【完】いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する

タジリユウ@カクヨムコン8・9特別賞

第1話 異世界への扉


 目の前にはロープがある。それもただのロープではない。天井の太い梁にしっかりと結ばれ、その先にはちょうど人の頭が入るくらいの輪っかがある。


 そう、今から俺は死ぬ、自殺する。


 もうこんな人生は嫌だ。これで全部終わりにしよう。踏み台に登り、ロープの輪っかに首を通す。あとはこの踏み台から足を離せば楽になれる。






 高校に入ってすぐの頃はごく普通の高校生活を送っていた。俺は人よりもだいぶ太っていたが、そこまでコミュ障というわけではなかったので、友達もいて普通の学生生活を送っていた。


 だがある時クラスの中であるグループにいじめられている男子がおり、俺はそのことを勇気を振り絞って教師に告げた。それを事もあろうにそのクソったれな教師はホームルームで俺からいじめの報告があったことを言いやがったんだ。


 当然いじめグループは激怒し、そのターゲットを俺に変えた。更に運の悪いことにそのいじめグループの主犯格の男の父親が、俺の母親が勤めている病院の医院長をやっている。本当にそんなことはできるかのか分からないが、今度俺がいじめられていることを教師に話したら母親を病院からクビにすると脅してきた。


 事故で父さんが亡くなってから、女手一つで俺をここまで育ててくれた優しい母さん。母さんにだけはできるだけ迷惑をかけたくない。


「そろそろいくか」


 準備は万端のつもりだ。母さんは今日から夜勤で明後日の夜まで帰ってこない。うちはアパートの2階で大通りに面しているから、カーテンを開けていれば朝明るくなって首を吊った俺を発見して誰かが通報してくれるはずだ。できれば母さんには俺が死んだ姿をあまり見せたくない。


 机の上には二通の遺書を書いて置いてある。一通は母さん宛に、もう一通は今まで受けたいじめの内容や、いじめの原因となった教師のことを書いておいた。




「ふうー、ふうー」


 怖い。


 あと一歩、踏み台から足を踏み出せばすべて終わって楽になれる。俺はデブだから普通の人よりも重く、楽に死ねるはずだ。だがその一歩がどうしても踏み出せない。


 やはり死ぬのは怖い。やっぱり死ぬのを止めようか? 警察に相談したり、高校を中退するという手段もあるのかもしれない。駄目だ、やはり俺は本当に意志が弱い。


 ガタガタ


「……っ!!」


 その時、突如として地面が揺れた。地震だ、それもかなり大きい。部屋にある本棚やパソコンがガタガタと揺れる。


「あっ……」


 地面が大きく揺れ、今まで乗っていた踏み台から足が滑り落ちる。


「ぐっ!!」


 首に全体重がのしかかるが、咄嗟に両手を首とロープの間に入れてしまった。これでどちらにしろもう助かることはないが、手を入れてしまったために余計に苦しむことになる。くそっ、俺の人生は最期の最期までこんなもんかよ。両手越しに首がゆっくりと締まり意識がうっすらと消えかかってゆく……


 ミシミシッ……


 バキッ


「がはっ!」


 今までどんなに足を揺らしてもつくことがなかった地面に足がつき、全体重がのしかかっていた首が一瞬で楽になる。それと同時に頭に衝撃が走った。どうやらロープを結んでいた梁が折れて落ちてきて頭に当たったらしい。


「ごほっ、げほっ、がほっ」


 死ぬかと思った。いや、死のうと思っていたんだから当たり前だ。だがこんなに苦しいとは思わなかった。これは違う方法を考えないと無理だ。


 それにしても、天井の梁が折れるとは思わなかった。一度試しに両手でぶら下がって全体重をかけた時は大丈夫だったんだけどな。というか天井に空いてしまったこの大穴はどうしよう。

 

「んっ?」


 天井を見上げてみるとそこには大きな穴が空いていた。ロープを縛っていた梁どころか、その梁一体の天井の木の板が剥がれて大きな穴となっていた。


 いや、天井に空いた穴はいい。問題は穴の空いた先が塗りつぶされたような黒色の水面のようになっていた。


 なんだこれ? この部屋は二階建ての木造アパートの二階の部屋だからこの上は屋根しかないはずだ。黒い布や板にしてはおかしな感じがするな。


「……気になる」


 これから死のうとしているのに、なぜか気になってしまった。天井の梁にロープを結ぶために買った高めの脚立を運び、天井の大穴の真下に設置する。デブの俺が乗っても大丈夫だった丈夫な脚立だ。


