後日譚147.自称お姉ちゃんたちは記憶だけに留めて欲しい

 転移陣の設置に関する話し合いはそれほど時間もかからずに終わった。

 結局、町長にはある程度話を通す事にしたようだ。小さな町だ。隠しきる事なんて不可能だろうから、という事でそうなった。ただ、内容は少々修正が入ったが――。


「へ~、これがダンジョンで手に入れた魔道具なのかぁ」

「そうよ。対になっている魔道具と繋がっていて、行き来が自在なの」


 冒険者であれば、危険と引き換えにダンジョンから様々な魔道具を手に入れる事ができる。その中には使い方が分かっていない物もあるし、公にされていない物もある――と言われていた。

 実際、冒険者になってみると分かるがパーティーの切り札とも呼べるような強力な魔道具であれば秘密にする事が当たり前だ。

 冒険者ではないが、町の長という事で元冒険者の町民と話す事も多々あるこの町の現町長であるグレンもその事は当然知っていた。

 だからルウから魔道具である転移陣を見せられても「そんな便利なものまで隠されてるんだなぁ」と思った程度だった。当然、パーティーの切り札を見せる上で誓文書を書かされたのだが、これは確かに書かされる事案だ、とも思ったのだが、これがあったところでグレンに不都合はなかった。

 これを使ってここにやってくるのは昔からの顔なじみであるラオとルウの二人に加えて、その家族だけだ。それに加えて、飢饉や疫病などのトラブルが起きた際に転移陣を活用して必要な物資を運んでくれるという約束も取り付けた。町長として町民を守る義務がある彼にとって、メリットの方が勝ったようだ。


「こんなすごい魔道具があるかもしれないなら、俺も冒険者になればよかったな」

「そうかもしれないわね」


 ルウは曖昧に微笑んで、物置小屋から外に出た。彼女の後をグレンも追う。


「でも、もし冒険者になってたら今の奥さんたちには会えてなかったんじゃないかしら?」

「そうだなぁ。でも、絶世の美女と結婚してたかもしれん」

「奥さんに言いつけちゃおうかしら?」

「やめてくれ! 冗談だよ、分かってるだろ?」

「ええ、分かってるわ。ただ、奥さんに対する不義理は見逃せないわ。私も、結婚したんだから」

「ああ、あの男とだよな。噂になってたぞ、もしかして、ってな」

「娯楽がない町だから噂話は仕方がないわよね」

「まさか二人同時に娶ってるとは思わなかったけどな~」

「噂好きのグレンの洞察力も落ちたって事ね」

「歳には勝てねぇわ」


 隣を歩きながら豪快に笑う男性を、ルウは見下ろした。

 十年前は白髪がほとんどなかった髪は、大部分が白くなっている。それは町長としての立場が大変なものだからか、それとも歳だからかは定かではない。引き締まっていた体は、お腹周りがだいぶだらしなくなっている。顔に刻まれている皺も歳相応に増えていた。

 十年前と変わらない物もあるが、変わる者も当然ある。それに関して少しだけ寂しさを感じながらも、幼少期に結婚する約束をした男性を見送るのだった。




 ルウが室内に戻ると、蘭加を抱っこして大泣きされている父親のロイと、シズトが持ち上げた静流とまじまじと見つめ合っている母親のシアの姿があった。


「お父さんは分かるけど、お母さんは何をしているのかしら?」

「父さんが抱っこしたからシズトが気を利かせてシズルを抱っこさせようとしてんだけど、ジッと見てるだけで手を出さねぇんだよ。それでああなってる」

「ラオ~、ランカが泣き止まないんだけどどうすればいい?」

「無理だ、諦めろ」

「シズトくんでも未だに時々泣かれちゃうもんね~」

「やっぱり関わりが足りないのかなぁ」

「世間一般で考えると多い方なんじゃないかなぁ、ってお姉ちゃんは思うわ」

「……お姉ちゃん?」


 不思議そうに首を傾げたシアに対して、ルウは「なんでもないわ」と首を振った。

 ここでは変な事を言わないようにしないと、とルウが思っているのも見透かしているかのようにシアは目を細めていたが「まあいいわ」と言って再び静流をジッと見る。


「ランカと比べると、シズルはアンタに似てないんだね」


 シアが言う通り、静流の目と髪はルウと同じく燃えるような赤色だった。

 シズトは「そうですね~」と相槌を打ちながら持ち上げていた静流を「えいっ」という掛け声とともにシアに押し付けた。

 ギュッと服を掴まれてしまえばどうしようもない。シアはシズトに押し付けられた静流を優しく抱いた。


「この子は全く人見知りしないんだね」

「そうですね。むしろ寂しがり屋だから大体誰かに引っ付いてます」

「そうかい。そこはルウには似なかったんだね」

「ルウさんは赤ちゃんの頃はどんな子だったんですか?」

「ランカのように人見知りが激しくてよく泣いてたよ。懐かしいねぇ」

「そうなんだ……意外かも。昔の様子とか写真……はないか。絵とかで残ってたりはしないですよね……?」

「貴族様じゃないからね。そんなものあるわけないだろ?」

「ですよね。じゃあその代わり、ルウさんとラオさんの昔のお話色々聞かせてください」

「……分かったよ」

「お母さん! 恥ずかしい話はやめてね!」

「どれが恥ずかしい思い出か分からないわ。アタシとしてはどれも大切な思い出だからね」


 シアが口角を上げると、大騒ぎしながらあやしていたロイが珍しそうに彼女の顔を見た。

 だが、それにシズトは気づいた様子もなくアイテムバッグを漁ってる。


「何してんだよ」

「え? せめてお話の記録だけでも取ろうかなって」


 魔道具『魔動カメラ』を取り出したシズトだったが、それをラオが取り上げた。姉妹二人とも恥ずかしい話は記録に残したくないようだ。蘭加とロイの関わりを撮り始めたラオを見てシズトは「もう一つあった気がする」と言ってアイテムバッグを漁り始めたが、ルウは彼からアイテムバッグそのものを取り上げるのだった。

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