第85話 キャンプ

「海だ! キャンプだ! 水着ギャルだ! 自由だー!」


 千葉県南房総市にある海沿いのキャンプ場へとやって来た亮は、駐車場に止まったバスから降りた途端に両手を突き上げて声を張り上げた。

 二日前に学校の図書室で課題と激戦を繰り広げた後の解放感からか妙にテンションが高い。


「お前はまだ課題終わってないだろ」

「気分が良かったのに現実を突きつけるなよ……」


 続けてバスを降りた颯真が冷ややかな目線を向けながら冷静にツッコむと、亮は露骨に肩を落とす。傍目にもわかる程、みるみるうちに顔から覇気がなくっていく。


 二日前に全ての課題を終わらせた颯真に対し、全く手付かずだった亮はまだ四割ほど残している。

 夏休み中に課題を終わらせられる目処が立ったのでキャンプに来られているが、帰宅した後は机に張り付いて残りの分を片付けなければならない。

 現実逃避してキャンプを楽しもうと思っていたようだが完全に自業自得である。


「羽目を外し過ぎないようにな」

「う、うす!」


 背後から掛けられた脱力感のある渋い声に、亮は反射的に背筋を伸ばして焦り気味に頷いた。


「俺の仕事が増えるのは面倒だからやめてくれよ」

「本音が駄々漏れっすよ……」

「部活の顧問なんてボランティアみたいなものなのに問題が起こったらその処理までしなくてはならないんだ。面倒に決まってるだろ」

「それを生徒の前で言いますか……」

「部員じゃないお前達の監督責任まで俺にあるんだぞ。愚痴の一つや二つくらい零しても良いだろ」

「お世話になります!!」


 愚痴を零す渋い声の人物は演劇部の顧問を務めている藤堂とうどう先生だ。

 緩くパーマを掛けている長めの黒髪と顎髭が特徴で、黒のスラックスに、白のワイシャツと黒のジャケットを合わせており、表情と立ち居振る舞いに脱力感がある。

 

 彼は顧問として映画研究部の自主制作映画に出演する演劇部の生徒の付き添いでやって来ている。


 学校が所有するマイクロバスを藤堂が運転して映画研究部の部員と出演する演劇の部員をキャンプ場まで連れて来た。

 颯真、亮、千歳、慧、唯莉の五人は、藤堂に頼み込んで同乗させてもらったのだ。そのお陰で交通費を節約出来ている。

 また、キャンプをしている間は藤堂が保護者の立場になるので、何か問題が起こった際は当然責任を負わなくてはならない。

 そのことに考えが及んだ颯真は勢いよく九十度の角度で腰を折ってお辞儀をし、隣でボケっとしている亮の頭を掴んで強引に頭を下げさせた。


「だから問題にならない範囲で上手くやることだな」

「流石先生! わかってらっしゃる!!」


 遊びたい盛りの男子高校生の気持ちがわかるからか、藤堂はあまり風紀に厳しくなかった。元々校則に厳しくなくてフランクな性格の彼らしい対応とも言える。

 その点、颯真とは非常に相性が良かった。現に颯真は喜色を顕にしている。


 強引に頭を下げさせられた亮は、帰ったら課題をやらなくてはならないという事実に打ちひしがれて心ここにらずであった。


「でもれいちゃんもいるから藤堂先生が一人で肩肘張らなくても良いのでは?」


 頭を上げた颯真は映画研究部の部員と会話している女性の姿を視界に捉えると、無意識に疑問が口から零れていた。


「……こういう場であいつを当てにしたら駄目なんだよ」


 一瞬だけ背後に視線を向けた藤堂は盛大に溜息を吐く。


「そ、そうなんすね……」


 悟ったような遠い目を虚空こくうへ向ける藤堂の姿に、颯真はなんと言葉を返したら良いかわからなくて苦笑するしかなかった。


「それにしても風が強いですね」


 居心地が悪くなった颯真は少々強引に話題を逸らす。


「ここは海沿いだからな」


 東京とは違い、涼しい海洋性気候のお陰で夏でも快適に過ごせる南房総市は避暑地にもってこいの場所だ。現在の気温は二十五度で、海風もあるので外にいても苦にならない。少々湿度が高いのは気になるが。


「夜は肌寒くなるかもしれないから気を付けるように」


 藤堂はスキニーパンツにポロシャツを合わせている颯真と、デストロイドジーンズにTシャツを合わせている亮に視線を向けながら注意を促す。

 確かに上着は用意しておいた方が良いかもしれない。


 二人が頷いたのを確認した藤堂は演劇部の部員のもとへと歩を進めた。


「そう言えば、サネはまだ来てないのか?」


 藤堂の背中を見送った亮は、ずっと気になっていたことを颯真に尋ねる。


「サネは滝田城跡たきだじょうあととか遺跡に色々寄ってから来るって言ってただろ」

「そうだっけ? まあ、でも、サネは歴史好きだし納得だな」


 実親はツーリングを兼ねてバイクでキャンプ場へ向かうことになっていた。

 ついでに寄り道をすると事前にみんなに伝えていたのだが、亮は失念していたようだ。


「だからそのうち来るだろ」

「そうだな。気長に待つか」


 仲間が一人不在なのは残念だが、友人の趣味を邪魔するほど二人は野暮ではない。


「それにサネがいたら水着ギャルをみんな持って行かれてしまう!」

「確かに颯真の言う通りだ! 独占はさせんぞ!!」

「今のうちに確保しておくに限る!」


 実親は水着ギャルをナンパする気も、お持ち帰りする気もないので余計な心配である。

 そもそも誤解を生みかねない発言なので、もし本人がこの場にいたら「勘弁してくれ」、と苦言を呈していたことだろう。


「善は急げだ! 早速ナンパしに行くぞ!!」

「おうよ! どうせナンパしてもサネが来たらそっちに行っちまうんだろうけどな!!」


 颯真は実親がいない今がチャンスとばかりに血気盛んにビーチへ駆け出す。

 その後を追い掛ける亮は、ナンパしたギャルが実親に吸い寄せられる光景を幻視してしまい、なかばやけくそ気味に不満をぶちまけた。

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