第31話 水着

 今日は午前授業だったのでいつもより早い時間に学校から解放された。


 日差しが燦燦さんさんと降り注ぐ日中。息苦しさを感じる程の蒸し暑さに絶え間なく汗が流れて来て気が滅入る。体調を崩す前に冷房の効いた室内に避難したいところだ。

 

 ハンカチで額に流れる汗を拭うスーツ姿の男性。

 鞄からペットボトルを取り出し、既に温くなっているお茶を飲む女性。

 暑さなど関係ないのか元気が有り余っている男子高生。

 暑さから逃れるようにいち早く室内に駆け込む女子高生。


 人々は本格的に真夏が到来したことを肌で体感していた。これから暫くは時折吹く風に癒される日々になる。


 そのような光景が広がっている中、町田駅の北口を出てすぐのところにあるデパートに三人の女子高生の姿があった。

 千歳、慧、唯莉の三人だ。


 三人は照りつける太陽から逃れて「ほっ」と息を吐く。

 冷房のお陰で汗が引いていき、暑さの所為で怠かった身体が活力を取り戻す。


 今日は目的もなく遊びに来た訳ではない。暑いのを我慢してまで来た理由がある。


 三人は目的の場所を目指してエスカレーターに乗ると、先頭にいる千歳が振り向いて口を開く。 


「今日めっちゃ暑くない?」


 今日の千歳はいつもと違いサイドテールにしている。髪を下ろしていると熱が籠って蒸れるからだ。普段は隠れている首元が露になっいて新鮮味がある。一部の人の性癖には刺さるかもしれない。うっすらと流れる汗が一段とフェティシズムを刺激する。


