第32話:ふりだしに戻る

文化祭の出し物として教室でダンスをすることに決まっていた。教室でのダンスなので、5~6人でダンスしていればそれなりの迫力になると予想していた。


また、見に来る人も教室のキャパ的に10人とか20人程度。廊下から見たとしても、いいとこ30人程度を対象に考えていた。


5人程度がダンスをして、そのバックに動画を流し、ダンスの未熟さを動画でカバーする作戦まで考えていた。


この作戦が、今朝のホームルームでほぼふりだしに戻った。



「なあ、お前たち出し物はダンスだろ?体育館を使わないか?」



担任の言葉だった。昨日の動画をみんなに見せた後、URLも送った。


すると、イチニンショウの3人が担任に自慢げに見せに行ったらしい。職員室では、ちょうど文化祭の出し物のうち体育館を使用するグループを募っていた。


状況が分からない担任が、体育館を押さえてしまい、イチニンショウもOKしてしまっていた。



「「「さんせー!!」」」



教室内のみんなは喜んでいた。いい具合に仕上がりつつあるダンスをもっと多くの人に見てもらえるのだ。多数決で賛成が決まった。



困ったのは僕だ。


僕の作戦は教室でダンスをすることのために考えていた作戦。体育館でのダンスには通用しなかった。


まず、広い体育館のステージでは5~6人程度ダンスしてもインパクトがないこと。後ろの席から見たら、小さく見える人間がセコセコ動いているように見えるだけ。


そして、それをカバーできそうな動画だけど、体育館のステージ側の壁に大きく映像を映し出せるほどのプロジェクターがなかった。


教室で使っているものでは光が足りないのだ。大きくすればするほど不鮮明な映像になり、動画の効果が失われていっていた。


音もスピーカーを準備する必要がある。体育館に設置されたスピーカーは昔ながらのスピーカーで音があちこちに広がる。


体育館はライブをするようにできていないので、壁や床に吸音材を使っていないので反射してそれぞれの音が聞き取りにくくなってしまう。


しかも、ステージ側にスピーカーを設置してある関係で後ろまで音を届けるために音量を大きくするので、ハウリングを起こしやすい。


僕のようにパソコンで見ることを想定した動画を作ってきた人間からしたら未知のノウハウがありすぎるのだ。



■ 放課後 読書部



「はー、読書部部室ここ段々人口密度が上がってるんだけど……」



無表情ながら、不満そうに言う姫香ひめかさん。相変わらず、困った時に僕は姫香さんのところに駆け込んでいた。肩までの長さのショートカットも相変わらず可愛くていらっしゃる。


