第51話 メイド
回想にあったやり取りを経た結果、二人はラブホテルで夜を明かすことになった。
そして場面はラブホテルで過ごしている現在に戻る。
「寝る前にお風呂入るよね?」
ベッドから降りた紫苑は首を傾げながら尋ねる。
「ああ、そうだな」
「なら沸かすねー」
長時間移動で凝り固まった身体を湯に浸かって解したい気分だったので、実親は間を置かずに頷いた。
返事を聞いた紫苑は何故か着替えの入った鞄を持って浴室へ向かう。当然実親は不思議に思ったが、軽く首を傾げるだけで尋ねることはなかった。
浴槽に湯が溜まるまで時間が掛かるので、実親は鞄からポメラを取り出して執筆に励む。
目で追うのも大変な速度で文字を入力していく。まるで初めから書く文章が決まっていたかのように。
そのまま数分過ごしていたが、一向に紫苑が戻って来ないことに気が付いて手が止まった。
浴室のリモコンを操作するだけで良い筈なので、数分も戻って来ないのはおかしい。浴槽に湯が溜まるのを待つならソファにでも座ってのんびりしていれば良いのだから。
何かあったのだろうか? と思った実親はソファから立ち上がろうとする。
しかし、その前に脱衣所の扉が開いた。
「遅か――」
時間が掛かっていた訳を尋ねようと思い実親は口を開いたが、予想外の光景を目にして言葉を最後まで発することが出来なかった。
何故なら、扉から出て来た紫苑はメイド服を着ていたからだ。
「……」
戸惑いと衝撃で実親は二の句が継げずにいる。
それをよそに紫苑は上機嫌で口を開く。
「巨乳美少女メイドが愛しのご主人様にご奉仕をしに参りましたー!」
紫苑が着ているメイド服はロングドレスで装飾が少ない王道のヴィクトリアンメイドではなく、メイド服の中でも特にスカートの丈が短くて露出の多い、性的劣情を誘うデザインが特徴のフレンチメイドだった。
スカートは臀部が見えるのではないかと思うほど短い。
太股にはガータベルトが見えており、フリルの付いたストッキングがしなやかな脚を扇情的に彩っている。
大きな穴が開いている胸元ははっきりと谷間が姿を見せていて紫苑のIカップが強烈な存在感を放っていた。
「どう? 似合う?」
そう言って紫苑は一回転する。
すると背中の部分も布がなく、彼女の白くて傷一つない綺麗な肌が露になっていた。
「天女が舞い降りたのかと思うくらい美しくて似合っているが、それはどうしたんだ……?」
「今回の為に買った!」
「……」
ドヤ顔でピースする紫苑の姿に実親は顔を引き攣ってしまう。
「そんな金があるなら交通費を出せたのでは?」と思わずにはいられない。
「バイト先の知り合いに安いお店を紹介してもらったからそんなに大きな出費じゃなかったよ」
実親の心情を察した紫苑はちゃんと説明する。
交通費と宿泊費を出してもらっているのに無駄な出費をしたと思われるのは流石に良くないと思ったのだ。
「どんな知り合いだよ……」
「コスプレ好きの子だよ。えっちな趣味の人じゃないよ。まあ、えっちな衣装もいっぱいあったけど……」
店内の様子を思い出した紫苑は乾いた笑いを漏らす。
「つまりそういう店だったんだな」
「でもちゃんとコスプレの衣装も売ってたよ。アニメのとか」
「そういう問題ではないんだがな……」
実親は深々と溜息を吐く。
頭を抱えたい気分になったが、疑問を解消する為には尋ねなくてはならない。
「買うのはお前の自由だからとやかく言うつもりはないが、何故それを
そもそもメイド服を持ってくる必要などないし、荷物になるだけだ。
実親が疑問を抱くのは尤もだろう。
「それは勿論ご主人様にご奉仕する為だよ」
と言いながら胸を張る。
大きな穴が開いている部分からブルンと揺れるご自慢のIカップが見えて無視し得ない存在感を放っているが、果たして狙ってやっているのだろうか?
「……」
「あれ? もしかしてメイドは趣味じゃなかった?」
日頃から世話になり、今回も交通費と宿泊費を出してもらっている身としては少しでも恩返しをしたかった彼女なりの気遣いだった。悪ノリも多分に含まれているが。
しかし、実親の反応が芳しくないことに若干の焦りを浮かべている。
「いや、そんなことはない」
「なら良かった」
実親がすかさず否定したことで紫苑は安堵して肩の力が抜けた。
「お前のその姿はショーケースに飾っておきたいくらい心惹かれるものがあるが、そんなことをする必要はないんだぞ」
目が離せないほど魅力的なのは否定しようがない事実だし、厚意は素直に嬉しい。
とはいえ、別に感謝されたくて世話を焼いている訳ではない。好きでやっていることだ。なのであまり無理しなくても良い、と実親は言いたかった。
「私が好きでやってることだから良いのー」
そう言いながら紫苑は実親のもとに歩み寄る。
どうやら要らぬ心配だったようだ。笑みを浮かべていて上機嫌なのが良くわかる。無理をしているどころか、寧ろノリノリであった。
「ご主人様のお隣失礼しまーす」
そしてソファに腰を下ろて実親の左隣を陣取り、「さ、どうぞ」と言って自分の太股を両手でぽんぽんする。
「ご主人様専用の膝枕ですよー」
スカートとフリルの付いたニーハイソックスの間に存在する絶対領域の神々しさと、ガーターベルトの妖艶さ、二つの相反する魅力が上手く融合していて実親の琴線を刺激していた。
「ほらほら」
待ち切れないと言わんばかりに紫苑は両手を実親の頬に添えて優しく自分の膝に誘導する。
彼女の誘導に抗うことなく身を任せて横向きに倒れ込むと、実親の左頬が細過ぎることも太過ぎることもない丁度良い感触の太股に触れた。包容力の塊に包まれて人肌の温もりが頬から伝わってくる。
「良い太股だな」
癖になりそうな心地よさに実親の身体から力が抜けていく。
「ふふん、太股にはちょっと自信あるからね」
嬉しそうに笑みを浮かべる紫苑の口調は軽やかだ。
「でも一応言っておくけど、こんな格好をするのはご主人様限定だからね。他の人の前ではしないから」
実親の髪を慈しむような優しい手付きで撫でる。
「膝枕をするのも男子ではご主人様限定だよ」
「和島先輩には頻繁にしているもんな」
「真帆ちゃん先輩は可愛いからねー」
真帆には日常的に膝枕を提供している紫苑だが、男子では実親が初めてだった 誰彼構わず膝を許す訳ではない。男子なら尚更である。
それだけ彼女にとって実親は特別な存在ということだ。
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