フラスコの外

 ガラス張りの施設を発って、一昼夜が経つ。まだ続く高原の真ん中で、リオたちはひび割れたアスファルトの上を横断する白い障害物に出くわした。土をえぐり、体の下半分を地面にめり込ませつつ、真っ直ぐに遠くへと伸びている。

 その白い円筒形の途中が枝分かれしているのを見つけた。

 障害物の前にバスを停め、車を下りたリオは、横倒しの円筒の前にしゃがみ込み、右手でそっとその体に触れてみた。ひんやりとした石の感触。持ち上げてみなくとも、それなりの重量を持つ物だと分かる。


「これが、天を支えていたっていう樹なのかな……」


 リオの隣にしゃがみ込んだアリィは、右手に握り締めた剥き出しのナイフを、その肌に滑らせた。硬い物同士が擦れる音。円筒の表面を削った小さな刃には、白い粉が浮いている。


「なんだか石みたい」


 指先で刃の汚れを拭って、アリィはナイフをしまった。胡乱な目つきでその白い枝を見下ろす。


「こんなのが、天を支えていたっていうの?」

「うーん……」


 リオ自身もその存在を信じられないまま、頭上に広がる青空を見上げた。一面塗りつぶされた青。時折高く積まれた白い雲が通り過ぎていく。


「まあ、これだけ大きなものを支えるんだったら、それなりの大きさは必要だよな」

「非現実的だって」


 アリィは呆れたように首を振る。


「どうでもいいだろう、こんなもの」


 白い枝に興味がないのだろう、車体にもたれたエカは鼻を鳴らした。


「昔はどうであれ、現在は不要なものであることに変わりない」


 リオとアリィは口を閉ざした。思い浮かべたのは、リノウのことだ。


 なんとなくリノウがあのままの状態で暮らしていても意味がないような気がして、リオたちは彼を誘ってみた。いつかエカにそうしたときのように。

 だが、彼は首を横に振った。


『〝フラスコの中の小人〟って知っているかい?』


 代わりに、そんな言葉を投げかけた。


『僕はね、それなんだよ。このガラス器具の中から出られない。出たくない。ここが僕の一生の場所なんだ』


 自分の意志なのか、それともそのように刷り込まれているのか。リオたちには判別できなかった。だが、リノウが現状に満足しているのは本当らしく、エカのときのように食い下がることができず、リオたちは大人しく身を引いた。

 それから彼に別れを告げて、今ここに居る。彼と同じだという樹の残骸の、その前に。


「……行こう」


 リオは白い枝に背を向ける。エカのいうとおり、今となっては必要のないものだった。今となっては、天は支えるものでなく、果てしなく拡がっているもの。

 世界はもう、姿を変えている。

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