後日譚162.事なかれ主義者は油断していた
ヨルガオちゃんは、話が終わったら「眠い」と言って森に帰っていった。
残った僕たちはとりあえず青バラちゃんとドライアドたちを転移陣でファマリーに帰し、カラバのエルフの代表と話をつけるために街の方へと向かった。
少し離れたところで待機していたのは、カラバの使者として以前お話をした事があるラゼルさんだった。彼にドライアドと話がついた事を伝えると、詳しい事を知りたいから、という事でとある建物に移動する事になった。
居住区の中では比較的大きなその建物は、どうやら観光客や冒険者向けのちょっとお高い宿屋だったようだ。
その中でも大きな部屋に通されて、唯一あった椅子に腰かけるようにお願いされたのでそこに座ってしばらく待っていると、続々とエルフたちが集まってきた。
ジュリウスに視線を向けると「大丈夫です」と言われたので、姿勢を意識しながら座った。
そうしてしばらく待っていると、ラゼルさんが部屋に戻ってきて、エルフたちの一番前に立つと、そのまま跪いた。後ろにいたエルフたちも同じように跪き、ジュリウスに促されたので状況を一通り話をした。
話をし終えた所でラゼルさんが口を開いた。
「街は元に戻らないんですね」
「みたいですよ。これ以上森が浸食する事は基本的にはないそうです。森の木を切ったりしなければ」
僕の忠告を真剣に聞いていた目の前のラゼルさんは落ち着いた様子で話を聞いていたけれど、他の一部のエルフは違ったようだ。その後ろに控えていた内の一人が勢いよく立ち上がった。
「困ります! 中心部に近い所には重要な施設がいくつもありましたし、各国の別荘だって――」
「貴殿らの事情など知った事ではない」
部屋の中に唯一用意されていた豪華な椅子に座っていた僕の方に迫ろうとしていた男性だったけど、ジュリウスが呼び寄せた世界樹の番人の一人に倒されて、押さえつけられていた。
「ドライアドたちはあなたたちの事を許したわけじゃないんですよ。木を切られなければこれ以上森を増やさないって約束しただけで、貴方達が森の中に足を踏み入れる事は許されてません。なので、貴重な薬草も取る事は出来ないでしょう」
どこの世界樹を擁する都市国家も、世界樹周辺に広がる森の中でドライアドたちが育てた珍しい薬草も高値を付けて売っていたらしい。
この国もきっとそうだったんだろうけど、ドライアドたちが立ち入りを許可していない現状、彼らはそれらを手にする事はできないから経済的な問題は解決には至らないだろう。
だけど、それを解決してくれとお願いされてないし、そもそも僕はもう加護がないからこの国の世界樹の使徒でもない。
善意でドライアドたちに話をつけたけど、彼らのために何かしらする必要性はないし、するつもりもなかった。だって、こうしている間にも子どもたちとの貴重な時間が減ってるし。
「森に入らないように厳命しておきます」
「そうしてください。報告は以上なのでそろそろお暇してもよろしいでしょうか?」
「申し訳ございませんが、もう一つだけお頼みしたい事がございます」
「………………どうぞ」
「世界樹を育む加護を持つ方とお知り合いとお聞きしております。どうか、その方に取り次いでいただき、我が国の世界樹に加護を使って頂くようにお願いして頂けないでしょうか?」
まあ、ドライアドたちの問題が片付けば今度は世界樹の問題を、と思うのは当然だよね。
「確かに僕と彼は友人なので話を通す事は出来るでしょう。ただ、彼は他国の人間でしかも貴族様ですから、命じる事はできません。あまり期待しないでくださいね。あと、仮に加護を使うとなってもそれ相応の対価は必要になりますよ」
「できる限りの対価は用意しておきます」
「そうしてください。それでは僕はこれで失礼しますね」
押さえつけられているエルフは手荒に引き摺られて部屋から追い出されたとはいえ、なんか雰囲気悪いしさっさと退散しよう。
首を垂れるラゼルさんたちに見送られながら、僕たちは部屋を後にするのだった。
転移陣を使ってファマリーに帰る頃にはお昼時になっていたので、皆と一緒に昼食を食べた。
一緒にお昼を食べたジューンさんに、ギュスタンさんはもう世界樹のお世話が終わっているか聞くと「もう終わって帰ってますよぉ」との事だったので、ギュスタンさんのお家へとお邪魔する事にした。手紙で済ませても良かったけど面倒事だし誤解のないように面と向かって話し合った方が良いだろうと思ったから。
ギュスタンさんには世界樹の世話を代わりにやってもらっている状況なのである程度の便宜は図っている。そのうちの一つが、彼の新しい家とファマリーの根元を繋ぐ転移陣の設置だ。これでファマリーを経由すればすぐに他の世界樹へと移動する事ができる。
「レモンちゃんも一緒に行くの?」
「レモン!」
「そっか。まあ、ギュスタンさんだしいいか」
「私たちも行く~」
「楽しみだねー」
「どんなところだろーね~」
転移陣の周りに集まっていた肌の白いドライアドたちが僕の体に引っ付いた。ジュリウスを見ると、首を横に振られた。
「…………まあ、ギュスタンさんの所だし大丈夫か」
危ない所でもないし、ギュスタンさんもドライアドたちとは面識があるだろうから驚く事もないだろう。
そんな事を思いながら転移したら、ギュスタンさんが出迎えてくれた。先触れを出しておいたからわざわざ出迎えてくれたようだ。
別にそんな事をしなくてもよかったのに、なんて事を思いながらふと彼の後ろを見ると、知らない綺麗な女性が三人いた。そのうちの二人が、僕の状態を見て目を丸くしている。
やらかしてしまったかもしれない、なんて事を思いながらもギュスタンさんに「こんにちは」と挨拶をするとドライアドたちも元気よく挨拶を復唱した。ギュスタンさんは慣れているので動揺する事もなく朗らかに笑うだけだ。
「こんにちは、シズトくん。今日もドライアドたちに好かれているね」
「好かれている……ってわけじゃないような気もする。そんな事より急にごめんね?」
「大丈夫だよ。僕もシズトくんに用事があったし」
意味深にチラッと後ろを見るギュスタンさん。三人の女性は同時に黙礼をしてきたので、とりあえず僕もお辞儀をしておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます