後日譚56.事なかれ主義者は慣れた事もある
ラオさんとルウさんは無事に出産を終えた。
僕は結局出産の現場に立ち会う事はできなかった。
陣痛が来る度におろおろしていたらラオさんから「気が散る」と言われてしまったのですごすごと退散し、ルウさんの部屋に移動したけど産婆さんの「狼狽えるんだったら出ていきな!」とハンナさんにレモンちゃんともども追い出された。
ラオさんとルウさんの部屋は結構離れているので中庭側の窓から様子が見えるので動きがあったらそっちに慌てて移動するのを繰り返していた。
夕方頃になるとお嫁さんたちが集まってきて、半々くらいに分かれてルウさんとラオさんの部屋の前に陣取りお喋りをしていたけど、僕とレモンちゃんはひたすらそわそわしていた。
そんな様子が面白いのか、屋根伝いに中庭側に入り込んだドライアドたちが窓に張り付いて僕を追って移動していたけど、それぞれの出入り口からもう片方の出入り口が見えにくくなってしまうので「真正面には張り付かないで」とお願いした。
産まれた時刻はほとんど同時だった。ラオさんの方が先に子どもを産んでいたけど、誤差数秒だろう。
アッチに行くべきか、コッチに行くべきかとそわそわしていたら「落ち着くまで入るんじゃないよ!」とハンナさんに言われたので大人しく用意されていた椅子に座った。
ルウさんの希望でまずは姉であるラオさんの方から、という事になったのでラオさんの部屋に入るとラオさんは魔力マシマシ飴を舐めながら生まれたばかりの赤子を抱いていた。
「大丈夫なの?」
「あー……まあ、な」
歯切れが悪いラオさんは珍しい。実際はしんどいんだろう、たぶん。
ラオさんのベッドのすぐ近くに行くと「ん」と抱いていた赤子を差し出された。
首がすわっていないので気を付けて受け取った。流石に四人目となるとこのくらいはできるようになる。
「女だったからランカでいいんだよな?」
「うん」
「シズトの名前が入ってないけどいいのですわ?」
「全然いいよ。苗字は音無になるし」
レモンちゃんと一緒に蘭加を覗き込んでいたレヴィさんはそれで納得したようだ。
ラオさんが産んだ女の子はプロス様から加護を授かっている事が分かっていたので、それに関する名前を入れたかったから蘭加にした。ラオさんの『ラ』も丁度入るし。
しばらく蘭加を抱っこしていると、それをジッと見ていたラオさんが口を開いた。
「ルウの方も無事に産まれたみてぇだな」
「うん。ラオさんと同じで安産だったみたい。やっぱり加護があったんじゃないか、って事で確認してもらってる所」
「簡単に確認って言うけど、普通は加護を授かっているかなんて知識神の教会に行って金を払わねぇと分からねぇからな?」
「鑑定眼鏡便利ですけれど、扱いには気を付けた方が良いですわね」
「そうだね」
まあ、加護持ちの『鑑定』と比べるとみる事ができる情報は少ないらしいけど、それでも悪用されないように気をつけなくちゃいけないし、やりすぎて知識神の教会から目をつけられるのも避けたい。
あくまで身内の人間だけに使っていこう、と改めて思った。
ラオさんに「ルウがお前の事を待ってるだろーから向こうにも行ってやれ」と言われたので、蘭加はレヴィさんに預けてルウさんの部屋に移動しようとしたけど、レモンちゃんが抱っこさせろと主張してきた。
「駄目だよ、レモンちゃん」
「レモン!」
「こら、髪の毛伸ばさない! 危ないでしょ!」
「レモーン!」
「抱かせてあげたらいいと思うのですわ」
「そうすると他のドライアドたちも抱っこさせろって言ってくると思うよ?」
「今更だろ」
「そうかな? まあ、ラオさんが良いなら良いけど……すぐにルウさんの所に行くからちょっとだけだからね」
「レモーン」
髪の毛を器用に使って蘭加を受け取ったレモンちゃんは、僕の顔辺りまで蘭加を持ち上げてしげしげとその顔を眺めている様だった。
窓の外にいるドライアドたちがその様子を見ているのでまたねだられるんだろうなぁ、と思ったけれど、それまで静かに控えていたモニカが「屋敷の中に入れた子だけだと言えば分かってくれると思いますよ」と言った。
「明日からさらに引っ付こうとする子が増える気がするなぁ……」
「頑張って避けるのですわ」
「無理を仰る。……レモンちゃん、そろそろおしまいだよ」
「レモン? レレモン!」
「何言ってるか分かんないけどおしまいだよ」
「シズトが抱っこしているくらいは抱っこしてもいいはずだ、的な事を言いたいみたいですわ」
「いやほんと、読心の加護って便利だね」
「今はとっても便利だと実感するのですわ」
なんて事を言っている間に壁際に控えていたジュリウスがレモンちゃんから蘭加を回収して、ラオさんの元に戻していた。
レヴィさんたちはこっちにしばらく残るとの事だったので、僕とレモンちゃん、それからジュリウスだけがルウさんの部屋へと移動する。
ルウさんの部屋ではパメラが主に騒いでいてとても賑やかだった。
「シズトくん、お姉ちゃん頑張ったわ」
「もうお姉ちゃんじゃなくてお母さんだけどね」
「それもそうね」
ラオさんと同じく、ルウさんは魔力マシマシ飴を舐めながらのんびりしていた。
それでも顔色は良くないので無理をしているのだろう。
後産もある事だし、あまり長居しない方が良いだろう。まあ、長居しようとしてもハンナさんを筆頭に産婆さんたちに追い出されるだろうけど。
「シズルちゃん、お父さんですよぉ」
ルウさんが産んだ子どもの名前は静流。男の子でも女の子でもどっちでも大丈夫なようにしていたけど、ジューンさんが僕に静流を渡す際に「女の子ですぅ」と教えてくれた。
「れも~ん」
「こら、髪の毛伸ばさない! 危ないでしょ」
「レモン!」
「触りたいのはまあ分かるけど、ちょっと待って」
しっかりと静流を抱きかかえてからレモンちゃんに触ってもいいよ、と伝えて僕はルウさんのベッドに腰かけた。
ルウさんの部屋はラオさんとは異なり可愛らしいぬいぐるみがたくさん飾られている。
それらの内のいくつかを手に取っているのはエミリー、シンシーラ、パメラの獣人三人組だ。
「シズル、こっち見るデスよ! 鳥のぬいぐるみです!」
「狐のぬいぐるみの方が可愛いわよ、見えるかしら?」
「……これは狼じゃないじゃん。狼のぬいぐるみはないじゃん?」
エミリーとパメラは静流の気を引こうと話しかけているけど、産まれたばかりの人間の子どもは目があんまり見えない気がする。
ただまあ気持ちは分かるので、レモンちゃんが抱っこさせろと主張してくるまでの間、静流を抱っこしたままじっと過ごした。
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