第26章 他力本願で生きていこう
539.事なかれ主義者は操縦は任せる事にした
不毛の大地にあるダンジョン『亡者の巣窟』を攻略中の明たちを手助けするために僕も現場に赴いていたけど、四十五階層にいたフロアボスが異次元の強さだったらしく、明たちは攻略を断念した。
そこまでは良かったんだけど、フロア間を移動できないはずのダンジョンのモンスターが、あろう事かダンジョンを破壊して迫ってきていたらしく、慌ててダンジョンから脱出した。
それでも嫌な予感が消える事はなかったので慌ててアダマンタイトで簡易的なシェルターを作った。
お豆腐建築だったけど、明たちを追ってきていたフロアボスがダンジョンすら破壊して外に現れたのでそれでよかったと思う。
「ダンジョンのモンスターがダンジョンを破壊して外に出る事なんてあるの? あっ、あれがスタンピードってやつ?」
「いえ、スタンピードが発生した際に、ダンジョンが破壊された、なんて事は聞いた事がありません」
僕の疑問に答えてくれたジュリウスは、真っ暗だった空間を照らすためにアイテムバッグから魔道具『浮遊ランプ』を取り出して起動させていた。
淡く優しい明かりに照らされて、彼の金色の髪の毛がキラキラと輝いている。
エルフは容姿端麗な人ばかりだけど、ジュリウスはその中でも群を抜いて整っている方だと思う。
ただ、浮いた話がないのは世界樹の番人と呼ばれる集団のリーダーをしているからだろう。
自由恋愛を推奨しているけど、本人はそういう事をするつもりが一切なく、今までの贖罪のために僕に仕えているらしい。
エルフたちが秘匿した世界樹の真実――神様の加護を使って育てていたのに、その神様を広める事無く利用していた事を知って以来、そう言っているんだけど、そういう事をしたのはエルフの中のごく一部の上層部だという事は分かっている。
ファマ様も「もう興味ないんだな」と言っていたし、そういう事をしなくてもいいんだけどなぁ、と思うけど彼の好きにさせている。
「アレには邪神の加護があるようです」
そう教えてくれたのは前世からの知り合いの黒川明だ。
中性的な顔立ちで女子たちによく「可愛い」と言われていたその顔は血の気がなく、真っ青だった。
体も小刻みに震えているけど、しっかりと握った『身代わりのお守り』を見せてくれた。
「先程まで使っていた物ですが……一瞬だったのにこれだけ呪われていました。シズトは無事でしたか?」
「いや、僕は多分大丈夫だと思うけど……」
別にチラッとその姿を見ただけだったから……と思ったけど、懐から取り出した『身代わりのお守り』は一部が変色していた。
「あんな少しの間だけでこんなに呪われてるなんて……」
「シズト様、こちらをどうぞ」
「ありがと、ジュリウス。クーも替えときなよ」
「………」
肩越しに背負っている小柄な少女の様子を窺ってみたけど、先程から何やら黙って難しい顔をしている。
とりあえずジュリウスから受け取った『身代わりのお守り』は懐にしまっておく。
「……っていうか、ホムラたちは何をしてるの?」
クーと同じくホムンクルス……じゃなくて魔法生物であるホムラとユキはアイテムバッグから予備のスクリーンと投影機を取り出して設営していた。……なぜか、僕が見えない向きで。
気になって様子を見ようと近づこうとしたら、ホムラとユキがこっちに来ないで、と同時に僕を制した。
「マスターはその場で待機していてください。外の様子をこれから確認します」
「大丈夫だとは思うけど、一応用心しておいた方がいいでしょう?」
ダンジョンから現れた者が一体何なんのか、今どうしているのかを確認できるように、外に魔道具『ドローンゴーレム』を放り出しておいたそうだ。
中から外にある物を操縦できるか疑問だったけど、問題なく操作できたようだ。
外の音が魔動投影機に追加で付与された魔法によって聞こえてくる。
『あぁ、久しぶりの外はいいねぇ。窮屈な穴倉生活に飽き飽きしていたから、少しの間、楽しむのも悪くないかなぁ。僕が言ったら歓迎してくれる国はいくつかあるし……。ああ、でもその前に、逃げ込んだ奴らを始末しないとねぇ。その中にいるのは分かってるんだよ? 早く出てきたらできるだけ苦しまない方法で殺してあげるから、早く出ておいで?』
「どうやらドローンゴーレムには気づいていないようですね」
「『身代わりのお守り』に変化は今の所ないわ。そっちの兵士さんたち。暇してるんだったら実験に付き合ってくれないかしら?」
普段のユキと違って、なんだか気だるそうに指示を出しているけど、これが仕事モードの彼女なのだろうか。表情が豊かなのは変わらないけど、普段の様子を知っていると違和感しかない。時折魔道具店に様子を見に行った際に、店員さんがユキをまじまじと見ていたのはこういう事だったのか。
「正体不明の敵影を確認。また、敵を中心に、地面が変色しているのも確認しました」
「なんかやばそうねぇ。ムサシ達は無事かしら?」
「え? あ、ムサシ達がいない!」
慌てて見渡してもお相撲さんみたいな体型のライデンと、鎧武者のような恰好をしているムサシがいなかった。
てっきり全員逃げ込んだと思ったけど、取り残してしまった……という訳ではなさそうだし、どこに行ったんだろう?