 脚立の上から二つ下の段まで登ると天井の黒色の面に手が届く位置まできた。恐る恐る手を触れてみようとする。


「うわ、気持ちわるっ!」


 天井の黒色の面を触ろうとするが指先がズブズブとその黒色の面に吸い込まれていく。何かを触っているという感触はないが、黒色の面の先にあるはずの俺の指が見えない。


 慌てて手を引っ込めるが俺の指先に異常はない。今度は勇気を出して腕ごと突っ込んでみるが、指先と同様に何かを触っているという感触はなく、黒色の面の先から見えなくなる。


「……行ってみるか」


 意を決して今度は顔を突っ込んでみる。


「はあ!?」


 意味がわからない。。そう表現をするほかない。突っ込んだ顔の上にはまた天井がある。この家の地面とうちの家の天井がつながっているようにしか思えない。


 当然ながら二階建てのうちのアパートのそのまた上に家なんてあるわけがない。一度顔を引っ込めるが、やはりこの下は俺の部屋に繋がっている。


「もう上がってみるしかないか」


 脚立を更に登り、ついには俺の身体全体が黒色の面を抜けることができた。どうやらこの家の地面にある黒い円状の面が俺の部屋の天井と繋がっているらしい。


「ってやべ、一度抜けたらもう戻れないなんてことはないよな?」


 これがどういう原理で繋がっているのかわからないが、一度身体全体を抜けたらもう入れないなんてことになったら非常にやばい。


 慌てて顔だけ地面にある黒色の面に突っ込むが、下には見慣れた俺の部屋が見えた。


「とりあえずいつでも帰ろうと思えば帰れるわけか」


 少し落ち着いたところで改めて部屋の周りを見渡してみる。レンガ造りの部屋の中央に俺が上がってきた黒色の面があり、こちらのほうから見ると綺麗な円になっている。


 部屋自体はそれほど広くなく、6畳ほどの広さしかない。そしてこの黒色の円以外は部屋に何もなく、ひとつの扉があるだけだ。


「どうしよう……」


 この物理的におかしな空間にある部屋の更に先へ進んでも大丈夫なのか? いや、どうせさっき天井が抜けてなければ死んでいた命だ、今更怖いものなんてない。


 ギィィィィ……


 ゆっくりと扉を開く。


「うおっ!!」


 いきなりビビって尻餅をついてしまった。そりゃ扉を開けた目の前に干からびた人間の死体があれば誰だって腰を抜かすはずだ。


 扉を開けた目の前には机があり、そして椅子に座ったままの干からびた死体があった。こっちの部屋はさっきの部屋よりも広く、両側には一面の本棚がある。


「……どうすりゃいいんだよ?」


 そして机の上にはこれ見よがしに手紙が置いてある。これは読んでもいいってことか?


 特に封はないようなので、中に入っている紙の束を取り出す。


「……読めない」


 日本語でも英語でもない全く見たことのない文字だ。


『言語理解スキルを獲得しました』


「うおっ!!」


 突然頭の中に声が響いた。声をかけられたのとは異なり、脳内に直接声が響いた感じだ。周りには誰かいる気配はないし、どうなっているんだよこれは?


 改めて紙の束に目を落とすが何故だかわからないが、読めなかった文字が読めるようになっている。言語理解スキルとか言っていたが、まさかそういうことなのか?




【この手紙を読んでいるということは俺はもうこの世にいないだろう……いや、当たり前だな。すまん、書いてみたかっただけだ】


 ……いきなりイラッときた。手紙の主はこの干からびた死体だろう。だいぶ軽い性格の持ち主らしい。


【まずは俺のことだが、俺の名前はハーディ、世間じゃ大魔導士なんて呼ばれている。いろいろとあって今じゃ引退して隠居しているただのジジイだ。


 余生を過ごしながら魔法を研究しているうちに、この世界とは異なる世界と扉を繋げる魔法がついに完成した。おそらくここまでの魔法を構築できるまでに至ったのは俺が初めてだろう。


 だが、理論上は完璧なはずなんだが、なぜか俺自身が別の世界に渡ることができなかった。推測になるが、こちらから扉の鍵を開けること自体はできるのだが、扉を開けることは別の世界の者が開ける必要があるのかもしれない】


 待て待て待て! 別の世界と書いてあるぞ!? まさかここは異世界だとでもいう気か! だが、確かにさっきの脳内に響いた謎の声といきなりこの文字が読めるようになったスキルというのはそういうことなのか?


