Setting forth
母の死
母が亡くなった。
突然で、けれど
目を閉じ、手を組み、白い寝台に横たわった母の姿。その様は普段眠っているときとまるで変わらない。まるで電池の切れた機械のように、ぴくりとも動かぬ母。リオも、アリィも、まさか死んでしまったとは、なかなか信じられずにいた。
「これからどうしよう……」
普段の
短く切った黒髪がかかる
だって、今この家には、リオとアリィのたった二人しか残されていないのだから。
毎日三人で楽しく食事をしていたダイニングは、灰色に沈んでいた。テーブルの直上にある丸い明かりが、対面で座る兄妹を薄暗く照らしている。アリィはずっと縮こまったまま。リオは力なく椅子にもたれて、部屋の中を意味もなく見渡していた。孤独な時間ばかりが二人にのしかかる。
「とりあえず……」
リオは重く口を開けた。アリィが琥珀の目だけを上げる。
「母さんを弔わないと」
アリィの顔が物言いたげに歪んだ。だが、リオは有言実行とばかりに立ち上がることで、妹の反論を封じた。言いたいことは分かっている。たった二人で、大人一人を弔うのがどれほど大変なことか。しかも、何をどうやれば良いのか、全く知らないのだ。闇雲に動き途方に暮れることになるのは、火を見るより明らかだ。
それでも、リオは動いた。このまま母の居ない現実に押し潰されることに耐えられなかった。
アリィも同じことを感じたのだろう。ペンギンを椅子に座らせて、あとに続いた。
遺体を棺に入れて、土に埋める。あるいは火に
燃やすのは
「これからどうするの、おにぃ」
黄昏が辺りを赤く染める中、弔いの前よりもずっと明瞭な声でアリィは尋ねる。芯の通った様子に妹が哀しみを乗り越えたのを察したが、リオはというと、
「うん」
と頷いたきり、黙り込んでしまった。リオの視線は、母の墓標に真っ直ぐと注がれている。これから妹と二人どう生きれば良いのか。リオの頭の中では、そればかりが駆け巡っていた。
そんな兄に苛立ったのか、アリィは赤い瞳で強く睨みあげ、責めるよう言い募る。
「あたしたちこれから、世界でたった二人きりだよ?」
リオは、母の墓の向こう、外と庭を仕切る木杭の柵のそのまた向こうに薄い青の目を向けた。切り立った崖のその下には、長い年月の間放置され、風化し、草木に呑まれたビル群が広がっている。
むかしむかし。どれほど昔のことだったか。
世界は、滅びてしまったらしい。
正確には人間の文明社会が滅びたのだが、数多の生き物たちも巻き添えになったので、命は大きく数を減らしている。
その中で、リオとアリィは、家族の存在しか知らなかった。山の斜面に建てられた、赤い屋根の小さな家。お
世界の様相を知らぬまま。
だから、本当に世界でたった二人きりになってしまったのかは知らない。
でも、他の人間に会ったことがないのも事実で。
「……解ってる」
リオは押し殺した声で、吐き捨てた。だからこそ、リオは悩んでいるのだ。たった一人の妹がこの滅びたあとの世界で健やかに暮らせるよう、自分は何をすればいいのか。
突然重みが増した背中。
励ましてくれる母は居ない。
これからは、たった一人で妹を守っていかなければならない。
「ああ、もう! 全く、おにぃはさ」
兄の葛藤を解かっているのか。アリィはリオの眼前に、人差し指を向けた。
「いろいろこちゃこちゃ、難しく考えすぎなんじゃないの?」
「考えすぎって」
少しだけ傷付いたリオは非難の声を上げるが、いつもの闊達とした様子を完全に取り戻した妹の様子を見て、苦笑を浮かべた。先程まで不安そうにしていた妹に、喝を入れられている自分。立場の逆転が
「とりあえずさー」
兄の不安も呆れも知ってか知らずか、アリィは後頭部に手を回し、雑草の細長い葉を爪先で弄びながら言った。
「疲れた。お腹減った。ご飯にしようよ」
原始的で単純で呑気な要求に、リオは笑いを溢す。
悲壮感なんて、何処かに飛んでいってしまったではないか。
「はいはい」
仕方ない、とばかりに頷いて、リオは妹とともに家に入る。献立を考えていると、自分まで空腹を覚えてくるのだから不思議だった。
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