第6話 「狸……いや、狐と言った方が貴様には良いな、ラオディキア」



 松明の火が、暗闇に揺れるその空間。


 西洋を思わせる大広間。



 その奥には七つの席が設けられた長机が設置されていた。


 そこに座るのはもちろん、〝七つの教会″の枢機卿。



 通常、この場所は枢機卿達の召集の場として使われ、審問官は立ち入る事を禁じられている。しかし例外に一人、召集に参加した七人の枢機卿の前に異端審問官が立っていた。


 上から下まで黒衣に身を包み、顔をマスケラで隠した女性〝アステロペテス″。


 彼女は命令を無視し霧谷零司を殺害しかけた旨を問われるため、特別に召喚されていた。



「我らの前では面を外せアステロペテス」



 長机の一番右端の枢機卿がそう言うと、アステロペテスはゆっくりとフードをとり、マスケラを外した。



「コレで宜しいか、枢機卿の方々?」



 コバルトブルーの瞳に、ブロンドのウェーブのかかったロングヘア。ボイスチェンジャーを外したその声は、まるで小鳥の囀りのように美しい声だった。



「それにしても異例ですわね。まさか異端審問官を審問するなど」



 真ん中から一つ左の席に座っていた女性枢機卿が蕾のような口を開く。



「確かに。しかもこの召集はただ一人の〝少年を殺害しかけた″彼女を審問するためだけに召集されたと聞く。一体どうゆう事なのかラオディキア?」



 ラオディキアと呼ばれた枢機卿は長机の中央に腰掛けていた。


 外見は若々しく、白銀の長髪を後ろで束ねている。


 松明のみの暗い部屋の中、ラオディキアの青い瞳は怪しい輝きを放っている。



「兄らはその少年の価値が分からぬ故、そのような言葉を発するのだろう」


「少年の価値じゃと? ラオディキア、おぬしはその少年に価値があると?」



 口を挟んだのは、ラオディキアの右側に座る白く長い髭をもった老人。


 その威厳たるや凄まじく、老人が喋るごとに空気が激しく振動しているかのような錯覚すら覚えさせる。


 しかし、それに怯まずラオディキアは淡々と答えた。



「あの少年は、魔術師メソテスが己を移した転写体だ」



 ラオディキアの一言に、他の枢機卿らが一斉に騒めきだす。



「それは誠の情報かラオディキア? 汝、謀っているのではあるまいな?」



 ラオディキアから左に二つ離れた席に座っていた、がたいのよい黒い顎髭の男が問いかける。



「少し落ち着きなさいな。して、どうなのですラオディキア様? そんな少年が存在したなど、今の今まで聞いた事が無いのですが?」


「そうじゃの。それを聞くのは、我も今日が初めて……ラオディキア、我ら七つの教会の決まり、忘れたわけではあるまい?」



「もちろん」、と目を細めて老枢機卿を見据えるラオディキア。



「我ら教会は七つで一つ、でしたか?」


「怪しいものじゃな。おぬし、我の直属であるエウア=ネモスも勝手に遣っているそうじゃが、一体何をさせているのか」



 小さくため息を吐き、ラオディキアが小さく首を左右に振る。



「兄らには、私を審問するために集まっていただいたわけでは無いのですが?」



 と、チラリとアステロペテスに目を向ける。



「ふん、法を破った者が法を破ったものを審問するのか?」


「なかなか手厳しい。が、確かに兄の言うとおり今の私に彼女を審問する資格はない。審問官アステロペテス」


「はい」



 と、アステロペテスがかた膝を床につく。



「わざわざ足を運んでもらって悪いのだが、今回審問は行わない」


「ありがたき事」


「ただし、今後アーシェと霧谷零司に対して一切の行動を起こすな。これはエウア=ネモスにも伝えておけ」


「承知」



 アステロペテスはラオディキア含む七人の枢機卿に一礼すると、そのまま暗やみへと溶けるように姿を消した。



「狸……いや、狐と言った方が貴様には良いな、ラオディキア」


「何の事でしょう?」


「エウア=ネモスにまで少年を探らせていたか。よもや、これ以上の謀り事はあるまいなラオディキア?」


「えぇ、もちろん」



 そう答えたラオディキアの口元は不気味な微笑を浮かべていた。



 〝陰謀と策謀″



 彼、ラオディキアの頭の中にあるのはただその二つのみ。



 零司とアーシェの接触は、ラオディキアにとって嬉しい誤算だった。故に他の枢機卿の前で命じた。二人に対し行動を起こすな、と。


 為すべき事は為り、追い風も吹いた。あとは、時が来るのを待つばかり。


 ラオディキアは心の中で笑っていた。


 高く。


 ひたすら高く。



 全てを手にした時を、その頭の中で思い浮べながら。



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