第41話 合流
電車に揺られること五十分弱。紫苑と待ち合わせしている江ノ島駅に到着した。
やはり実親と伊吹の二人組は目立つようで同じ車両にいる乗客からちらちら視線を向けられていたが、無視を決め込んで談笑していた二人には五十分弱の時間は楽しくてあっという間だった。
二人は電車を降りる。
実親は降りる時に頭をぶつけないように気を付けながら扉を潜った。
背が高いのは良いことばかりではない。油断して頭をぶつけることも
電車に乗っている時に紫苑から『コーヒーショップで待っている』、とメッセージが来ていたので、改札を通過すると駅の隣にある店舗へ向かう。
日差しが燦燦と降り注いでいて蒸し暑いのに外で待ってなどいられないだろう。風もあまり吹いていないので尚更だ。
店内に入ると視線を彷徨わせて紫苑を探す。
流石に人気のチェーン店だけあり混雑していたが、思いの外すぐに見つけることが出来た。
視線の先で紫苑が手を振っている。
やはり彼女も良く目立つ。
学園の美少女の一人に数えられているのも納得な存在感を放っていた。
「待たせたな」
「そんなことないよ」
実親は紫苑の左の椅子に腰を下ろす。
「久世さん……セクシーな上に可愛いのは反則だと思う」
紫苑の右隣の椅子に腰を下ろした伊吹はまじまじと見つめて呟く。
「そう? ありがとう」
艶然と微笑む紫苑の姿は同性の伊吹でも思わず見惚れてしまう魅力があった。
今日の紫苑は黒のスキニーパンツを穿いており、彼女は伊吹より肉付きが良いのでピッタリと脚に密着しているスキニーパンツが妙に色っぽく見える。伊吹とはまた違った美しさだ。
上半身には白いオフショルダーのトップスを着ているので肩、鎖骨、背中が露になっている。その上には黒のフレアスリーブレースロングガウンカーディガンを羽織り露出を抑えているが余計に興味をそそられてしまう。
足元に目を向けるとクロスストラップパンプスを履いており、少し視線を上にずらすと膝にハンドバッグを置いていた。
兎に角セクシーで男女問わず周囲の人間を魅了している。
「でも色とパンツ被っちゃった」
「そうだねぇ。私は双子コーデみたいで嬉しいけど」
二人は互いに黒のスキニーパンツを穿いており、トップスの色も同じだ。
伊吹が苦笑するのは無理もない。
事前に打ち合わせた訳でもないのに似通るのは運命的なものを感じる。
このなんとも言えない心が温まる偶然に紫苑は笑みを深めた。
「私まだ飲み終わらないし、二人も何か飲んだら?」
テーブルに置いている水出しアイスティーを指差しながら紫苑が提案する。
「そうだな……折角だし少し休憩してから行くか」
一瞬腕時計に視線を向けて時間を確認した実親は、まだまだ余裕があると判断した。
「私が飲める物があると良いけど……」
「珈琲嫌い?」
「ううん。私はコーチと栄養士に大丈夫と言われている食材しか飲食出来ないから」
「そういえばそうだったね……ストイックだなー」
伊吹は身体作りの為に決められた栄養を効率よく摂取するように心掛けている。
昨日聞いたことなのにうっかりしていた紫苑は頬を掻く。
練習前、練習中、練習後、大会前、オフシーズン、瞬発力を鍛えたい時、持久力を鍛えたい時、減量中など、その時によって適した食材がある。
都度コーチと栄養士に相談して食事のメニューを決めており、出先で飲食する際にも気を配っていた。
好物を食べることが出来ず、苦手な物でも口にしなければならないが伊吹は日頃から徹底している。それだけ向上心があって真剣に高跳びに向き合っている証拠だ。意識の高さと意志の強さがあるからこそ成せることだろう。
「私には真似出来ないや」
紫苑は素直に伊吹を尊敬する。
「とりあえず注文しに行くか」
「そうだね」
ここであれこれ考えていても仕方がない。レジでメニューを目て決めれば良い。
なので二人は連れ立ってレジに向かった。
◇ ◇ ◇
実親と伊吹が二人並んで注文している姿を紫苑はテーブルに頬杖をつきながら眺めている。
他の客の視線を釘付けにしている二人の姿はランウェイを歩くモデルのようだった。幻覚を見てしまう程の存在感を放っている。
(二人お似合い過ぎじゃない?)