一見、幼女の様でだけど、とても面倒見がいいお姉さん。ただ最近、厄介ごとを持ち込む流れになっていることに対する抗議の半眼が痛い。


相変わらずの色気も何もない長机とパイプ椅子。姫香さんの前には和菓子が「お供え」されていた。


今日のメンバーは、二見ふたみさん、天乃あまのさん、僕の他に、今回は貴行たかゆき日葵ひまりまでいる。


教室では、イチニンショウの三人がクラスメイトとダンスの練習中。僕は、手に余るこの問題を何とかしてみんなで考えて解決したいと思っていた。



「ちょ、ちょ!流星りゅうせい!この人!スリースターズの!伊万里いまり先輩じゃないのか!?」


「そうだね」


「おまっ!ついに、二見さんと五十嵐いがらしさんだけに飽き足らず、伊万里先輩まで!」



なんか、不本意なことを言われている気がするけど……



「せっかく静かに本を読める環境が帰ってきたと思ったのに、益々騒がしくなっていくわ」


「あ、すいません。姫香さん」


「あ、さーせん」



騒がしくしたことを反省した貴行が謝った。頭は日葵に押さえつけられている。なんとなく、ここのパワーバランスも見えて来たな。



僕は、何が問題か掻い摘んで姫香さん説明した。もしかしたら、姫香さんは話を聞いていないかもしれないし、考えてくれていないかもしれない。


ただ、何が問題か僕に説明させることで、僕の中で整理が進んでいる効果は確実にあった。



プロジェクタが貧弱なこと。

スピーカーが貧弱なこと。

人が足りないこと。

ダンスは5分が限界で、時間が長すぎること。



「スーハンヤク、小三元しょうさんげんですねぇ」



麻雀の役だろうか。二見さんは昭和のマンガから麻雀まで大変博識でいらっしゃる。僕の彼女のキャラクターがいまいち分からなくなってきた。



「そのプロジェクタは確か、桜坂高校ここの卒業生が営業に来て男気を見せた校長が30台買ったという噂のプロジェクタね」



姫香さんから出た情報は、どうでもいい情報だった。まあ、大人って大変そうだ。



「とりあえず、その動画ってのを見せてみなさい」



そういえば、姫香さんには動画すら見せてない。僕はアプリを起動して、動画を流した。姫香さんは両手で僕のスマホを持って見ていた。


二見さんと日葵は姫香さんの両脇から見ていたけど、天乃さんも見たかったらしく1つの机にぎゅうぎゅうになっていた。



「あ、天乃さん、こっちでも見れるんでどうぞ」



僕は2台目のスマホを出して映像だけ流して見せた。



「こっちの音は?」


「あ、姫香さんのところで音出してるから、ごちゃごちゃになると思って」


「じゃあ、一回両方止めて、せーのでスタートしたら同じ音にならない?」



面白いこと考えるなぁ、天乃さん。音の同期って意外と難しくて、ぴったり一緒にするのはとても難しいのだ。



「ぴったり一緒にはならないから、音は1か所にして、動画だけ2台で再生したらいいかもですね」


「あー、でもそれだと音を消した方は、音と映像がズレない?」


「まあ、多少は……」


「そっか、ちょっとくらいならいいか」


「そうですね」



僕は改めてスマホ2台で再生して、音は1台だけ鳴らすようにした。音が小さい時は、ボリュームを上げればいいだけだし、音が割れる様なら、メガホン的な物を付けて物理的に大きくすればいい。


最近ではバンブースピーカーとか言って、竹に穴を開けて、スマホをさすだけのスピーカーもあるらしい。


竹じゃないけど、百均にも置いてあるらしいし、今後必要だったら1個くらい買ってもいいかな。



「大したものね」



動画を見終わった姫香さんの感想だった。



「あなたのクラスって何人いるの?」


「35人ですね。だから、裏方を外して、3人ずつくらいに分けると10グループくらいになって、1グループ30秒のダンスです。それで5分が限界です」


「リアルな人間はそれ以上無理だろうけど、動画の方は編集で増やせないの?」



姫香さんは、動画編集とかの知識はない。普通の疑問なのだろう。



「そりゃあ、なんぼでも増やせますけど、肝心のプロジェクタがありません」


「学校には30台もあるのにね」



天乃さんが茶々を入れた。ホントだよ。そのプロジェクタ使ってないなら合体してデカい1個になんないかなぁ。



「ん……?合体して1つ?」


「世界先輩、急に下ネタっスか?」


「違います!」



何か思いつきそうなんだ。僕は、教室に行ってプロジェクタを借りて体育館に行った。天乃さんには3組のプロジェクタを借りてきてもらった。


幸い体育館のステージは誰も使っておらず、コートでバスケ部が練習しているだけだった。



「教室の借りて来たけど、これだけでよかったの?」


「ありがとう。天乃さん」



ケーブルとかは不要だ。スマホから直接電波が飛ばせるのだから。

まずは、プロジェクタの電源を入れて、ステージの壁に映像を映してみる。


体育館のステージは横約30メートルはある。奥行きは7メートル。壁の高さは9メートル。結構広いなぁ。


プロジェクタできちんと表示できるのは、壁から4メートル離したところで140インチ程度の画面の広さ。これが映像を見れる限界だ。


これ以上離すと光量が足りなくなって暗いし、何が映されているのかぼんやりになってしまった。


ステージの前方ギリギリにプロジェクタを置くと、壁から7メートル離れている。画面の大きさだけなら、壁の半分程(4~5メートル)になった。横幅はステージの幅の三分の一程度。


