兄妹の旅立ち
一度決意が固まると、旅立ちの時は早く訪れた。
リオは、可愛らしい赤い屋根の小さな家に併設されたガレージの中にいた。お伽噺のような風景から一変。文字通り機械油がこびり付いた灰色の四角い空間。その真ん中に鎮座するのは、丸みを帯びた四角く長い車輪付きの箱――おもちゃのように小さな、白とピスタチオグリーンのバスだった。
「……呆れた」
そのバスを前にして、リオは頭を振ってみせる。ピカピカの車体。丸いヘッドライトには、黄色い光が点っている。その運転席側のドアを開けて、白い作業着姿にキャスケットを被ったアリィが降りてきた。
「どうよ。凄いでしょ!? 何年も放置されていたなんて、とても思えない出来でしょ!」
胸の前で両の拳を握り締め、前のめりになってはしゃぐアリィに、リオは心持ち足を後ろに引いた。
「あー、うん。……まさか本当に直せるなんて思わなかった」
新天地を求めて出発を決意して。さて、旅の手段をどうしよう、という話になった。
そこでアリィが思い出したのが、家のガレージに放置されていたこの小さなバスの存在。リオとアリィが生まれる前に両親が使っていたとかいう代物だったが、二人の物心付いてからというもの、動いているところなど見たことがなかった。存在すら忘れていたと言っていい。そんな自動車を直して使おう、とアリィは言い出したのだ。
リオは正直無理だと思った。機械は使わないとすぐに駄目になる。錆が浮き、油が固まって、動かすどころか綺麗にするだけでも一苦労。まして詳しい仕組みのわからないものを、一朝一夕でどうにかできるはずないだろう、と思っていたのに。
今朝になって、できたよ、なんて声を掛けてくるものだから、リオは耳を疑わずにはいられなかった。
そして見てみれば、本当に、エンジン音を立てている自動車があるものだから、驚きを通り越して呆れずにはいられない。
「いや、実は、前からちょこちょこ直してたんだよねー」
照れ臭そうにアリィは鼻の頭を掻いた。
「母さんのコンピュータにデータが残ってなかったら、流石にこんなに早くは出来てなかったかな。でも部品の状態凄く良かったし」
だからってそう上手くいくものかとリオは思うのだが、こうも興奮気味の妹に反論すると、後々面倒臭い。そうか凄いな、と適当に頷いて、後部座席のスライドドアを開けた。
運転席と助手席含め、三列は
「中は快適な居住空間。これなら旅にうってつけでしょ」
こうしてリオとアリィは、小さなバスに荷物を積み込み、旅立ちのときを迎えた。母が亡くなってから一週間ほど経過したときのことだ。
リオは助手席へと座り、アリィが運転席でステアリングを握る。二人の座席の間には、青いペンギンがちょこんと座り込んでいた。
「よーし、それじゃあ」
出発、と気合を入れた掛け声と同時に、アリィはアクセルを踏み込んだ。ツートンカラーのバスは、そろそろと灰色のガレージから明るい庭へと顔を出す。
アリィの繊細なハンドリングとクラッチ操作で緑の敷地からひび割れたアスファルトへと差しかかったところで、アリィは突然ブレーキを踏み、あ、と言って背後を振り返った。
「どうした?」
「母さんに、お別れを言うの忘れてた」
旅仕度に夢中になっていたのだろうか。呆れるリオの隣でアリィはハンドルを回し、窓を開けた。そこから顔を出し、庭の方に向けて声を張り上げた。
「行ってきます!」
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