嫉妬するのも馬鹿馬鹿しく感じて紫苑は心の中で苦笑する。
それだけ実親と伊吹はお似合いだった。
(私もスタイルは負けてないと思うんだけど……如何せん身長がなー)
紫苑も世の女性が羨む程スタイルが良い。その上Iカップの胸とプリっとした尻を装備している。しかもウエストは細くて手足も長くてしなやかだ。
そして彼女の身長は百六十七センチで一般的な日本人女性としては長身の部類だが、伊吹のように世界的なスーパーモデルにも引けを取らない程の身長ではない。
どのような体型に憧れるかは人それぞれだし、外見が全てでもない。内面も大事だ。
両面を加味した上で紫苑は伊吹に憧れの目を向けてしまう。彼女にとっては外見も内面も憧れの対象だった。
(まあ、このおっぱいだけは捨てたくないけど。黛大きいの好きそうだし)
自分の胸を見下ろす。
(これだけは母に感謝かな)
娘に対して愛情を一切向けず自分勝手な振る舞いをする母のことは微塵も好きになれない。
同じ血が流れているのも不快だった。自分も将来は母のようになるのではないか、と不安や恐怖に蝕まれてしまうからだ。
しかし実親と出会って共に過ごすようになってからは一つだけ感謝の念を抱くようになった。
それは母と同じ巨乳を受け継げたことだ。
まだ付き合いはそれほど長くないが、共に過ごしている内に実親が大きい胸を好んでいるということは察せられた。
そもそも実親は隠したりせずに堂々としているので気付かない方がおかしいのだが。
少なくとも実親の興味を引ける武器を手に入れることが出来たのは素直に嬉しかった。
(黛には感謝してるし、好かれたいと思ってるからね)
紫苑は元々人に好かれたいという欲がない。
家庭環境の所為もあるが人に心を開くことがなく、仲良くなりたり、友達になりたいと思うことがなかった。迷惑を掛けたくないという想いから距離を置いているのもある。
誰とでも分け隔てなく接するが、一定の心理的距離感を保っているのが彼女の特徴だ。
その彼女が実親には好かれたいと思うようになった。もっと親しくなりたいとも思っている。
実親には弱みを見せられるし自然体でいられた。
(やっぱりおっぱい揉ませてあげようかな?)
日頃の感謝のお返しに揉まれるのはやぶさかではない。
(でも多分「弱みに付け込む趣味はない」とか言って断るだろうしなー)
断られるのは悲しいが、そういう紳士なところが信頼出来る要因でもあるので複雑な心境だ。
(罪悪感を与えず合法的に揉ませる手段はないものか……)
紫苑は頭を捻って考え込むが――
(いや、これじゃ私が男に胸を揉まれたい変態みたいじゃん……)
冷静な自分が頭を抱えている姿を幻視してしまった。
(別におっぱいじゃなくても何か別の形で感謝を示せば良い話なのに……)
脳内がピンク色になっていた自分に呆れて胸中で溜息を吐く。
(まあ、黛が揉みたいって言うなら喜んで差し出すけど)
揉まれるのが嫌な訳ではない。寧ろちょっと嬉しい。
(黛が喜んでくれるならなんでもいっか。とりあえず今は三人で楽しむことだけ考えよ。本来は伊吹の気分転換が目的なんだし)
結局紫苑は答えの出ない悩みを放棄し、水出しアイスティーを手に取って口元に運びストローを咥える。
冷えたアイスティーが食道を通っていくと思考の渦に囚われていた頭が冷めていき、本来の目的を思い出せたのであった。
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