Mark

兄妹の不安

 この兄妹は、つくづく思い悩むのが好きなのだな、とエカは思う。


「久し振りの、まともなご飯〜」


 鼻歌交じりに夕食の支度をするのはアリィだ。一見機嫌良さそうだが、それが〝から元気〟と呼ばれる類のものであることを、この何ヶ月かの旅路でエカは理解していた。

 何故そう取り繕うのか、と思う。この間の不貞腐れているときのほうが、まだ分かりやすかったというのに。まあ、荒野にいるときよりも、それだけ元気が出てきたということなのだろうが。


 バスを停めた平原の片隅で、石を拾い集めて簡易のかまどを作る。中に木の枝をはじめとした燃料を入れ、火を起こす。はじめ煙が立つだけだったそれが次第に大きくなる様子を眺めていたアリィの顔は、表情を失っていた。視線も、火を見つめているようで何処か遠い。〝心ここにあらず〟の状態である証拠だ。


「肉、焼くぞ」


 フライパン代わりに使っている鍋をエカが竈に置いてはじめてアリィは我に返った。


「あ……うん」


 オメガのところからたっぷりと貰ってきた食材を鍋の中で炒める。食欲を刺激する音と匂いが漂って、ようやくアリィは腰を上げた。ステンレスの皿を持ってくる。そこに肉と野菜の炒め物を載せて、あとはパンがあれば夕食の準備は完了だ。


「おにぃ」


 アリィがバスの後部座席を覗き込んだ。

 キャビンに備え付けられた台でパンを切っていたはずのリオも、やはり浮かない顔をしていた。アリィのように放心することは少ないが、時折苦しそうな、或いは何かに悩んでいるような表情をする。


 由々しき事態だ。

 これにはもう、溜め息を溢さずにはいられない。


「お前たち、落ち込むのもいい加減にしろよ」


 一足早く食事を終えたエカは、皿を脇に置くと言い放った。


「造られたからなんだというんだ。これまでと何も変わらないだろう」

「うん……それはそうなんだけどね」


 アリィは小さく返事をしたあと、しばらく皿の中を見つめていた。しかし、それもやめて皿を地面に置くと、自分の膝を抱え出す。

 リオもまた、皿の中に残ったものを弄びながら、口に入れる様子を見せなかった。


「……別にね、自分が人造人間であることに、それほどショックを受けたわけじゃないんだ」


 それはオメガの言う通り、うすうす察していたからだ、とアリィは言う。エカとリノウの存在。世界の有り様。世界がどうして滅びたのかもわからないのに、自分たちだけが生き残れる理由がない。

 それならば、自分たちは〝造られた〟と考えたほうがまだしっくり来るものがあった、という。


「でもやっぱり、何のために造られたんだろうっていうのが気になってさ」


 造られたのはいい。問題は、両親がわざわざそうした理由。人間の住む世界を取り戻すこと、とオメガは言った。そのために人間を増やすことが必要だ、とも。だが、ただ増やすだけが重要ならば、リオとアリィはもっと兄弟が居てもおかしくはないのではなかろうか。


「だが実際はそうじゃない。ならそこには、やっぱりリノウのような目的があったんじゃないかって思うんだ」

 なるほど、確かに一理ある。しかし。


「役割が必要か?」


 エカにはその点が不思議だった。リオもアリィも、やたらそのことにこだわっている。


「昔は気にしていなかった。ただ人間の生き残りとして、適当に生きていけばいいやって。でもさ、わざわざ造られたんだよ。だったらそこにはきっと何らかの期待があったはずで――」


 でもそれが見えないのだ、とアリィは不安げに言う。

 分からなければ、遂行できない。役割を果たすことができない。

 自分たちが在る意味が分からない。


「気にしなければいい、と私は思うがな」


 率直な感想を言えば、アリィは困ったように眉を垂らした。


「割り切れればいいんだけれどね……」


 ふぅ、と息を吐くアリィの憂い顔に変化はなかった。エカは肩を落とす。


「どうしたらいいんだろうな」


 膝を抱えたリオは空を見上げた。


「まるで、夜空に放り出されたみたいだ。掴みどころのない星は見えるけれど、目指して良い場所が分からない。とりあえず父さんを見つけることだけは決まっているけれど、その先は……」


 リオは言葉を切り、腕を落とした。顔は相変わらず空に向けたまま。青い視線は星々のその向こうへと飛ばされていた。


「……ねえ。エカは、自分が人形って知ったとき、どう思ったの?」


 車内に残されたミロの代わりとばかりに自らの脚を抱いたアリィが、膝の間からエカを窺う。

 答えに期待しているのだろうか。空の果てへと飛んでいたリオの視線もエカのもとへと降りてきた。

 だが、エカには、二人が期待するような答えは返せそうになかった。


「別にどうも。はじめから人形だったからな」


 そもそもエカには自分が人間でないことなど悩む必要もなかった。だから、リオとアリィの悩みなど些少のことに思えてしまう。


「それよりも失敗作であることのほうが、よっぽど堪えた」


 そこでエカは気がついた。違うと思っていた二人の悩みは、自分の悩みと似ているということに。

 親の望み通りになれなかったことに負い目を抱いていた自分。その気持ちは、あの街に一人置いていかれたときに決定的になって。

 でも、いつの間にかどうでも良くなった。

 何故だろうか。エカはこれまでを思い出そうと、視線を空に彷徨わせた。

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