後日譚47.事なかれ主義者はコツを知りたい

 使者としてやってきたのは数人の兵士と煌びやかな装飾品を身に着けた年配の男性だそうだ。

 マルセルさん曰く、彼は軍部でも上の方の地位にいる人物で、侯爵の爵位を授かっているそうだ。

 使者との会談の場に参加するのは僕とランチェッタさん、それからメグミさんとレスティナさんだ。

 女性が多いけどそこは男性の兵士を配置してバランスを取ろう……と思ったけど、エルフって見目がとてもよく出男か女か分かんない時あるんだよね。ライデンやムサシにも同席してもらおうかな、なんて事を考えていたのは僕だけではなかったらしい。


「同席してもらえるかしら?」

「構わないでござるが……交渉はセバスチャンの方が慣れているでござるよ?」

「交渉はわたくしがするから必要ないわ。ムサシとライデンには後ろに立っていてくれるだけでいいの。向こうはもう舐めて来ないと思うけど一応、ね」

「承知したでござる」

「面倒だが、仕方ねぇなぁ」


 そんなやり取りを行った後、ランチェッタさんと一緒に使者が待つ部屋へと向かった。

 背中に背負っていたレモンちゃんには降りてもらって、クーと一緒に別室で待機してもらっている。これだけ警備が厳重だと必要ない、という事らしい。

 まあ、真面目な話をする時にレモンちゃんとクーがいると何とも言えない空気になるから、という理由もあるかもしれないけど。


「まずは向こうがどのようにわたくしたちを出迎えるか、しっかり見る必要があるわ」

「座って出迎えるような人はダメ、なんだよね?」

「そうね。一番いいのは首を垂れて全員が部屋に入るのを待つ事だけど……向こうも国を背負う身だからそうそう頭を下げるなんて事はしないでしょう」

「こちらでお待ちです」

「ありがと。……僕は最初に入るけど、基本的に見てればいいんだよね?」


 案内のエルフにお礼を伝えて、改めてランチェッタさんに尋ねると、彼女は頷いた。

 基本的にはランチェッタさん、レスティナさん、メグミさんで話を進めて、僕は黙って座っていればいいとの事だ。

 余計な事を言って事態をややこしくしたくないし、言われたとおりに大人しくしていよう。

 そんな事を思いつつ、エルフたちが開けてくれた扉をくぐる。

 出迎えてくれた使者の方は……立ってるな。とりあえず、話をする前にご破算、なんて事にならずに済みそうだ。

 ランチェッタさんたちを引き連れて堂々と歩き、急ぎで用意した円卓のテーブルの奥の方に座るために歩いていると、使者の視線を感じた。

 今回は公式の会談なので、エルフの正装である真っ白な純白の布地に金色の刺繍が施された服を着ているんだけど……どこか変だろうか?

 いや、エルフの正装を人間が着ているのは変だけど……。

 なんて事を考えていると、後ろから咳払いが聞こえた。

 振り返ると、ランチェッタさんが椅子を指し示している。どうやら座るべき場所の椅子を通り過ぎてしまったようだ。


「しっかりしなさい」


 扇子で口元を隠したランチェッタさんに目だけで謝意を示し、改めて僕が座るべき席の近くに座ると、使者としてやってきた男性と、護衛として部屋にいる兵士以外は全員座った。


「どうぞ、おかけください」


 僕はまっすぐに男性を見て座るように促すと、彼は「ありがとうございます」と言って交渉の席に着いた。

 はい、僕の今回のお仕事はこれでお終い!

 後はランチェッタさんたちの話し合いを見守るだけだ。

 …………あれ、お茶とお菓子は出されないんすか? これから割と気まずい空気が流れる気がするんですけど…………?


「きょろきょろしない」


 扇子で口元を隠したランチェッタさんに再び指摘されたので大人しく姿勢を正して座った。

 それを見届けたランチェッタさんは扇子を閉じて使者を見た。


「このアドヴァン大陸から西に海を渡った先にあるシグニール大陸の国の内の一つ、ガレオールの女王ランチェッタ・ディ・ガレオールよ。こちらの二人は……紹介する必要はないかしら?」

「私はこの御方は見た事があるわ。そうよね、シャルル・ド・ラヴォー侯爵?」

「はい。お久しぶりでございます。マグナ公爵閣下」

「私は初めまして、ですね。クレストラ大陸にある大国ヤマトの女王ヤマト・メグミです。以後お見知りおきを」

「サンレーヌ国にある侯爵家の当主シャルル・ド・ラヴォーです。こちらこそよろしくお願いいたします。……今回の会談に関しては第三者として参加して頂けるわけではなさそうですね」

「そうね。私たちはこちら側の人間と思ってもらって結構よ」


 レスティナさんがそう答えると、「そうですか」とラヴォー侯爵は残念そうに呟いた。


「さて、挨拶は済んだところで、今回はどのようなご用件かしら?」


 自己紹介が一段落したところでランチェッタさんが口を開いたけど、僕の紹介はやっぱりしないようだ。

 身分の上の人間には、基本的には話しかけられるまで声を掛けてはいけないらしい。

 ラヴォー侯爵は僕の事をひとまず置いておく事にしたようだ。ランチェッタさんを真っすぐに見る。


「侵略行為を即刻辞めていただきたい」

「あら、わたくしたちは侵略行為なんてしていないわよ? ただ、我が国ガレオール主導の交易船団に使われていた船をよこせと言われたから抗っていただけだわ」

「では、占拠している街から兵を引いていただきたい」

「いつかは返す予定よ? ただ、それがいつになるのかはそちらの提案次第ね」

「帆のない船を献上するようにと申し入れた事を撤回致します」

「献上、ね。物はいいようね…………それはそもそも謝罪とセットで当たり前の事よ」


 ランチェッタさんは言外に話にならないと伝えたが使者さんは動じた様子もない。

 落としどころは事前に聞いていたけど、こちらから言うとそこからさらに譲歩を迫られるのと、向こうの出方を知りたいという事で和平条件を提案してもらう形を取ったみたいだ。

 当然、向こうとしては少しでも条件を軽くしたい、という思惑があるのだろう。色々と提案されたけどそのほとんどをランチェッタさんが「足りないわ」と首を縦に振らなかった。


「残念ながら今回は合意に至りそうもないわね。ひとまず、マルセル侯爵を筆頭に、捕虜にした者たちの一部をそちらにお返しするわ。その者たちの話をしっかり聞いて、改めて和平交渉の席に着く事をお勧めするわ」


 どうやら今回の話は特にまとまる事もなく終わるようだ。

 やっと終わりそうだ、と姿勢を崩したらランチェッタさんに一瞥されたのでシャキッと姿勢を正す。

 …………なんでみんな姿勢よく座っていても疲れないんだろうか? 何か隠されたコツとかないか、後で聞いてみよう。

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