にぶち当たった。


もーなんなのよー、なんて言いながら笑っていたら、真剣な表情で母が一言、勇者様がいらした。と漏らした。


定期便に間に合わず、本当は素通りするはずが一夜だけ滞在することになったらしい。


私達三人はお互い見合った。勇者様が別世界から召喚された事は知っていた。


私達三人が夢中になった勇者物語の勇者様。


その今代様がいらしている。その事を知った母は私を娶って貰おうと私を呼びに急いで出ようとしていたのだ。


人魚は女性しかいない。


子孫を残すには他種族を連れて来なければならない。


過去から続く人魚の生き方だった。


 

このイセリアの近くの海底に私達の里「ディープブルー」はある。ここ200年ほどでイセリアとは協力関係を築いていた。


だけれど、昔は私達の種族は海の悪魔と呼ばれ恐れられていた。子孫を産むため、船の男たちを攫い種を得ていたからだった。


攫う時は決まって喉にある特殊な器官を使って、唄を歌って誘い出した。唄には幻惑の魔法が宿り、男達を興奮させ、まどろむ幸せの中で交わり、命を奪っていた。命が散る瞬間がもっとも生命力に溢れた種を吐き出すのだと信じられてきた。


そんな事を続けていたら、名のある冒険者たちに狙われだした。多くの同胞が死んでしまい、ついに残り僅かになった人魚の生き残り達は、あるひとりの冒険者の男に助けてもらった。


なんでもその男は、自分は勇者の血筋だからと過去の勇者様の救世の軌跡を辿って旅をしていたそうだ。


そうして、提案してくれた。

旅の途中に訪れたというある地域は、過去の勇者様によって種族差を克服したそうだ。


その事を例にあげて。


それは、人魚族の繁栄のための娼館設立と、イセリアの発展のための近くの海洋の警邏と海底資源の探索だった。


人族にとって、探索とは心が沸き立つ事であり、人生の娯楽だった。特に沈没船などは、人魚にとってはさして興味がないが、イセリアの人族は夢中になった。


逆に、人魚族にとって多種族と交わることには抵抗ないが、暁月が満月でもないのに年中交わるなんて、思ってもみなかった人族の習性に、人魚族は困惑していた。


お互いに利益しかないことには当然疑ってかかり、お互いにまだまだ信用ならなかった人魚の族長とイセリアの市長に、冒険者の男は根気よく説得してくれた。



それから200年経ち、今では朗らかに笑いあう、多種族の行き交う街になった。


と、イセリアの娼館「人魚の唄」でかつて美姫と呼ばれ、現オーナーである私の母は笑いながらそう言っていた。


私達はそんな冒険者の男の直系だった。



カウンセリング、と称してなるだけ待合室に滞在してもらい、母が人魚の注意点などを話している隣室で、私達は浮かれながらも作戦を練っていたのだった。


勇者様は魔力操作に長け、避妊魔法を駆使するが、その当時はまだまだ人魚の方が魔力操作は上だった。


海に住む人魚族は魔法の通りにくい海底で生活しているため、多種族より魔法に長けていた。


その上、幼馴染三人による、音階を完全調和させ、融合させた唄の魔法も披露することにした。まさか小さな時に遊びながら作ったこの魔法が勇者様と結ばれるための讃歌になるだなんて思ってもみなかった。


勇者様は幻惑により、避妊魔法が掛かっていると誤認させられた。噂を聞いた他の希望する人魚達から預かったタマゴにかけてもらった。


まるで大洋に住む一角獣、ダナクァントの聖なる角のようなシンボルから放たれた求愛の証は素敵だった。率は下がるが、みんな満足していた。


私達三人は念には念を入れ、後ろを使っていると幻惑魔法で思い込ませ、心理的ハードルを下げた上で初めてを捧げた。


打ち合わせ通りの、見事な幼馴染連携だった。しかも、人族に化けた姿と、人魚の姿の贅沢うねり二回転コースだった。


特に幻惑にかかった勇者様は最高に素敵だった。


微睡む黒い瞳は深海の暗さを湛えたような、黒真珠のようで。


私達の潮で濡れたしっとりとした艶のある黒い髪は、深海に揺蕩う人魚族の聖なる木、パゥロシェントのようで。


正に深海の神秘だった。


私たち幼馴染三人はその異世界の神秘を前に、恋に落ちながら、愛に生きることを誓いあった。


もちろん後ろも後で余すところなく捧げた。


その日は、つまり、私達三人の合同結婚式でもあったのだった。

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