後日譚153.柔和な女王は空振りに終わった

 和やかなムードのまま話し合いを進める事ができたイルヴィカは、そのまま『天気祈願』して回るというシズトについて行く事にした。

 今回はあくまでエンジェリア帝国の女帝であるオクタビアの婚約者、という立ち位置を崩さないように立ち回っている彼だが、実際はエルフたちに多大な影響力を持ち、シグニール大陸一の武力を誇ると言われている眠れる大国ドラゴニアにも顔が利き、転移門を活用した経済活動で並ぶ国がいなくなった商業国家ガレオールの女王の伴侶でもある。その他の仕事を後回しにしてでも交流を深めておく事は悪い事ではないはずだ。そうイルヴィカは考えていた。

 ただ、魔動車という馬を必要としない不思議な馬車に乗る事になって少し後悔した。


「ジュリエッタさん、今後は僕が乗る時は運転しないでもらえますか?」

「はい、すみません……」

「あと、人が多い街道とかはもう少しスピード落とすようにね」

「はい、すみません……」


 魔道具を使い始めた瞬間、人が変わったかのような言動となった女エルフ――ジュリエッタを、顔色の悪いシズトが叱っていた。イルヴィカもオクタビアも同様に顔色は悪い。運転が荒くて、酔ったようだ。

 唯一、平気そうなのはシズトの専属護衛であるジュリウスだ。エルフ特有の金色の髪は短く、鋭い目は翡翠のような緑色だった。


「申し訳ございません、シズト様。アダマンタイト製の魔動車をシズト様の安全を考慮しながら止める事は流石に難しく、結局止められませんでした」

「いや、まあ……うん。しょうがないよ」


 転移陣を使って緊急脱出する事も考えたシズトだったが、イルヴィカの前でそれをしていいのか判断がつかなかったので、目的地まで耐えるしかなかったようだ。ジュリエッタは肩を落として「申し訳ございませんでした」と掻き消えそうな声音で謝っている。

 ぐったりとした様子のドライアドをひょいっと持ち上げてジュリウスに預けたシズトは、遠くの地平線に視線を向けた。


「まあ、死人が出る事はなかったから良しとしようか。後が詰まってるし、サクッと終わらせちゃおうか」


 そういうや否や、常人でも可視化できる程の膨大な魔力をその体からあふれ出させたシズトは、見物をしていた町の兵士たちの視線を気にした様子もなく手を合わせた。別に手を合わせなくても加護を使う事はできるが、演出というのは大事だろう、という事で祈りを捧げるかのように目を瞑る。

 周囲の警戒をジュリウスがする中、シズトは「【天気祈願】」と呟いた。

 憎らしいほど雲一つない青い空が広がっていたが、どこからともなく現れた雲がどんどんと増えていていき、頭上を覆っていく。事前にそうなる事を知らされていた町の住人たちはぽかんと口を開けたまま、城壁の上に立っているシズトの後姿と、刻一刻と変わっていく空模様を見上げていた。

 シズトの体から噴き出すかのように彼の体を覆っていた青白い魔力が霧散していき、シズトがゆっくりと目を開く頃には魔力は見えなくなっていた。


「ん、とりあえずこんくらいかな? あんまりいきなり大雨を降らせてもまずいでしょうし、今降っても困るでしょうから夕方から雨が降るようにお願いしておきました」

「…………シズト様が新しく授かった加護は本当に規格外のものですね」

「大昔には普通にあったそうですよ」

「どうして今は残っていないのでしょうか?」

「悪い事に使おうとしたものが出てきたから、と神様が仰ってた気がします」

「神様というと、チャム様、でしたか」

「はい。この町にも祠を設置してくださるとの事で、チャム様も喜んでいらっしゃると思います」

「これほど劇的に変える力があるのであれば話は別です。祠と言わず、教会も各町に建てさせましょう」

「いいんですか?」

「良いも何もないですよ。夕方から雨が降ったらこの町の住人達もチャム様のお力を実感するでしょうから、勝手に建てられる可能性もあります。国が作ったものよりも立派な物を作られたら面子が丸つぶれですからね。しっかりと建てさせていただきます」


 シズトとしてはちっちゃな祠を作って信仰してくれればそれでよかったようだが、小さな国とはいえ面子という物がある。イルヴィカは教会を建てる際にかかる時間とお金などを思案しているようだが、それに待ったをかけた人物がいた。先程から空気となりかけていたエンジェリア帝国の女帝である。


「必要な物があれば仰ってください。エンジェリアからも必要な人員や物資などを用意します」

「よろしいのですか? こちらとしては大変ありがたいですが……」

「婚約者であるシズト様が信仰している神様を祀る教会ですから当然です」

「ありがとうございます。……婚約者と言えば、このような加護を放っておけるわけもないと思いますがいかがでしょうか? エンジェリアのような大国ほどではありませんが、我が国にも美貌で有名な女性がいます。オクタビア様には申し訳ありませんが、シズト様は他の一部の勇者様と同じく十八歳になるまでは女性に手を出さないとお聞きしております。一晩だけでもお楽しみいただけたらと思うのですが……」

「そういうのは間に合ってるので大丈夫です」

「今晩のお相手がすでにいらっしゃると?」

「いや、別に毎日しなくても死なないから必要ないだけですけど!? っていうか、オクタビアさんも婚約者なんだからなんか言ってよ」

「えっと……シズト様の考え方や価値観はお話を通して理解はしましたが、こちらの世界だと種を貰うために一晩だけお相手をする事なんて普通ですから……今後もあり得ると思いますよ?」


 天を仰ぐシズト。イルヴィカは是が非でもチャム神との縁をシラクイラに取り込むべくアピールをするのだが、彼は首を縦に振らない。

 ジュリウスが運転する魔動車に乗って次の街へ移動中も思いつく限りの提案を続けるのだった。

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