 制服の着こなしはいつも通りだが、流石に長袖だと暑いので今日はピンクの袖なしカーディガンを着ていた。

 サイドテールにしているのでピアスとネックレスが隠れずに煌めいている。


「今日は三十五度だってニュースでやってたよ」

「やば」


 嘆息する慧は登校前に観たニュースを思い出す。

 彼女もだるような暑さには辟易していた。ワイシャツの胸元を掴んであおぎ冷気を送り込んでいる。


 先にエスカレーターに乗っている千歳からは見下ろす形になり、慧が胸元を扇ぐ度に黒のプラジャーが見えていた。


「慧はほんとに黒が好きだよね」

「……見過ぎじゃない?」


 慧は千歳の見つめる先が自分の胸元だと気付き苦笑する。

 それでも隠そうとせずに扇ぐのを止めない。気心が知れているので、この程度で恥ずかしがることはなかった。


 彼女は普段から黒い衣服を身に付けることが多い。

 千歳は親友として慧の私服姿を良く目にする。なので慧は黒が好きなのだと自然と認識していた。


「まあ、確かに好きだけど」

「かっこいいし似合ってるよね」


 最後尾にいる唯莉が顔を覗かせる。


 慧は普段の服装はクールな印象が強い。

 スカートは穿かずにパンツスタイルが基本だ。高い身長とスラっとした身体つき、長い手足も相まって凛々しさが増し、女性からの人気が高そうな身形だ。

 今は制服なのでスカートだが、それでもクールな印象を周囲に与えていた。


 二階に到着した三人は三階へ続くエスカレーターに乗り移る。


「でも黒は暑そう」

「慣れれば気にならないよ」

「そうかなー」


 黒は太陽光を吸収し易いので熱が籠る。単純に黒は視覚的にも暑く感じてしまう。真夏には不向きの色かもしれない。


 その点、慧は幼い頃から黒い衣服を好んで身に付けていた。なのですっかり慣れてしまっている。暑いのは間違いないが、我慢出来ない程ではなかった。


 しかし唯莉は半信半疑なようで、怪訝そうな表情になっている。


「首は暑くないの?」

「うん」

「私は耐えられなくて結んでるのに」


 慧は制服をいつも通り着こなしている。カーディガンがない分千歳と唯莉よりは薄着だ。

 襟足が長めの髪型なので首が隠れていて暑そうだが、本人は平然としている。


 対して唯莉は暑さ対策の為に髪をツインテールにしていた。

 制服は千歳と同じで袖なしのカーディガンに変えているだけで、他に変更点はない。ちなみにカーディガンの色は赤だ。


 三階に到着するとエスカレーターを降りて目的の店へと向かう。

 その間に数人の買い物客とすれ違った。


「着いたよ」


 千歳は店舗の前に辿り着くと足を止めた。


「いっぱいあるねー」


 唯莉が店内を見回して瞳を輝かせる。


 三人の眼前には色とりどりの水着が陳列されていた。


 夏休みには海に行く予定だ。

 水着もファッションの一部なので女子としてより可愛く、魅力的に映る水着を着用したい。故に水着を新調したくて買い物に訪れていた。


「どれにしようかなー」


 唯莉が真っ先に店舗に足を踏み入れる。軽やかな足取りだ。

 その後に千歳と慧も続いた。


 三人は目に付いた水着を手に取って見定めていく。

 暫く思い思いに店内を見回っていた。


「ちーはおっぱい大きいから合うサイズあるのかなー」

「ちょ!?」


 千歳が陳列されている水着に気を取られていると、背後から近付いた唯莉に胸を鷲摑みにされた。

 不意を突かれて驚いた千歳は飛び上がりそうになる。心臓が止まるかと思った程だ。


「あれ……?」


 唯莉は驚く千歳のことを気にせず胸を揉みしだく。

 始めは軽いノリだったが、違和感を抱いてからは真剣な表情になって揉んでいる。弾力のある胸に指が沈み込んで指の隙間から胸が溢れそうになっていた。


「……また大きくなった? 前揉んだ時より大きい気がするんだけど」


 唯莉が千歳の胸を揉んだのは今日が初めてではない。何度も揉んでいる。

 しかし以前揉んだ時と今とでは揉み心地に違いがあった。

 その違和感の正体を探る為に吟味するように揉みしだいて導き出したのは、胸の大きさであった。


「確かに最近ブラがきついけど……」

「やっぱり」


 重力に逆らうような張りのある胸。

 衣服の上からでもわかる弾力。

 指が沈み込み、優しく包み込む包容力。

 魅力溢れる千歳の胸の虜になって無我夢中で揉みしだいている唯莉は頷いているが、全く締まりのない顔だ。


 されるがままの千歳は顔が段々紅潮していき、唯莉のテクニック? に身を震わせてしまう。

 その反応を見逃さなかった唯莉が愉快そうな顔つきで尋ねる。


「あ、感じた?」

「何言ってんの!」


 図星だった千歳は先程までとは違う意味で顔を赤らめる。耳まで真っ赤だ。

 誤魔化そうとして懸命に平静を装っているが、悲しいことに全く説得力がなかった。


「それよりいつまで揉んでるの!」


 身を捩って唯莉の魔の手から脱出を試みるも、残念ながら身体に力が入らない。


「良いではないか、良いではないか」

「悪代官!?」


 唯莉は余程たのしいのかノリノリである。

 いや、悪ノリだ。変態おやじと化している。


 人目も憚らず百合を展開している二人の背後から呆れを隠し切れない表情で近付く影が一つ。


「何やってんの」


 影の正体は慧であった。

 彼女は背後から近付くと、唯莉の短いスカートをたくし上げる。


 すると当然臀部が丸見えになる。肉付きの良いプリっとしたお尻だ。

 いつもは隠れている乙女の花園には、サイドストリングにチュールをふんわりと被せた赤いショーツの姿があった。

 下尻が見えていたのは本人の名誉の為に黙っておいた方が良いだろう。


「きゃ!」


 唯莉は千歳の胸から手を離して自分のスカートを抑える。


「赤か。情熱的だね」

「慧のえっち!」

「それをあんたが言うか……」


 恨みがましい眼差しを向けるが、慧には全く効いていない。

 その事実に唯莉は頬を膨らませる。


「慧ー、助かったよー」

「よしよし」


 慧のお陰で魔の手から逃れられた千歳は助けを求めるように彼女に抱き着く。

 呆れた顔で千歳の頭を撫でる慧は、まるでいじめられた妹をあやす姉のようであった。


「ふざけてないで水着選ぶよ」


 慧が深々と溜息を吐く。

 重い物を吐き出すかのような溜息は彼女の心情を表しているかのようだ。

 いつものこととは言え、二人の面倒を見る慧はやはり苦労人であった。


 その後は水着選びを再開して和気藹々と過ごしていたが、千歳は慧の腕を掴んで離さなかった。

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