映し出せる映像がすごく小さい。横に3つ分くらいは欲しいところだ。そんな巨大な映像を映し出せるプロジェクタはこの学校にはない。


僕は壁にできるだけ大きく映像を映し出したが、画面は暗く不鮮明な状態だった。映像もボケボケ。近眼の人が見た景色みたいになる。



ここで、天乃さんに借りてきてもらった2台目のプロジェクタの設定を始めた。



1台目とできるだけ同じサイズにして映像を重ねると、幾分明るくなり、少し見れる映像になった。それでも、完全に合わせることはできなかった。



「お!流星、さっきより見れる感じじゃね!?」


「そうだね。あと何台か同じように重ねてみたい」


「よし、じゃあ、俺と手分けしてプロジェクタ借りてこようぜ!」


「分かった」



僕と貴行で2年の教室を中心にプロジェクタを借りてきた。結果からいうと、5台分重ねるとプロジェクタの能力を超えた大画面で映像が見れる。ただ、幅が狭い。


縦が4メートル、横が5メートルなので、テレビで言ったら250インチくらいの大きさだろう。ステージの幅30メートルに対して、幅4メートルの映像では迫力に欠ける。


横に3台並べると、15メートル。ステージのざっくり半分くらいの広さになる。最低でもこのくらいの広さは欲しい。


つまり、5台分を使って1か所に映像を映し出し、それを横に3つ並べる。


5台×3列=15台のプロジェクタがあれば、プロジェクタの能力を超えた大きさで人間が見れる映像になるという事。


ちょっと荒れた感じの映像になるけど、それは味だと思えば味だ。これを考慮した映像に変えることで何とでもなりそうだ。


ステージの床から上1メートルほどは光が弱いので、しゃがんで黒い布でも被れば簡単に人が消えることができる。


ダンスメンバーのほとんどはスタミナが無い。30秒したらステージから消える必要があるのだ。暗幕を数枚借りてくればこの問題は解決しそうだ。



「流星、プロジェクタさえ集まれば問題解決じゃね?」


「うーん、そうかもしれないけど、念のため15台並べてみたい」


「お前、中々完璧主義だな」


「いや、なにが起こるか分からない。念のためだよ念のため」



今度は、みんなでプロジェクタを集めた。みんなで集めると20台が集まった。



5台ずつステージの中央、両脇の3か所に並べておくと、コンセントが足りなかった。ステージの裏から延長コードを借りてきた。



とりあえず、15台つないで電源ON!



何かを映し出す前に、ブレーカーが落ちた。そんな事ってある!?調べてみると、プロジェクタって1台500Wワットも電気をくううらしい。


2台も使えばトースターくらい電気を使っているらしい。それを15台……つなぐことはできなさそうだ。


延長コードの表示を見ると、1本あたり1500Wらしい。つまり、プロジェクタ3本しか繋げない。



「電源というのは経路があるから、体育館の色々なところから引けば足りるかもしれないわよ」


「そうなんですか?」


「私の見立てでは、体育館の中に10ラインはあるから、5か所以上から引っ張ってくれば15台使えることになるわね」



姫香さんがどこかから電工ドラムを持ってきてくれた。これなら30メートル先のコンセントから引っ張ってくることもできる。どこからの知識なのか。


僕たちは手分けして、体育館の左、右、ステージ裏、2階控室など合計6か所からケーブルを引いてきた。1か所当たりコンセントを最大3本までしか使わない。


僕は、1台ずつコンセントをさしていった。



「お!イケるんじゃね!?イケる!」



貴行は希望なのか、予想なのか分からないことを言った。

ピッと15台目のプロジェクタが立ち上がった。これで、学校内のプロジェクタだけで体育館のステージの壁いっぱいに映像を映し出すことができることが分かった。



「問題解決?」



天乃さんが嬉しそうに言った。



「確かに、映像問題は僕が動画を作り直すことで解決できそうです」


「やた!」


「ただ、スピーカー問題があります」


「あー、そうだったね」



「スピーカー問題は、ちょっと思いついたことがあるんだ。すぐ試してみたいから、みんなちょっと手を貸してもらえないかな?」



僕の声にみんなが注目した。

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