【もしこの手紙を読んでいるおまえがこちらの世界の者で俺の名前を知っているならば、この手紙と隣の部屋にある黒い円の扉はそのままにしておいてほしい。別の部屋に高価な宝と魔道具を置いておくから、それを持って帰ってこの家に他の者が近付かないように便宜をはかってほしい。どうか頼む】


 どうやらこの大魔導士は宝や魔道具よりも異世界に繋がるかもしれないこの扉を守りたいらしい。この人にとっては死んでもなお実験が成功したかわからずに終わったようなものだもんな。


【さあ、ここからが本題だ。これ以降の手紙の内容はちょっとした仕掛けがしてあり、この世界の者には読めないようになっている。つまりこれを読んでいるおまえはこの世界の者ではないということだ! この魔法の成功を生きてこの目で見ることができなかったことだけは心残りでならないな。


 一応この手紙を手に取った時点で『言語理解スキル』を得られるように仕掛けはしてあるからお前にもこの手紙が読めるはずだ。それともお前の世界にはこんなスキルは誰でも持っていたりするのか? それとも俺が長い年月をかけてたどり着いた別の世界への扉なんて当たり前にあったりするのか? だとしたらなんだか負けた気分になるな】


 いや、スキルもそんな扉もあってたまるか。


【お前の世界はどんな世界なんだろうな? 大魔導士と呼ばれた俺でも知らないようなすげえ魔法があったりするのか? 俺が知らないようなドラゴンや魔物がいたりするのか? くそ、俺もそっちの世界に行ってみたかったぜ】


 魔法もドラゴンも魔物もないわ! どんだけこっちはファンタジーな世界なんだよ。いや、もしかしたら科学が進んでいて驚く可能性はあるか。


【前置きが長くなってしまったな。ここから先は俺の実験成功を記念しておまえにプレゼントをやろう。大魔導士と呼ばれるようにまでなった俺の全てをお前にくれてやる。世界を支配するなり自由に使うといい】


 どうやら大魔導士様とやらが何かをくれるらしい。世界を支配っていったい何をくれるつもりなんだ?


【俺の全て、つまりは俺が今までに得たスキル、魔法、レベルを全部おまえに継承してやろう。残念だが知識や記憶までは継承できないから家にある本でも勝手に読んでくれ。ちなみにこの継承魔法も俺のオリジナル魔法で開発に結構な時間をかけたんだぞ】


 よくわからないが、この大魔導士が得たものを継承してくれるようだ。こっちの世界ではスキルやら魔法やらレベルなんて何もないけど本当にそんなことできるのか?


 というかこういう場合ってマンガやアニメだとこの大魔導士の記憶ごと継承して俺の身体を乗っ取るというのが定番で危険じゃないのか。


【ああ、ちなみに拒否権はないから。このメッセージをここまで読んだら自動的に承認したとみなして勝手に継承魔法が発動するからな】


「おい、ふざけんな!!」


 選択の余地がないじゃないか! ちょっと待て、もう少しこの家について調べたり本棚にある本を読んだり、外を見てからいろいろと判断させろよ!


『継承魔法の発動が承認されました。これより継承を始めます』


「おい、ちょっと待っ……」


『ハーディ=ウルヌスのスキル、魔法及びレベルをタチハラ・マサヨシに継承します。所要時間は約10時間を予定、なお継承には多少の苦痛を伴いますのでご注意ください』


 また脳内に直接謎の声が響く。


「10時間!? それに苦痛って聞いてない! ちょっと待て、一回止め……」


『スキルの継承を開始します。気配察知スキルを継承します。……成功しました。続けて隠密スキルを継承します』


「ぎゃあああああああ!」


 痛い、痛い!


 ものすごい量の情報を頭に無理矢理に詰め込まれたような感覚に陥る。どこが多少の苦痛だよ、半端じゃなく頭が痛い。やばい、このままじゃやばい!


 だが俺の願いも虚しく、この激しい頭の痛みは長時間続いた。




『スキルの継承が終了しました。続けて魔法の継承に入ります。火魔法を継承します。……成功しました。続けて水魔法を継承します』


「ぐががががががが!」


 ようやくスキルの継承が終わり、頭の痛みがおさまった。だがおさまったと思ったのは一瞬で、今度は身体全体の内側で激しい痛みが現れた。




『魔法の継承が終了しました。続けてレベルの継承に入ります。……レベルを継承しております。このまましばらくお待ちください』


「あがぎがごが!」


 身体の内側からの痛みはなくなったが、今度は筋肉や骨への激しい痛みが俺を襲う。身体中からミシミシと嫌な音がする。


「あばばばばば……」


 これはさっきまでのスキルや魔法の継承時の痛みとは次元が違う痛みだ。身体全体にナイフで切り裂かれたような鋭い痛みが走り、身体全体にハンマーでボコボコに殴られたような鈍くて長い痛みが走った。




 そしてそのまま俺はそのまま意識を失った。



【宣伝】

こちらの新作は現在毎日更新中なので、ぜひこの作品もよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾


『異世界転生して大賢者となった元教師、【臨時教師】として崩壊した魔術学園を救う。〜クソガキ&無能教師&モンスターペアレントはすべて排除する~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093086787220286

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る