首を傾げて考えていると、ずっと黙っていたクーが「ファマリーに戻ってもらったんだよ」と教えてくれた。
「状況を伝える人は誰かいた方が良いでしょ? この中で移動速度が速い二人に行ってもらったんだよ。転移が出来たら戦力分散する必要はなかったんだけど、今もできないしぃ。きっとあのでっかい蛇みたいなのが邪魔してるんだろうけど……あーしの魔法を阻害するなんて生意気!」
「なるほど。……セバスチャンは何をしているの?」
いそいそとアイテムバッグから取り出した組み立て式の椅子と机をセッティングしている執事っぽい恰好をしたセバスチャンに問いかけると、彼はテーブルクロスをバサッと広げ、一発で皺ひとつなくテーブルに敷きながらこっちの方を見た。
「長丁場になりそうだったので座る場所を、と思いまして。床もアダマンタイトですから、椅子を用意した方が良いかと愚考しました」
「………なるほど」
セバスチャンに促されるまま、クーを降ろしてから椅子に座ると、ホムラとユキが魔道具の位置をずらして、外の様子が僕にも見えるようにしてくれた。
どうやらドローンゴーレムの存在がばれてしまった状況のようだ。
捕えようとする手や髪の毛の代わりに生えている蛇が迫ってくるけど、それをホムラの巧みな操作技術でギリギリで避けている。
画面酔いしそう、と思いつつそっと視線を逸らしたところで目の前に紅茶と茶菓子が置かれていた。
それを見て明たちが何とも言えなさそうな顔をしていたけど、僕だって望んでないんだよ? まあ、用意されたから食べるけど。
「パメラも食べるデス!」
「かしこまりました。皆様もいかがですか? 外にアレがいる以上、立て籠もるしかないと思いますが……」
「それもそうね。姫花、疲れたしケーキとか甘い物がいいなぁ」
「ちょっと姫花!」
「どうせ何もする事がねぇんだったら休憩も大事だろ。俺はなんか塩辛いもんが良いんだけど?」
「かしこまりました。明様はいかがなさいますか?」
「……では、僕も甘い物を」
渋々と言った感じで明も休憩する事にしたようだ。席足りるかな? と思ったけど、自分たちで椅子を組み立てろ、とセバスチャンは彼らの近くに材料を置いて行った。
「ラック様たちもどうぞ」
「え、俺たちも良いの? それじゃあ、お言葉に甘えて」
「ちょっと待て! なんでおっさんたちには椅子を用意するんだよ!」
「居候とお客様では待遇が違うのは当たり前でしょう」
「俺たちだって金払って泊まってんだろうが!」
「家賃を頂いているだけです」
文句を言い続ける陽太をセバスチャンがあしらっている間に、外の状況がまた変わったようだ。
先ほどまで必死にドローンゴーレムを捕まえようとしていた邪神の信奉者(?)がドローンゴーレムに背を向けた。
『……ま、どうせ何かできる訳もないしほっとくか……』
どこへ向かうのか、蛇の胴体をくねらせて離れていく邪神の信奉者(?)だったけど、急にドローンゴーレムが回避行動をとった。先程までいた場所を巨大な尻尾が通過する。どうやら死角から狙っていたようだ。
「ホムラ、よく分かったね」
「動きがあからさまでした、マスター」
「……そうなんだ」
僕には分からなかったけどね。
あの猛追から逃げ切れる自信はないし、暇だけどドローンゴーレムでの偵察はホムラたちに任せよう。
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