第2話 良好な関係


 エミリオ様との出会いは悲しいものではありましたが、驚いたことにハモンド公爵家の皆様は、わたくしに好意的でいらっしゃいました。


 公爵夫妻があの方の発言に、直々に謝ってくださるほどだったのです。



「ずっと自慢の一人息子だったのに、こんな屑男くずおとこに育っていたとは……。

 君にはすまないことをした。

 廃嫡も考えたがあやつの政務に関する才能は非常に高く、当家から出して敵対勢力に飲み込まれては面倒なことになるほどなのだ」


 ベロニカ様のおっしゃる通り、エミリオ様は国家の重鎮であるハモンド公爵閣下からも認められるほどの存在でした。

 現在は宰相補佐でいらっしゃいますが、宰相様はご高齢で実際の仕事をされているのはエミリオ様なのです。



「君は家柄こそ申し分ないが、お父上の失策は皆が知るところだ。

 当然我らも受けいれがたいと思っていた。

 だがあやつの女を見る目がないことを世間に晒すわけにはいかない。

 それで君との結婚を許したのだ」


 やはりそうでしたか。

 ベロニカ様のお話のすぐ後に、ハモンド公爵家から正式な釣書が届いたときにはそうではないかと思っていました。



 どうやらエミリオ様はベロニカ様と結婚できなければ、金で言うことの聞く女性としか結婚しないと言ったそうなのです。

 ですがこのハモンド公爵家と釣り合う家柄に、わたくしの家ほどお金に困っているところはございません。



「ハモンド公爵閣下、ハモンド公爵夫人。

 わたくしは命の危険も予想される結婚から救われた上に、実家まで支援いただけるのです。

 感謝しかございません。

 エミリオ様にご不都合がないよう、誠心誠意この家に仕えさせていただきとう存じます」


 期限は3年ですしね。

 お世話になるのですから、出来る限りのことはさせていただきたいのです。



「ありがとう、フィリシア。

 これからはわたくしたちのことを義父ちち義母ははと呼びなさい」


「はい、お義父とう様、お義母かあ様」



 3年と言っても契約結婚のことは公爵夫妻には内緒です。

 わたくしは次期公爵夫人になる予定なので、今はそれに見合った教育を受けることになりました。


 父が財産を奪われるまでは、わたくしもしっかりした先生について学んでいたので基本は出来ておりました。

 あとは公爵夫人として必要な威厳や経験を身につけるだけでした。



「あなたがこれほど美しいのはとても大きな武器になるわ、フィリシア。

 今はその可憐さで社交界の女どもを油断させ、男どもの心をとろかすのです。

 もちろん貞操は守ってね」


「お義母様の仰せの通りにいたしますわ」



 それからはお義母様について、社交界で生き抜いていくすべを学びました。

 贅沢な品に慣れることも学びました。

 そうでないと招待された先で気後れして、侮られるのです。

 貧乏になる前でも触れたことのないような高価な品々は、わたくしの審美眼を磨いたのでした。


 家政の取り仕切りができるよう、財政を学ぶことにもなりました。

 帳簿の見方やつけ方、ものの価値について多くを学びました。

 これはわたくしのお父様にも教えたいぐらいの知識なのです。


 やはり公爵家は格が違います。

 3年後、婚姻解消してもこの知識はわたくしの武器になることでしょう。



 お義父さまの命で、わたくしは領地の視察も行うことになりました。

 エミリオ様は国政で忙しい中でもまめに行っているそうで、同行させていただいたのです。


 意外にもエミリオ様はわたくしを嫌って、邪険にするようなことはありませんでした。

 しっかりエスコートしつつ、領民にも妻として紹介してくださいました。

 外面は良くしておくつもりなのでしょう。



 同じように夜会でのエスコートもいつも丁寧にしてくださいました。

 陛下へのご挨拶まで、一緒にさせていただきました。

 正妻なのですから当然と言えば当然なのですが、将来破婚が決定しているのにです。

 ちょっと驚きました。



 エミリオ様は同じ馬車に乗っても一言もお話になりませんが、わたくしの行動をよく観察なさっているようです。


 領地へ向かう長旅の途中、わたくしが揺れで気分が悪くなったら馬車を止めて休憩してくださいました。

 申しわけないので謝りますと、こうおっしゃいました。


「体調が悪い人間を無理に急がせるほど、急用ではない」


 お義父様は屑男とおっしゃいましたが、本当にそのような人ならこのようにおっしゃってくださるのでしょうか?



 こんなこともございました。


 お義母様と王宮に来てほんの一瞬、1人になった隙があったのです。

 その時見知らぬ男性に絡まれて、休憩室に押し込まれそうになりました。

 あまりに怖くて叫び声をあげることもできませんでした。


 ですがエミリオ様が風のように現れて、助けてくださいました。


「君のように若く、抵抗できない女性を狙う輩はどこにでもいる。

 私の妻の地位にあるのだから、ちゃんと気を付けなさい。

 母には言っておくので、君はもう帰るがいい」


 お仕事中のはずなのに震えるわたくしをなだめるように抱きしめてくださり、馬車まで送ってくださいました。



 本当は悪い方ではないのかもしれません。



 エミリオ様がベロニカ様と愛し合ってなかったら……。

 そう頭によぎったけれど、ほぼ没落状態であったわたくしがまともな結婚と支援を受けられただけでも幸せです。


 多く望んではいけません。



 そんなこんなで忙しい1年があっという間に過ぎ、エミリオ様以外の家族と使用人たちとは良好な関係を築くことができたのです。



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