第8話 由来
荷物を整理しているとあっという間に正午を過ぎた。
自分の部屋にあった物を持って来ただけなので荷物は然程多くない。
小物がメインなので片付け自体はそこまで時間を要さなかった。書籍類は数が多いので整理するのに時間を要するが。
ソファやデーブル、ベッドなど大きい物は後で買いに行かなければならない。
「そろそろ休憩するか」
「うん」
一段落ついたので一度休憩を挟むことにした。
二人共手を止めて床に腰を下ろす。
「ねえ、お腹空かない?」
千歳が空腹を訴える。
「いや、俺は基本一日一食だから夜しか食わん」
「は?」
実親の口にした台詞に千歳は口を半開きにしたまま固まった。
聞き間違いかな? とも思ったが、流石にこの至近距離で聞き間違えることはない筈だ。
実親は普段から夕食しか摂らない。
日によっては二食三食の時もあるが、基本は一食だ。
「ちゃんと食べな――」
我に返った千歳が苦言を述べようとしたところで、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
「誰だ?」
実親はインターホンのモニターを確認する為に立ち上がる。
そしてモニターに移った人物を確認すると受け答えもせずに玄関へと向かった。
「……」
タイミングが悪く千歳は放置されてしまう。
仕方ないので大人しく待機することにした。
実親が玄関で客人を出迎えると、そこには一人の女性がいた。
「こんにちは」
女性が挨拶をする。
「様子を見に来ました」
「様子ですか?」
女性の言葉に実親は疑問を浮かべる。
「いや、暑いですし、とりあえず上がって下さい」
「ええ、お邪魔します」
このまま玄関先で話していると暑く堪らない。兎にも角にも一先ず家に上げる方が先たと判断した。
女性は玄関で靴を脱ぐ。
そして実親の後に続くように歩き出した。
「まだ何もありませんが……」
「今日越して来たばかりですものね」
実親はまだ何もない螺旋階段に続く廊下を歩きながら苦笑する。
越して来たばかりなのだから何もないのは仕方がない。
女性は興味深そうに周囲を見渡している。
「良いお部屋ですね」
「ありがとうございます」
女性は自然と口から言葉が零れた。
二人は螺旋階段を
「それで様子を見に来たというのは?」
先程から疑問に思っていたことを尋ねる。
「引っ越すと聞いていたので何も問題はないか、と気になりまして」
女性は前を歩く実親を見上げながら答える。
「
「担当している作家が引っ越したからと言って態々様子を見に行きませんよ」
女性は苦笑しながら続きの言葉を口にする。
「
「なるほど」
実親は納得した。
確かに未成年の自分が一人暮らしすると言い出したら心配にもなるだろう。
話が途切れたところで二階に到着した。
「
二人の会話が聞こえていた千歳がリビングで首を傾げている。
「俺のペンネームだ」
「ああ。なるほど」
千歳は実親が小説家だということは聞いていたので知っていた。だが、彼のペンネームや出版している小説までは知らなかった。
実親のペンネームは
「なんでその名前なの?」
千歳はペンネームの由来が気になった。
「
実親の母は元々小説家を目指しており、普段から趣味も兼ねて執筆に励んでいた。
しかし残念ながら志半ばでこの世を去った。
その母の想いを背負う意味を込めて旧姓を使わせてもらっている。
また、母の分も小説家として活動していくという誓いを自分に課しているので、親を誓の字にしていた。
「ふーん。お母さんのことを大事にしているのは伝わるよ」
説明を聞いた千歳は納得した。
「先生、彼女さんですか?」
置いてけぼり状態になっていた女性が尋ねる。
「妹ですよ」
「ど、どうも」
千歳は会釈しながら苦笑する。
午前にも引っ越し業者の人と同じやり取りを交わしたからだ。
仕方ないとはいえ、何度も同じやり取りをするのは辟易してしまう。
「私は
女性改め、鼎が頭を下げる。
鼎は実親の小説家デビュー以来担当編集を務めており、二人三脚で小説を作り上げて来た。
彼女は女性としては長身で、凹凸のはっきりしている身体つきをしている。
黒髪をソフトウルフにし、整った顔立ちが良く映え、知的さと色気が融合している。
仕事中はスーツ姿だが、今日はプライベートなので私服だ。
パンツスタイルのコーデは落ち着いた雰囲気があり、凛々しさや色気も上手く演出している。彼女の魅力が遺憾なく発揮されていた。
「黛千歳です」
千歳も自己紹介する。
「先生のお父様が再婚されたことは聞き及んでおります」
実親は一人暮らしをすると伝えた際に、父が再婚することも伝えていた。
「これからもお顔を合わせることがあるかもしれませので、今後も宜しくお願い致しますね」
「こ、こちらこそです」
鼎の丁寧な対応に千歳は慌て気味に応える。
鼎が実親の担当編集である以上、今後も顔を合わせることがあるかもしれない。
社交辞令ではあるが、可能性がある以上は事前に確りと挨拶しておくべきだ。
「先生、差し入れを持って来たので召し上がって下さい」
鼎は手に持ったビニール袋を実親に手渡す。
「ありがとうございます」
袋の中にはサンドイッチとおにぎり、そしてペットボトルのお茶が入っていた。
「千歳さんも良ければどうぞ」
「ありがとうございます。丁度お腹空いていたんです」
実親は普段昼食を摂らないが、折角鼎が買って来てくれたので、ありがたく頂くことにした。
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