後日譚145.事なかれ主義者は実家を訪れた

 隣町からトコトコと歩いて行くにはそこそこ距離が離れている、という事で行商人を捕まえて移動しようかと思ったけれど、アイテムバッグから取り出した浮遊台車に乗って移動する事となった。


「これは使ってもオッケーなの?」

「まあ、冒険者として手に入れた物って言っておけばいいだろ。それに、シズトも最初の頃は使ってただろ?」

「使ってたって言うか、使わされてたって感じだったけどね」


 僕が押す浮遊台車には蘭加を抱いたラオさんが乗っていて胡坐を組んで座っている。

 並走する浮遊台車には静流を大事そうに抱えているクーが浮遊台車に乗せられていてルウさんが台車を押していた。

 服に付与された身体強化魔法を使いながらキックボードのように地面を蹴ってスイスイ進んでいると、ある気よりも何倍も早くラオさんたちの故郷に着く事ができた。


「ここら辺は魔物あんまりいないんだね。侯爵領の中でも端っこの方なんでしょ?」

「いや、いるにはいるけどクーがなんかしてたみてぇだ」

「ありがとね、クーちゃん」

「別に。お兄ちゃんの子どもたちの事を考えたらそうした方が良さそうだからしただけだし? アンタたちのためじゃないし?」


 ツンデレかな?

 そっぽを向きながらも大事に抱いていた静流をルウさんに帰したクーは、次の瞬間にはその場から消えて僕の背後に転移していた。


「まあ、来るとは思ってたから気を張ってたけどさ……飛びつくのはやめてって言ったよね?」

「しらなーい」


 万が一の時には子どもたちを優先的に安全な場所に転移してくれる約束だからこのくらいは我慢するべきだろうか?

 悩みつつも背負い直している間にラオさんとルウさんは協力してアイテムバッグの中に浮遊台車をしまった。

 小さな町をぐるりと囲っている壁は人の背丈くらいはある。その近くには堀のような物があって、水が流れていた。


「これは魔物対策なの?」

「そうね。でも、ゴブリン程度しか防げないんだけどね」

「どっちかっていうと盗賊対策だな。まあ、盗賊の中には魔法を使える者もいるからこの程度は簡単に超えるけど」


 ……壁として機能しているんだろうか? と思ったけれど、あるとないとでは安心感が違うらしい。気持ち的なものなのか、と思いながら歩き始めたラオさんたちの後を追う。

 僕たちの事は近づいている段階で気づいていたであろう見張り一人が町の中から人を連れて戻ってきていた。ラオさんは軽く手を挙げると、警戒した様子で出てきた人の顔が綻んだ。


「グレンのおっさん、久しぶりだな」

「やっぱりラオとルウか! 見覚えのある奴らだなぁ、とは思ったが……見違えたなぁ」

「町を出たのが十五の時だからな。そりゃ変わるだろ」

「ちげぇねぇ。……それで、気になってたんだけどやっぱり抱いているのはお前たちの子か?」

「そうよ! それで、こっちが私たちの旦那さん」

「そうかそうか、その黒髪の兄ちゃんが……ん? 私たち?」

「そう、私たち! 二人の旦那様なのよ!」

「ほぉ~ん……なるほどねぇ……」


 じろじろと品定めされるかのような視線を浴びながらも、僕はクーを背負い直した。すると、グレンと呼ばれた男性の視線が僕が背負っていたクーに向かった。


「もしかして、その背中の子はどっちかの子ども……ってわけじゃないか。大きすぎるもんな」

「この子は一緒のパーティーの子よ。転移魔法の使い手なの」

「へぇ~。便利だなぁ」


 ルウさんとグレンさんの話は長引きそうだけど、その間に僕たちは見張り役の青年に冒険者としての証であるドッグタグを見せて、町に入る手続きを進めた。

 魔道具の納品依頼をずっと続けていたけど、加護を失ってからは何もしていなかったので下から二番目のFランクになってしまっていた。今後も身分証として使うなら町の子たちに混じって町の依頼をこなす事も考えた方が良いかもしれない。お金には困ってないから商人ギルドに在籍するのもありか……?

 見張りの人からドッグタグを返してもらうとラオさんたちの会話は一段落着いたようで、グレンさんたちと別れて町の中に入る事になった。

 少し歩いたところでルウさんが先程の男性の事を「この国の長なのよ」と教えてくれた。


「とりあえずお父さんたちに話をしてからシズトくんの事を伝えるか考えるつもりなのよね?」

「ああ」


 ぶっきらぼうに返事をしたラオさんは町の中をきょろきょろと見回しながら歩いている。僕もラオさんが見ている物を見ていると、ルウさんが見ている物について色々教えてくれた。誰の家なのか、とか思い出話とか。

 壁の中に畑があったり、飼育されている動物がいたりするのはやっぱり魔物がいるからなのかな、なんて事を考えながら歩いていると段々と民家が増えてきた。

 どれがラオさんたちの家なのかな、とそわそわしながらきょろきょろしているとラオさんが手を軽く上げ、ルウさんがぶんぶんと手を振っているのに気づいた。

 そちらに視線を向けると、他の建物よりも大きめに作られた二階建ての建物の前でルウさんと同じように手を振っている男性と、腕を組んで仁王立ちをしている女性がいた。男性はラオさんたちほどの身長だけど、女性は僕と同じくらいか少し低いように見える。

 男性がこちらに駆けよってくる。短く刈り上げた白髪交じりの赤い髪に、優しそうな印象を受ける赤い目をしているその男性に向かって、ルウさんも小走りで駆け寄った。


「良く帰って来たなぁ、二人とも! 元気にしてたかぁ~?」

「お父さん、ただいま。ちょっと色々あったけれど、今は何ともなく元気よ」

「そうかそうか、それはよかった。赤ちゃんも元気そうだなぁ。二人とも子どもを産んだのかぁ」


 わいわいと賑やかに話す二人を素通りして、ラオさんは仁王立ちして待っている女性の方へと歩いて行く。僕はどっちに行った方が良いんだろうか。一瞬考えたけど、話し込んでいる二人の間に入る勇気はないので、ラオさんについて行く事にした。


「ただいま」

「お帰り」

「…………それだけ?」


 二人は最低限の挨拶を終えると、揃って玄関から建物の中に入っていこうとした。慌ててラオさんに問いかけると、二人は足を止めて僕の方を見た。

 恐らくラオさんのお母さんであろう女性が鋭い目つきでラオさんの方をじろりと見た。ラオさんとルウさんは髪と目の色はお父さんに似たんだなぁ、なんて事を考えているとラオさんが「あ? ああ、紹介した方が良いか」と呟いた。


「アタシたちの旦那のシズトだ。一緒に冒険者をしてる」

「…………へぇ」

「詳しい話は中でいいだろ」

「そうね。……ちょっとアンタ! ルウ! さっさと中に入りな!」

「そうだった。赤ちゃんたちも早く休めた方が良いよね、きっと。ルウ、早く中に入ろうか」

「はーい」


 ラオさんたちは二人のやり取りに興味を示す事もなく、建物の中に入っていく。それを慌てて僕も追うのだった。

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